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    6rocci

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    6rocci

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    ここでしか息ができない

    大寿+ココ(ココイヌ)「おいココ。オマエ、黒龍抜けてえか?」
    「は?」
     ふいに放たれた大寿のひと言はあまりにも脈絡がなく、それでいて馬鹿げていた。九井は答えるより先に周囲を見渡し、ひと気を確認する。すると現在この部屋にいるのは、ドア付近に立つ九井とソファに腰を下ろした大寿だけだった。
    「選ばせてやる。黒龍を抜けるか、残るか」
     だからこんな馬鹿げた話を振ってきた、のだろうか。そしてそれはたった今、自分と入れ違いで出て行った乾となにかの関係があるのか。考えて、きっとそうなのだろうと自答する。
     九井は小さく舌を打ち、先ほどから不敵な笑みを浮かべている大寿を睨みつけた。
    「抜けてほしいのか? オレの金を作る力と引き換えに、黒龍の再建を引き受けておいて?」
    「ハハハハハッ!」
     大寿が豪快に笑う。それは機嫌がいい時にだけ上げる笑い声だった。なにがそんなにおかしいのか、大寿は面白くて仕方がないというふうな顔だった。
     すぐには言葉を紡がず、くつくつと低く笑いながら手のひらで目を覆っている。九井はそんな大寿とは正反対に眉を寄せた。いらだちを露骨に見せるのは、九井にとって珍しいことだった。
    「わからねえのか? ココ」
    「……あ?」
     大寿はずっと笑っている。両腕をソファの背もたれにどかりと乗せ、偉そうに足を組んでこちらを見ている。九井はその場から動かず、いらだちを乗せた視線だけを返した。
     本来部下である九井が、ボスである大寿にこんな態度を取ればただでは済まないだろう。大寿は寛容とは程遠く苛烈だし、ほかの部下が同じことをすれば一瞬で殺している。
     九井も普段は従順な部下を演じているが、それは建前だ。そしてその見せかけの忠誠心は、大寿も重々承知しているものだった。
    「……ああ、いや。わかってて気づかねえふりをしてんのか。本当にテメェらは、救えねえな」
    「さっきからなんだ。何が言いたい? 大寿」
     いらだちが募っていく。大寿はわざと中途半端に手の内を見せて、九井が感情をさらけ出すのを待っている。それがわかるから余計にいらだつ。それは頭の隅で既に、大寿が見せているカードの答えに気づいているからだった。
     ああそうだ。「黒龍を抜けるか」なんて、大寿から九井に提案するわけがない。九井がいなくなって、大寿になんのメリットがある? 答えは1+1よりも簡単だ。「何もない」。
     なら。大寿以外に、そんな「メリットのない提案」をするとしたら。
    「オレじゃねえ」、と大寿が続ける。
    「乾だよ」
     ……乾青宗しか、いない。
    「なん、……なんで、イヌピーが」
    「おいおい、動揺したふりか? いじらしいねえ」
     ぶちっ、と血管が切れる音がする。けれど大寿の表情は変わらない。不敵に口角を吊り上げ、感情の色に変化もない。

     大寿は九井一を知っている。
     黒龍の親衛隊長でありながら、九井が乾の言うことしか聞かないということ。それなのに大寿をボスに置いて大寿の命令に従っているのは、それがまわりまわって乾のためになるからだということ。
     大寿は九井の乾への忠誠心を利用し、九井はそれを理解しながらも乾のために大寿を利用している。それは互いに承知の上で、二人の間には最初から忠誠心も仲間意識も存在しない。あるのは利害の一致だけだ。
    「乾が言ってたぜ。「ココはオレたちとは違う」ってよ。前からたまに「ココに選ばせてやってくれ」って言われてたんだが、いい加減却下するのも面倒になっちまった。だから言ったんだ。九井が自分から「抜ける」っつーならそれでもいい、ってな。少し甘すぎたか?」
     クソ大寿、と舌打ちしてやりたい気分になる。だがそんなことをしても余計、心の内を見透かされるだけだ。わかっているから九井は奥歯を噛み締めるだけにとどめた。もっとも人を見抜く力に長けている大寿を前にすれば、九井の心など最初から丸裸だったろうけれど。

     大寿に乾赤音の話をしたことはない。だから大寿が赤音のことを知っているのか、九井は知らない。けれどきっと知らないだろうという憶測はあった。
     なぜなら大寿にとって、「なぜ九井が乾の言うことしか聞かないのか」、その理由を知る必要はないからだ。その事実さえ掌握していれば、十分すぎるほどに利用できるのだから。
     だからこそ大寿は知っている。九井が乾を一人、黒龍に残して消えるわけがないということを知っている。乾との駆け引きなど、最初からまったくの無意味だとわかっている。
     それでも乾がそれを諦めないから、大寿はこうして九井に問うているのだ。
    (……悪趣味め)

