振り返るな/振り返れ
妙な気分だ。
得物を片手に獲物に忍び寄る。
狙い通りに気を緩めて、所作に眠たげな色を含ませて、かつて男を見つけた子供がゆるく頭をふる。白銀の髪もつられて揺れて、うなじの上を滑った。
気付くな/気付け
妙な気分だ。
狙い通りに油断した子供が男に気付くそぶりはない。そうなるように手を打ったのだから、順調も順調。なんの問題もない。
けれど、騒ぐものがあった。
こころか。いいや、こんなことで波打つ情などすでにない。
ではなんだというのだろう。積み上げてきた経験はこの襲撃はうまくいくと告げている。実際今も子供は男を見ていない。背を無防備に晒したまま。他愛のない軽口を叩いている。
刀の柄を握り直し、つま先に力をこめる。軽く地を蹴れば、黒い制服につつまれた背は瞬時に目前まで迫り、刀のきっさきはたやすく子供の肉を貫いた。
俺を見ていないからそうなる。
達成感と呼ぶには冷たく、無感動と言うには熱い感覚が指先に宿る。全身の血がざわめいていた。なにを騒いでいるのだか。
どこか呆然とした様子で子供が男を見た。星空じみた瞳が大きく見開かれ、ただ男だけを映していた。星々煌めく宇宙の中、まだ和服を身にまとっていた頃の男がそこにいるような気がして、やはり妙な気分だった。
瞳にうつったその男の名は禪院甚爾という。
こんなものか。こんなものか?
地に伏せた子供の死体を後にして、星漿体の死体を引き渡す最中、頭のなかではその一言がくるくると回っていた。
こんなものだろう。数百年に一度のとうたわれたところで、生まれてたかだか十数年。経験不足から生まれた隙をつかれてしまえばこんなもの。
まさしくそのような決着であったのだから。だというのに。
こんなものか? なにも問題がないというのに、どこか違和感がある。しっくりこないと首をひねったところで、どうにもならない話であるのだが。
そのうちこの違和感も薄れるだろう。
「よお、久しぶり」
そんな風に思っていたというのに、ふたたび目の前に現れた子供と視線を合わせた途端、違和感は瞬く間に消え去った。
殺したはずのものが現れて唖然としたのと同時に、振り向いたと思った。おかしな話だ。今回の子供は最初から男の前に立ちふさがったのだから、振り向くも、振り向かないもない。けども、それが一番納得のいく表現であった。
今、子供は振り向いて男を見たのだ。
星空じみた瞳のなかに、男がうつっていた。
瞳にうつったこの男の名は伏黒甚爾という。