アンコールの音(ね)が聞こえる。⚠️ATTENTION⚠️
私が入浴中に思い付いた「アンコールの音(ね)が聞こえる。」をキーワードにして書いた小説3作品です。ドルパロ・原作本編・学パロの順になってます。話は繋がっていません。フィーリングなので許してください。
@アイドルパロ
俺達を呼ぶ、アンコールの音が聞こえる。
ここは東京ドーム。5万人という超満員のオーディエンスがひしめき合う、国内屈指のコンサート会場。
本編のセットリストを歌いきり、一度楽屋に戻った俺達は、モニターでその様子を目の当たりにし、込み上げて来るものがあった。
有名漫画家のシナリオが原案の「アイドル×BL」ドラマプロジェクトが発足してから約5年(ドラマ放映と同時に、原案者本人によるコミカライズも行われた)。
劇中のユニット「KR&AD」のメンバーとしても活動を始め、この3年半、俺達はずっと走り続けてきた。
その集大成が、この東京ドーム公演だった。
あくまでもドラマの中の企画ユニットであった俺達がここまで来れるなんて、始まる前はこれっぽっちも思ってみなかった。
「ねえ、安達。アンコールで言っちゃおうか?
俺達、ドラマの中だけじゃなく本当に付き合ってまーすって」
「ばか、スポーツ紙に週刊誌、各方面で書かれたら社長やマネージャーが大変だろ」
「冗談だって」
「つうか表向き、俺達の『ユニット活動継続』が重大発表なんだからさ。口を滑らせるなよ、黒沢」
俺達が主演したドラマは、シーズン1の途中で人気に火がつき、シーズン2も放送され、3ヶ月前に公開された劇場版を持って、大団円で物語に幕を下ろした。
SNSなどで続編を望む声も依然強いまま開催に至った、フィナーレコンサートと銘打った、東京ドーム公演。
元々、歌手志望でチャンスを掴むために細々と俳優活動もしていた安達と、スカウトされた当初はモデルを中心にそれとなく活動し、今は本腰を入れて俳優の道を極めたいと思う俺。
今後はこれまでのような、アイドル色の強い曲も出しつつ、カバーアルバム企画や安達が作ったオリジナル曲をメインにしたアルバムもリリースしていく予定だ。
そのことをアンコールで発表するのだが、うっかり極秘の……曲がりなりにもアイドルとして活動している俺達が5万人のオーディエンスの前で「恋人宣言」をしてしまわないか、自分の口が心配だ。
だがしかし、俺も伊達に芸能界で何年も活動していない。良くも悪くも他人に対して、取り繕ったり欺いたりするのには慣れている。
アイドルの表情を作りなおし、俺達はふたり揃って鳴り止まぬアンコールに満ちたステージへと舞い戻っていった。
@本編時空
ふと気が付けば、俺の周辺にいる人達が、割れんばかりの声でアンコールを叫んでいる。
俺のすぐ隣には安達がいて。小さく顔を見合わせて微笑む。同じ時間を共有している幸せを噛み締めた。
思い返せば、安達と付き合う前、ライブやコンサートに行ったことは何度もあった。けれど、自分の好きな人をライブに誘ったのは、初めてのことだった。
「今度ツアーがあったらさ、一緒に行かない?」
「いいな、楽しみにしてるよ」
初めて誘った時の安達の笑顔。その顔が見れた時は、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だけど安達に舞い込んだ長崎転勤の話により、約束していたライブは、結局行けず仕舞いになった。安達とのライブ観覧が叶うのは、遠き長崎の地でのこと。
*
地方によくある、中規模会場に響き渡るアンコールの音。
長崎にあるコンサートホールで、安達も俺も、やっと叶ったライブ観覧を静かに噛み締めていた。
しかしその中で、『アンコール』の一言を、互いに口に出せずにいた。
この時間が終わってしまったら、それぞれの家に帰らなくちゃいけないのが寂しくて。
この時が止まるか、永遠に続けばいいのにと、願わずにいられなかった。
長崎空港発のその日の最終便で、俺は東京へ戻る。安達と俺の間に横たわる1200キロメートルの物理的距離。終演後の余韻に浸れぬまま、俺達は空港へと向かった。
「黒沢、その……気をつけて帰れよ」
「安達」
「ん」
「東京に戻ってきたらさ、ライブ、また行こうな」
「おう」
別れ際、長崎空港の片隅で、お互いの体温を、温もりを覚えておくために、時間の許す限り、ぎゅっと抱き締め合った。
*
その日はきっちり定時で上がり、安達と共に、件のバンドのライブに足を運んだ。
今回の会場は、なんと東京ドーム。
コンサートでも、野球観戦でも、何度か訪れたことはあるけれど、前々から追い続けていた彼らを、この広い会場で観ることが出来るなんて、と、勝手ながらも俺は感慨に耽ってしまう。
ライブツアーを行う度、公演会場の箱が大きくなっていく彼らに、俺達の歩みを重ねてみたりして。
会場で購入したツアータオルを振り回したり、拳を突き上げたり、歓声を上げたりして。俺達は目一杯、その時間を楽しみ尽くした。
『みんなーーーッ、愛してるぜー!!!』
アンコールも終わり、観客の歓声に丁寧に応えたメンバーが舞台裏へと捌ける前、ヴォーカルの彼が、ラスト、決め台詞を叫んだ。