    『──たまには家に帰れよ。オマエはオレとは違うんだから』

     ああ、と思う。心臓がどくりと音を立てる。
     乾に、そう言われたのはいつだったか……思えばあの時から、乾は九井に前に進んでほしいと思っていたのだと思う。もう今さらどこにも行けず、どこに向かえばいいのかもわからない九井の心など知らずに。

    (……やめろよイヌピー)
     オレのことを、かわいそうだと思うのは。

     は、と息を吐く。九井は目を細め、無意識にぎゅっとこぶしを握った。
     わからない、なにも。乾のためにと思ってこうして黒龍を再建し、興味のない暴走族にまで入った。喧嘩なんかくだらねえと思うのに腕っぷしまで鍛えた。それもこれも全部、全部。
    (……イヌピーのため? いいや全部、)
     オレのためだ。

    「……大寿」
     九井はゆっくりと瞬きをし、どこか遠いものを見るような目で訊ねた。
    「オレが黒龍に残ることを選んだら、イヌピーはどんな顔をすると思う?」
     言いながら自嘲した。この男相手になにを聞いてんだ、と薄ら笑いすら浮かぶ。こんな底意地の悪いことをしてくるやつに向かって、どうして助けを求めるようなことを。
     自分を情けなく思う。聞くなら乾本人に聞くべきことを他人に訊ね、答えを委ねようとするなんてどうかしてる。でも、でも乾に直接聞いてしまえば、バランスが壊れてしまうのはわかっていた。九井はそれをおそれていた。乾とはいつも、お互いが核心に触れず、ゆらゆらと互いの錘を整えながらなんとか世界が崩壊しないようにもがいていたから。
     心臓の音が聞こえてくる。急に頭が割れそうに痛くなって吐き気すら覚える。細い糸を手繰り寄せるように探して求めて、九井はぎゅっと目を閉じた。
    「……罪悪感を抱くだろうな」
     はっとする。聞いておいて上の空だった。
     無意識にうつむかせていた顔を上げる。その視線の先にいた大寿は、さっきのように笑ってはいなかった。ただ静かな顔と静かな瞳で、どこか遠くを眺めるように外を見ていた。
     薄い膜をはがすように、一度瞬きをする。ガラスにうつった大寿と目が合って、大寿のくちびるがゆっくりと開かれていくのを、九井はどこか別の世界から見るような感覚で眺めていた。
    「それと同時に、心底ほっとするだろ。あいつはそういうやつだ」
    「っ、は、」
     ははっ、と笑いがこぼれでる。大寿が意表を突かれたように九井を見る。思わず笑い声が飛び出して、九井自身それがとても不思議だった。けれど自分の意思とは関係なく漏れ出た笑いに急に視界がクリアになって、腹を抱えて皮肉な笑みを浮かべる。
    「……ココ。テメェ何笑ってんだ」
    「ふっ、あっはははっ……──はあ、ああ。そりゃあ笑うさ」
     滲み出た涙を拭いながら、九井はまた笑った。大寿が怪訝そうな顔でこちらを見ているから、それだけでもうひと笑いできそうだった。

     そのとおりだよ!
     ああ、大寿。オレらのボス。
     オレはイヌピーと違ってオマエに忠誠心のかけらも抱いちゃいない。でもオマエは誰よりも強いし頭もキレる。
     オレは強いやつが好きだ。だからオマエのことは嫌いじゃない。オレを見つけて利用しようと近づいてきた時も、オマエはオレを力づくで従わせようとはしなかった。オレの条件をのみ、オレもオマエの条件をのんだ。正直理想の関係だったよ。
     なによりオレとイヌピーのすべてを知らなくても、その本質を見抜いている。オマエの言うとおりだ。
     オマエの言うとおりなんだ。
     イヌピーはオレが〝普通〟に戻ることを望む一方で、オレがずっと自分についてきてくれることを願ってる。オレに何度もどうしたいかと、どうするかと聞きながら、オレが「オマエについていく」と言えばそれに傷つきながら安心してる。オレの本当の胸の内がわからなくて、不安でたまらないから何度だって聞いてくる。
     今回のことだってそうだ。大寿を通せば、オレがイヌピーに言えねえことを言うと思ったんだろう。でもイヌピーはオレが抜けることを望みながら、ずっと一緒にいてくれって願ってる。だって本当に抜けてほしかったら、力づくで抜けさせるだろ?
     本当にしょうもねえよ。オマエの言うとおり救えない。
     どっちを選んでもイヌピーの願いが叶うなら、オレはイヌピーについていくって決まってんだから。

    「……ボス。それじゃあ今度は、オレの望みを聞いてくれ」
    「あ?」
     詳しいことは知らないのに、部下のことをよくわかってる。オマエはボスの器だよ、大寿。
     だから。
    「二度とイヌピーに同じことを言わせるな。そのためなら、半殺しにしたってかまわねえから」
     ……頼むよ。
     そう呟いた九井の声はかわいそうなくらい小さく、閉じたまぶたの向こう側で乾が目を細めるのが見えた。

    (ほかのどこにもいけない)
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