「私もか?」
ラインハルトは手中の企画書を読みながら、思わず声を上げた。
文化祭の出し物について簡潔にまとめたものだ。自身の名前が接客担当者の部分に書いてある。去年と同じく調理担当を希望したはずなのだが。
企画書を渡してきたクラスメイトを見る。普段交流がない相手が授業のあいまに近寄ってきた時点で面倒事の予感が多少してはいたが。どうやら今年もカフェをやるらしいが、去年とはテーマを変えるらしい。まあ毎年メイドカフェをやるのも芸がないか。
「いやあ、まあ申し訳ないんだけど、やっぱり君をキッチンで眠らせておくのはもったいなくてさ。お願い! 接客組に入ってくれ! お礼するから!」
頼み込む声を聞き流しながら、もう一度企画書に目を通す。接客担当者の部分に知っている名前を見つけて、ラインハルトはひょいと眉を上げた。
クラスメイトに了承の意を伝えたラインハルトは空き教室のひとつに向かった。あまり人が近寄らず、利用されることも少ない教室はラインハルトと友人が勝手に有効活用している。授業がない時間はここで暇をつぶしたりする。
室内にはあきらかに学校の備品ではない精緻な飾り彫りがある椅子や机が設置され、紅茶を淹れるスペースや持ち込んだ本をしまうための棚もある。不思議なことに誰かに見咎められたことは一度もない。結構堂々と持ち込んだのだから、いつか教師には見つかると思っていたのだが。
「それで?」
「なんでしょう」
今日はささやかな茶会といった雰囲気だった。用意された飲み物と茶菓子を挟んで向かい合う。
「卿がみずからこういった催しに参加すると思わなかったな」
ラインハルトはもらった企画書をカールに見せた。ああ、と思い当たった様子でカールが頷く。
「ええ、まあ、私にも色々ありまして」
曖昧に微笑みつつ、カールは口元に運んだマグカップを傾けた。灰色の液体が揺れる。最近カールは同じものを好んで飲んでいた。黒ごまラテというらしい。ラインハルトには少し甘すぎたが、嫌いではない味だ。
「ああ、そうそう。そのことでお話があるんでした。当日の衣装について案を出してほしいと言われていましてね」
「ふうん、卿が」
「ええ、そこで、ちょっと試着に付き合っていただけないかな、と思いまして」
「別に構わないが」
特に躊躇もなく返した同意の言葉を、ラインハルトは後になってちょっと悔いた。
こじんまりとした居心地のいい隠れ家といった雰囲気だった室内は、ファッションショー前の舞台裏さながらの空間になっていた。
どこからともなく出てきた試着室の中に、新しい衣服を渡されて押し込まれる。若干うんざりした気持ちで着替えて、試着室と外を隔てるカーテンを引いた。
「もうこれで良くないか?」
何着目の着替えなのか、数えるのも億劫になりはじめていた。今日初めて出た話だというのに、用意が良すぎやしないか、この男。
「ああ、私も大変心苦しいのですが、しかしあなたに一番似合う衣装を用意したいのです。さあ、こちらに来てください。髪型も少し変えましょう」
ラインハルトの投げやり気味の発言に構うことなく、カールは鏡台の前にラインハルトを座らせて櫛を手に取った。
「この衣装でしたら、髪はもう少し長いほうが見栄えが良いかもしれませんね」
そういいながらカールがラインハルトの髪に櫛を通す。
ラインハルトは肩をすくめた。見栄えが良くなるといわれても、すぐさまに髪を伸ばせるわけでもない。意味のない仮定だ。そう思ったというのに、鏡の中を見てラインハルトはなんとも言い難い表情になった。
あきらかに鏡越しに見える自分の髪が伸びている。目の錯覚などでは済まないくらいに長くなっているので、見間違いというわけではないだろう。
髪を梳くあいまに、どこからともなく出てきたヘアオイルがさっとラインハルトの髪に塗りつけられる。良くなじむように撫でつけられた。
まったく凝り性な男だな、とラインハルトはちいさくぼやいた。
そしてリハーサルの日、差し出された衣装を見て、ラインハルトは無言でカールの方を見た。まあ……接客担当者はテーマをそろえた服を着るというのはおかしな話ではない。前回のようにメイドカフェの際は男だろうが女だろうがメイド服だった。それと似たようなものだ。なんなら今回は男女別で制服があり、全員メイド服よりかはマシだろう。マントがついている正装なのがやりづらいが、まあいったんそれは横に置いておく。そして接客担当者がラインハルトとカール以外には女子しかいなかったという点についても、単体で見れば問題ではない。しかし前述した2点が組み合わさると一気に問題ができた。
「……まて、もしかして、この服を着るのは卿と私だけか?」
配色が違うだけの衣装を前に、ラインハルトは思わず聞いた。
「ええ、そうなりますね」
友人は人生で上位5本指くらいに入りそうなほど機嫌が良さそうだった。
たたまれているコートを持ち上げると、こちらはふたりともまったく同じ色合い、同じデザインのようだった。中に着るシャツやベスト、ズボンについては、片や白で片や黒という違いがあるだけだった。
結果的にペアルックではないか、これは。
ラインハルトは心の中でだけつぶやいたはずなのに、まるでそれが聞こえたかのように友人はラインハルトに微笑みかけた。