直後、会場中の空気が揺れるように、ワッと歓声が沸いた。
(愛してる、か)
周りの反応をよそに、その言葉を反芻していた俺は、隣にいる最愛の人をそっと見やった。
昨年、安達と俺は結婚式を挙げた。
少数の親しい大切な人達には、俺達の関係性をきちんと伝え、式にも招待した。けれど。
俺もステージ上の彼のように、広々としたステージで、世界中の人々に向けて、堂々と安達への愛を、彼の素晴らしさを、自慢を、叫べたなら……と思う。
終演後。アリーナの中ほどだった俺達の座席は規制退場に見事に該当し、脱力して座り込む。しばらくその場で待機の後、該当する座席の退場を促す会場のアナウンスがあった。
「帰ろうか」
「うん」
立ち上がり、人の流れに沿って会場を後にする。ある程度人が少なくなった場所でどちらともなく、手を差し出した。
俺達は顔を見合わせ、ふふっと笑う。
差し出した手を互いに絡め、ぎゅっと握った。いわゆる恋人繋ぎだ。
結婚した今では、恋人繋ぎ……と言うのは合ってない気がするけれど。付き合いたての恋人のように新鮮な気持ちでいられる、という意味では相応しいと俺は思う。
手のひらから伝わる体温。これから安達とふたり、同じ家に帰る。そんな些細な幸せを噛み締めながら、家路へと向かう。
「やっぱり、アンコールの最後はあの曲だよな。何より滾るし、これでライブが終わると思うと場が締まる気がする」
「わかる! Blu-rayで過去のライブ見ててさ、最近、ラストは違う曲が多かったけど、確かにしっくりくるよね」
「黒沢はどこが良かった? いや勿論全部良かったんだけどさ」
「選ぶの難しいけど、強いて言えば、中盤の暗転明けからのヴォーカル一人での弾き語りがーー」
最寄りの駅に向かいながら、ひとしきり、今日のライブについて熱く語りあったりして。こんな時間も尊いんだなとしみじみしていると。
「あ」
「ん? どうかした?」
「なあ、黒沢。晩飯どうする?」
仕事終わりに、すぐに会場へ駆け込んだため、スポドリ以外何も口にしていない。
ライブの余韻があまりに凄くて、すっかり忘れてた、と苦笑をこぼしながら安達は頭を掻いた。そんな姿を愛おしく思い、俺も笑みをこぼす。
「んー、家にあるもので良ければ、帰ってから俺作るし、何ならツマミも作るよ?」
安達は元々、人混みがあまり好きではない。
付き合い始めてすぐの頃、人見知りなんだと安達は俺に話してくれた。
近頃は『黒沢といるおかげで、だいぶマシになったよ』と言ってくれるまでになったけど、それでも、わざわざ苦手な条件の場所に長居することは良くないと思う。
だからこそ、落ち着ける俺達の家に帰ろうと、さりげなく提案してみたんだ。だけど、安達は何か考えに耽っているようだった。
「? 安達?」
俺が首を傾げると安達は口を開いた。
「ライブの帰りってさ、現実から離れてるっていうか、なーんか心がふわふわしてる感じなんだよな。お前はそう思わない?」
「……思う。すげー思う!」
「そんな夜くらいさ。寄り道して、その……ふわふわした余韻に浸らないか? 明日は休みなんだし」
今からだと開いてる店も限られてると思うけど、と安達はもごもご口籠る。そんな彼を可愛いなと微笑ましく思っていたら。
「勿論さ、ゆ、優一がよければ……だけど?」
恥ずかしいから名前で呼び合うのは二人きりの時だけにして、と言いつつも。ここぞという時に、安達は俺の名前を呼んでくれる。肝心な時に癖で遠慮してしまう俺に、安達は歩み寄ってくれる。彼のその心意気に、俺は何度だって惚れてしまうんだ。
「そんな素敵な提案、俺が断ると思う? 清」
安達が俺の名前を呼んでくれるのが嬉しくて。お返しに、俺も安達の名前を呼ぶ。すると、みるみる頬を染め、恥ずかしそうにうつむき「いいや」と返事をした。
付き合い始めてからしばらく経っても、結婚しても、時折見せる、彼の初心な反応がいじらしくて。日々俺の中の「好き」が更新されていく。安達のことが愛おしくてたまらない。
やっと手にした幸せを、俺の大切な宝物を、絶対に離すまいと、俺は安達に気付かれないように、繋いだ手をそっと強く握り締めた。
その日のアンコールが終わっても、日常は終わらない。続いていく俺達二人の人生を、アンコールの後もずっと。
@学パロ
関東の、やや都会から外れた町の市民会館。
今、学生を中心に、人気急上昇中のバンドの全国ツアー。部活のない休日の睡眠時間を削って挑戦した、一般販売で運良く取れた2枚のチケット。
月曜の放課後、誰もいない教室で、それを握り締め、俺は勇気を出して意中の相手を誘った。
そのバンドのことをインディーズの頃から好きだったという安達は「よく取れたな」と声を弾ませ、顔を綻ばせた。
ライブの終盤、大きな拍手とともに、アンコールの音が会場中に響き渡る。
ちらと隣に視線を向けると、そこには子供のように目を輝かせた安達の姿が。
この瞬間を、目一杯楽しむ横顔があまりに美しくて。
君を永遠に、この時空に閉じ込めてしまうことが出来たらと俺は思った。