一面を飾るのは「つ、疲れた……」
「ふふ、お疲れ様です律さん」
学院のカフェで突っ伏す私にともりちゃんは苦笑してねぎらいの言葉を掛けてくれる。
今日は高校の授業が終わってから急いで学院に移動して、魔道書の授業を受けてきたのだ。
「凄いですよねぇ、律さん。私は両立させるなんてとても無理です」
「……なんだか完全に魔法使いに成り切るのはなんか違うかなって思って」
成り行きで魔法使いになって、だいぶ馴染んできたと思う。
とはいえ、完全に染まり切るのには抵抗があるから今まで通り高校に通ってちゃんと卒業するつもりだ。
そのあとの進学とかはまだ悩んでるけど……。
「ともりちゃんは、司書さんになりたいんだっけ?」
「ええ、まあ。その前に魔法使えるようにならなきゃいけないんですけど」
ともりちゃんはバツが悪そうに笑う。
これについては、私から言えることはあまりない。
魔法使いになったからここに来たわけで、魔法使いになるための努力なんてしたことがないからだ。
「ともりちゃんは真面目に頑張ってるし、才能を見出されてここに来たんだから大丈夫だよ」
「だといいんですけどねぇ」
「ところで、さっきから気になってたんだけど……」
「なんでしょう?」
「なんか、妙に周りの人に見られてる気がするんだけど、私なにかやった……?」
私が小声で尋ねると、得心したといった顔で頷いた。
「それなら、あれが原因だと思いますよ」
そう言って彼女が指差したのはカフェテリア内の掲示板だった。
学院からのお知らせとか、学内のクラブ活動の勧誘なんかが貼られているのは人界の学校とあまり変わらない。
今は不許可魔法の無断使用をした生徒の処分や魔法生物研究会のチラシが貼られているけど、それよりも目立つ物が貼られている。
定期的に発行されている学院広報だ。広報とは言っても記事を書いているのは生徒で、これもクラブ活動の一つだ。
今回の見出しは「学院祭にて熱い激戦!」となっている。見出しの下に掲載されている写真は……。
「あれ、私……?」
その写真は、私と折原さんと並んで写っている。そういえば、模擬戦直後に撮られた気がする。
「律さんがやった模擬戦が凄かったって話題になってるんですよ」
「そ、そうなの?」
「はい、記事でもべた褒めですよ」
そう言われて、記事に目を向ける。
数々の個性的な出し物で賑わう我が学院祭でも、一番の注目されるのはやはり『最強の魔法使いは誰だ!?』であろう。
主に当学院の生徒達が日頃の成果を披露したり、日頃の鬱憤を相手にぶつけたりする実戦形式の模擬戦であり、円卓の関係者が密かに将来有望な魔法使いを探すために観戦しているとも噂されている。
そんな催しであるから毎年多いに盛り上がるのだが、今年は例年とはひと味違う盛り上がりを見せてた。
学院祭も終盤に差し掛かり始めた頃、ある二人の魔法使いが飛び入りで参加を表明したのだ。
一人は書警の《義憤の者/ネメシス》、もう一人は本学院の生徒である訪問者の《独奏せし白銀の乙女/ソリスタ・ダルジェント》。
どちらも第四階梯、分科会に所属する禁書編纂任務経験者だ。
外部からの飛び入り参加は毎年あることだが、実戦に出ている高位の魔法使い同士の戦いが見れる機会など滅多にあることではない。
模擬戦は《独奏せし白銀の乙女/ソリスタ・ダルジェント》の先攻で開始された。
ギャラリーの中ではやはり同じ学院の生徒である彼女を応援する声は多かったが、初手でリードを奪えなければ勝つのは難しいだろうというのが大方の予想だった。
火力で言えば書警である《義憤の者/ネメシス》の方が有利であるし、立会人なしの一対一の状態では相当上手く立ち回らなければ押し負けることは必至である。
模擬戦の見所は《独奏せし白銀の乙女/ソリスタ・ダルジェント》がどれだけ書警相手に食らいつけるかだろう、と我々取材班もそう考えていた。
だが、我々の予想は裏切られた。
彼女は純粋火力で勝る相手の苛烈な攻撃を巧みに防ぎ、呪文を駆使し、激闘の末その魔力を削りきって見せたのだ。
後日、彼女の授業を担当し魔法名の名付け親でもあるマリナ・クロニス教諭にもお話を伺った。
クロニス教諭は彼女の勝因についてこう語る。
『リツは大人しそうに見える少女だが、一度決断すると思い切りがいい。それに不利な状況でも決して冷静さを失わず、自分が出来ることを模索できる。そんな失敗を恐れない心と粘り強さが勝機を呼び込んだんだろうね』
まだ記事は続いていたけど、私は恥ずかしくなってそこで読むのをやめた。
「だ、大々的に報じられてる……」
てっきり隅っこに数行だけ書かれる記事かと思って軽率にOKしてしまった自分を呪った。
「私の友達が見てたらしいんですけど、書警相手に一歩も引かないでカッコよかったって言ってました」
「うぅ……恥ずかしい……」
「でも、写真の律さんとっても楽しそうですよ?」
「えっ……」
改めて、まじまじと写真と見つめる。
魔法戦の直後だからか、あるいは人に注目されて恥ずかしいからか。頬を上気させた私は、しかしとても晴れやかな笑顔を浮かべていた。
かつての家族写真でも、こんな表情をしていた私は見たことがない。
「私、こんな顔してたんだ……」
昔から勝負事は苦手で、運動が得意ではなかったから運動会は耐え忍ぶイベントだったし、比較的得意だった勉強だって定期試験の順位をつけられるのが嫌だった。
そんな私が、勝負に勝ってこんなに素直に喜びの表情を浮かべているなんて。
「本当に変わったんだなぁ……」
「あの、律さん」
ともりちゃんが恐る恐るといった様子で口を開く。
「律さんは、魔法使いになったことを後悔していますか……?」
「そんなことないよ」
問いの答えは、自分でも驚くくらいすぐに出た。
「最初はなんで自分だけ生き残っちゃったんだろうって考えたけど……でも、今は自分に何かを為せることを誇りに思ってるよ」
「誇り……」
「私の力があったから救えた人が、何人もいた。私の力があったから助けることが出来た仲間がいた。だから、私は私の力を否定しないし、出来ることはこれからもやっていきたいと思うんだ」
「……いいなぁ、私も早くそうなりたいです」
ともりちゃんは、まるで太陽を見る時みたいに目を細めて私を見る。
「出来るよ、ともりちゃんなら」
「はいっ、頑張って追いつきますよ」
「じゃあ私も負けないように頑張らないとね」
ふと、時計に目をやる。
「あ、そろそろ帰らないと」
「もうこんな時間ですか。私も寮に戻らないとですね」
「またね、ともりちゃん」
「ええ、また」
そう言って、手を振るともりちゃんに見送られて私は学院を後にした。