恋バナで好きな人被ってレムとミンが喧嘩してる話 とあるループの初日。一回目の会議が終わり、沙明さんの捨て身の土下座によってまだ誰もコールドスリープすらされていない船内は、グノーシアが潜伏しているというのにそれなりに賑やかであった。
「ん、おうレムナン! ちょっとこっち来いや!」
食堂で食事をとって部屋に戻ろうとした時、ソファに腰掛けている沙明さんに声を掛けられる。視線をそちらに向ければ、机を囲むようにして沙明さん、しげみちさん、シピさん、ジョナスさんが座っていた。
「……? 何か、用、ですか?」
訝しげに沙明さんを見つめてしまったからか、シピさんが彼を庇うように理由を説明してくれる。
「そんな警戒しなくて大丈夫だ。こんなに男たちが集まってんのも珍しいし、せっかくならみんなで一回話そうぜってなったんだよ」
「……なる、ほど?」
少し、珍しい現象だ。初日からこれほど距離を縮めている彼らを見るのは初めてかもしれない。女性と汎性陣は既に食堂から一人としていなくなっており、正真正銘ここにいるのは男性だけだ。
情報を集めるのに良いだろう。と考えて、しげみちさんの隣に腰掛けると、「そんでよぉ」と沙明さんが話を再開する。どうやら僕に声を掛ける前にも四人で雑談を楽しんでいたようだ。
「ユウは俺を狙ってると思うんだよな」
「はっ?」
あまりにも意味が分からない文字列につい声が漏れる。そんな僕の反応を予想していたかのように、しげみちさんが笑った。
「はは! そりゃ急に言われたら分からんよなぁ〜」
しげみちさん、曰く。沙明さんが今日の会議で土下座をした時に、各々がドン引きの表情を見せる中、ユウさんだけが床に這いつくばる沙明さんを優しい眼差しで見ていたらしい。それに気付いた沙明さんが「アイツ俺に惚れてやがるな」と勘違いして騒いでいるのだそうだ。
「……どうして、そんな……下らない話を……」
「おいおい下らねえとか言うなよ。いいか? 俺は今日コールドスリープを免れたけど、明日ヤられる可能性は充分あるよな?」
「はぁ……」
「つまり、俺にとっちゃ今日が最後の晩餐な訳よ。このチャンスを逃す手はねェ」
「最後の晩餐、というと……」
「フフ……命尽きる寸前、一夜限りの逢瀬ということよ。なかなかにロマンがあるではないか」
「ヒュゥ! おっさん分かってんじゃねぇか! 今まで話が通じねぇとか思ってて悪かったな!」
眩暈がする。まさか沙明さんは、ユウさんに好意を持たれていると勘違いしているだけでなく、彼自身がユウさんに対して性愛を抱いているということだろうか。信じられない。
もちろん、彼の妄想甚だしい発言も信じられないのだが、そもそも大抵のループで、沙明さんはセツさんに執心している。セツさんがいるループで彼がユウさんに近付く場面など見たことがなかった。
「えっと……ユウ、さんは、その。優しいだけ、で……沙明さんを、特別視してるとかは、ない。んじゃ、ないでしょうか……」
実際のところ、ユウさんの気持ちなど分からない。粘菌のループを経験してしまった僕には余計、だ。今更僕と彼女が両想いだなんて淡い期待は抱かない。だけど、彼女が沙明さんを好きだと認めたくもない。
もちろん、僕よりも沙明さんの方が、魅力的な人間ではあるのだろうが……僕は、ユウさんが他の誰かと結ばれる世界を直視できるほど大人ではなかった。
「カーッ! 優しいだけねェ〜。まぁ別に、ぶっちゃけそれでもイイんだわ。つか、その方が都合イイかもしんねぇな」
「どういう、意味ですか……?」
「一夜限りの関係に、余計な感情なんてないほうがイイっつーこと」
「なっ……!」
この男はどこまでもユウさんを傷付けようとするらしい。相手の好意を利用して体の関係に持ち込もうとするのも腹立たしかったが、自分の欲のために相手を人間として見ようとしない姿勢も腹立たしかった。
「酷い、ですね。許せません……」
「ホワッツ⁉︎ なんでレムナンそんな怒ってんだよ!」
「劣情も一緒に、冷凍ポッドで凍らせたら、どうですか」
「え。どした、めっちゃ沙明に反抗的だな」
しげみちさんが珍しいものを見るかのように目をぱちくりとさせる。すみません、と反射的に謝れば、今度はシピさんが小さく笑った。
少し前のループで、シピさんもユウさんを気に入っていたことを思い出す。……そう考えてみると、ここはライバルだらけではないか。女性がいないことで少なからず緩んでいた気持ちがが、キュッと引き締まった。
場が静かになったのを見計らって、沙明さんは同じ調子で言葉を続ける。
「誤解すんなよ。別にヤリ捨てとか思ってねぇし。俺ァいま、生死の境にいるわけよ。今日の夜には消されるかもしんねぇし、明日にはまた冷凍されるかもしんねぇ。恋愛だなんだって、プラトニックな関係持ったらお互い損するだけだっつー話。ただの優しさで俺とヤってくれんなら、後腐れねェだろ? まぁ、やっぱユウは俺に惚れてると思うけどな!」
言葉を失う。彼の発言自体は最低最悪だ。結局沙明さんは、ユウさんを都合のいい女性として扱いたいと言っているだけだ。
だけど、彼の言うことも一理あるのかもしれない。実際、好きな人に置いて行かれてしまった僕は、彼女を忘れることができずに違う宇宙まで追いかけた。後腐れありまくりだろう。僕はこうして運良く銀の鍵を手に入れることができたから良かったものの、あれが永遠の別れになっていたら? 沙明さん風に言うなれば僕は大きな損をしたということになっただろう。
彼らにとってこの宇宙は、毎日が生死の境で、余計な情なんて持つ方が馬鹿を見る世界なのだ。改めて、酷い状況なのだと実感した。
先程までの怒りも萎み、何も言葉を返せなくなる。
「ふむ、沙明は行為そのものに愛を感じるのであろう」
「あ? なんだ、急に」
「何百世紀も以前より、交接は愛し合う者同士で行うことが常である。時代と共に、その価値観も変容していくようではあるがな。一般論と比較するのであれば、沙明は目的と手段が逆になっているのであろう。愛の果てに繋がるのではなく、繋がる果てに愛があると見た。フフ……倒錯的でいいではないか」
「勝手に俺を分析してんじゃねぇよ」