名前はもうある「……私、茨に名前を呼ばれるのが好きみたい」
唐突に落とされた言葉を拾い上げた茨は、返す言葉を探して目を瞬かせた。
翌日の予定を告げて、さてこの後は夕食でもと思っていた時分のことである。己の言葉にうんうんと頷いていたかと思えば、全く違う言葉を返されるのだから茨の頭も痛くなるというもの。どうせ『時間になったら茨が迎えに来る』とでも思っているのだろう。その通りなのがまた癪であるが、ひとまず何かを返さねばならないだろうと、思考がまとまらないままに口を開いた。
「恐れながら、自分のような者が閣下の尊名を口にするなどという愚行を犯したことはないかと」
「……うん、茨は日和くんのように名前で呼んでくれたことはないね。それは少し、不満」
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