君が居ないと寂しい「あ~寒い」
両手を擦り合わせ、口元に持って行くとはあ~と息を吹きかける。ほんのり温まった手を揉みながら空を見た。
白い粉雪が降りてくるのに、また息を吐く。水蒸気となって霧散する様子に、身を震わせた。
「雪か」
どおりで寒い訳だ。
「早く帰らないと」
藍湛が心配する。今日は一人で麓の彩衣鎮へと下りて来ていた。本当は二人で出かける予定であったが、仙督に急な仕事が入ってしまい流れてしまった。藍湛は心底すまなそうな表情でいたが、俺は笑って言った。
「いいよ。気にするな、また日を改めて一緒に行こう」
手を振って藍湛を見送った。
「さて」
一人になってしまったなと思い、今日一日何をして過ごそうかと思案する。久々の二人の時間に、一人での過ごし方は考えていなかった。
「行くか」
元々町へ行こうと言い出したのは自分だ。欲しい物があったからというのもあるが、少し疲れていた藍湛を見て、偶には息抜きも必要だろうと思い誘ったのだ。
俺が雲深不知処に身を寄せてから半年。仙督としての藍忘機は本当に忙しかった。俺をここに置いておくだけでも相当骨が折れた筈だ。方々頭を下げたに違いない。それに対して申し訳ないと思うと同時に何故か嬉しいと思ってしまった。酷い話だとは思うが、自分の為に、自分と一緒にここで暮らすために藍湛が屈力していると思うと、自分が藍湛にとって特別なんだと思えてうれしかったのだ。
今日も今日とて、藍湛は自分の為に時間を割いてくれていた。二人きりで出掛けるために。
けれど
「欲張りはだめだな」
厚い雲が上空を覆っている。ちらちら舞っていた雪は次第にその白さを増していく。欲しい物は手に入ったし、帰ろうと踵を返すと、ドンっと何かにぶつかった。
「っと、すまない」
顔を上げて驚いた。
「藍湛、なんでここに?」
確か来客が来て、半日は対応に追われると踏んでいたのに。急いできたのか、藍湛の胸が上下し、吐く息も浅かった。
「よかった」
「へ?」
ぎゅうっと抱きしめられて、呆けていると、俺を抱く腕にいっそう力が篭った。
「藍湛苦しい」
藍湛の胸を叩いて訴えるのに離してくれない。
「君が居ないから」
言われて思い出した。何も伝えずに出て来てしまったことを。門番には見られているので、俺が雲深不知処から出たことは知っているが、行き先を残していないので知らなかったのだ。どうやら、俺は藍湛を不安にさせてしまったようだ。
「ごめっ」
言いかけて言葉に詰まる。ごめんなさいは不要。それを思い出し、替わりに藍湛の腰に腕を回して、今度は自分が藍湛を抱きしめた。
「不安にさせちゃったか?」
藍湛がこくんと頷くのに、愛おしさが込み上げる。
「俺も寂しかったよ。町を歩くのは楽しいけれど、藍湛が一緒じゃないとつまらない」
俺は藍湛を見上げて言った。
「ね?仕事は?もういいの?」
藍湛は頷いた。
「じゃあ今からでも一緒に廻ろう!」
「だが」
藍湛が俺の頬を撫でる。すっかり冷え切ってしまった頬に藍湛の冷えた手が触れて、藍湛が寒さを心配しているのが分かった。
「さっき面白い物を見つけたんだ!一緒に見に行こう!それにお腹もすいた!羨羨は腹ペコだ!」
俺は藍湛の鼻をつまんで言った。
「お前も冷たい。一緒に温まろう?」
藍湛が頷いたので、俺は手を引いて雪の降る町へと彼を誘った。
雪が降る。しんしんと冷たい雪が降る。けれど握った手は温かかった。