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    みこう

    @mikou0213
    主に作業の進捗を投げる用。たまに落書きとか

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    みこう

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     海に行ってきたと聞かされたのは、いつも通り凪砂の夕食を用意している時だった。
     人参を切っていた手を止めて顔を上げると、対面キッチンの向こう側にソファに腰掛けた凪砂の背中が見える。何かを真剣に磨いているのか、俯き気味な後頭部が微かに揺れていた。
    「薫くん──私と同じ部屋の子が連れて行ってくれて」
    「……ああ、UNDEADの羽風氏ですか」
     茨は知らないかな、と凪砂なりに気を回したのだろうが、茨はもちろん凪砂が誰と同室なのかくらい把握している。しかし、そういった何気ないやりとりから彼の交友関係が広くなっていることを否応なしに実感させられる。少し前まで凪砂の交友関係を全て把握していたはずが、その記憶も今は遠い。
    「……貝に耳を当てると反響音が聞こえるのだけど、それを人は波の音に見立てているみたいで」
     興味深いなと零す凪砂は、いつものように薄く笑っているのだろう。後頭部しか見えていなくても容易に想像がつく程度には同じ時間を過ごしてきたが、それでも茨の知らないことが増えているのもたしかで、今は見えないその表情がなんとなく面白くなくて包丁を握る手に力が入る。
     一つだけ乱切りになってしまった人参は、口に放り込んでしまって無かったことにした。
    「本当にそれらしい音がするんですね。知識として存じてはいましたが、実際に聞いたことはないものですから、感傷的な思考による思い込みかとばかり」
    「……茨も知らないことがあるんだね」
     意外そうに目を瞬かせながら、ようやく凪砂がこちらを振り向いた。
     そんな海で貝を拾って耳に当てるという意味のよくわからない行為に興じる時間など、経営を立て直すのに必死だった自分にあるはずもなく。
    「海とは無縁の半生でしたから」
    「それじゃあ、そんな茨にこれをあげる」
     ちょいちょい、と手招きをされたので、鍋の火を弱めて凪砂の方へと向かう。
     テーブルの上には大小様々なガラス片が並べられていて、先ほどから夢中だったのはこれかと得心がいった。
    「……シーグラス、見たことある? 本当は赤が良かったのだけど、とても珍しいみたいだから見つからなくて。だからこの色をあげるね」
     反射的に差し出した両手に、五百円硬貨よりもひと回り小さいガラス片が乗せられる。
    「天色と呼ばれている色が一番近いかな。茨の色だよ」
     シーグラスと言ったガラス片の近くに色名辞典も転がっていて、この人がさっきから熱心にやっていたのはこれかと気付く。茨にとってはガラス片でしかないが、凪砂が綺麗な物だと言うのだからそうなのだろう。以前は情緒が追いつかないまま知識だけが無秩序に詰め込まれていて、さながら子供が自由研究で作ったスクラップブックのような人間だったというのに、最近ではすっかり情緒面は凪砂の方が発達している。
    「……そろそろ夕食ができますので、ほどほどのところで片付けてくださいね」
     出先でも自分のことを考えていたのかと思うと、先ほどまで感じていたモヤモヤが晴れたような気がして、シーグラスをポケットにしまいこんだ。
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