思い出のあとさき(キャプション続き)
第1話から追っていたとはいえ、ブランクがあり、チェリまほ新規に近い人間なのと、こんな話、世の中にn番煎じにあると思ったんですが、私がくろあだで読みたかったから書きました。既に似た話があったら申し訳ないです。黒沢の心情を考えると、とても辛かったけど、書きがいはありました。
くろあだ、前世でも今世でも来世でも幸せになってほしい(どの口が言う)。ちなみに私、伊藤左千夫の野菊の墓がめちゃくちゃ好きです(突然の性癖暴露)。あと直近でミスチルのHANABI聴いてました。
――――――――――――
俺たちの穏やかな日常が、あんな形で終わりを迎えるとは想像もしていなかった。
口下手で、分かりやすい言葉では、あまり表さないけれど。だけど、何気ない一言、さり気ない行動で、溢れる愛を示してくれて。
その心に触れる度、この人を好きになって良かったと、愛して良かったと、俺は心から思ったんだ。
それなのに。世界はなんて、残酷なのだろう。
ある年の休日、安達と一緒に街に買い物に出かけた先で、暴走した車との不幸な遭遇を果たしてしまった。
白昼の街中は騒然となった。怪我人が複数発生しているようで、悲鳴もあちこちで聞こえ、それが輪をかけて、その場の混乱の渦を助長していた。
暴走する車が迫る中、近くの横断歩道の真ん中で、震えて立ちすくむ母娘がいた。認識して次の瞬間、俺の隣にいたはずの安達が、その母娘の元へと駆け出していた。
「大丈夫ですか! 早く逃げて!」
無理やりに母娘を歩道のほうへ押し出すと、一瞬安達は安堵の表情を見せた。だが、時間は止まってなどくれない。
「安達……!」
俺が叫んだのと同時だった。
「あ……」
暴走した車は非情にも、安達の身体を軽々と跳ね上げ、その後20メートルほど先の電柱にぶつかり、ようやくその動きを停止した。
現場は更に騒然となった。目の前で人が跳ねられたのだ。当然だろう。
俺も決して認めたくなどなかった。だけどーー
唇を噛み締め、脇目も振らず、俺は安達の元へと駆け寄った。
ついさっき、あんなに凛々しく人助けをしたばかりなのに。その身体から生気がみるみる失われていく。ぐったりと倒れ込んだままの姿を目の当たりにして、俺はサアっと血の気が引いていった。見れば、顔や頭に擦り傷はあったけれど、素人目には、他に目立った外傷は見受けられない。ただ、あの猛スピードで走っていた車に跳ね飛ばされたのだ。全身をあれだけの力で激しく打ちつけたのだから、動かさないほうがいい。
そんなことが頭に過ぎるが、気が動転すると、学校や会社で受けてきたはずの救命講習の内容が、一切出てこなくなる。
それでも、周りの人たちが警察や消防に通報してくれた。救急車が到着する寸前、俺の呼びかけに、ほんの少しだけ、目を開けてくれた。そして掠れた声で、ある一言を俺に向かってつぶやいた。
到着した救急車に乗せられ、近くの救急病院に搬送されたが、命を繋ぎ止めるには……間に合わなかった。
あれだけ直接的な愛を伝えてこなかった安達が、最期に俺に残した言葉が「黒沢、愛してる」だった。
葬儀は家族葬で執り行い、火葬が済んだ後、迷った末、遺骨はご両親へお渡しした。生きていた頃は、安達の全てを独占したかったけど、流石に、歳若くして逝った人間の、この世に存在した証を、俺一人が独占する気にはなれなかった。
それからの俺は一層、仕事にのめり込んだ。豊川の社屋で過ごした時間も、空間にも、安達との思い出が詰まっているから。最初のうちは、安達の声の幻聴が聞こえたり、幻覚が見えてしまって辛かったけれど、この会社を離れるという選択肢は俺にはなかった。
安達を喪って傷が癒えるはずもないのに、周りは放っておいてなどくれない。一人身になった俺に、上司がこぞって縁談を持ちかけてくる。結婚指輪のアピールにより鳴りを潜めていた会社の女の子たちも、何故か再びアタックしてくるようになった。
だけど俺は、それに一切取り付かず、断り続けている。
俺が愛した安達の代わりなんて、他の誰もなれやしないのに。
相も変わらず、同性同士で結婚することが叶わないこの国で、俺と安達の関係は、あくまで提出した書類の区市町村に認められたパートナー同士だった。この国において、俺たちの関係を正式に証明出来る、確固たるものなんて何も存在しない。
かつて、パートナーシップ宣誓書を役所に出しに行った帰りのこと。
「前に調べてた時から思ってたんだけど。同性カップルだから駄目とか、異性同士だからOKとかじゃなくてさ。シンプルに好き同士で結婚出来ないのって、そもそも不合理だし、おかしいよな」
そこでつぶやいた安達の言葉が、今でも耳に残っている。
婚姻の問題だけじゃない。
俺は、自分で言うのも何だが、見栄えのいい顔でこの世に生まれてきた。
だけど、時折、顔だけが取り柄などと揶揄されてしまうこともあった。
一方、安達は、真面目で義理堅い、とてもいい奴だったのに、その心持ちが重いと言われたり、鈍臭い、影が薄いと陰口を叩かれたりしたそうだ。
人より足りないともっと努力しろだの、落第の烙印を押され、多く持っていると妬まれ、揶揄される。
「この世界、理不尽が多いと思わないか、安達」
在りし日の笑顔の遺影に向かって話しかけながら、俺はため息を吐く。
(纏わりつく、この生きづらさの正体って、何なんだろうな)
しばらくの間、遺影と見つめ合った後、俺はぼんやりと、立ち上がる。冷蔵庫から、安達が好きだった銘柄のビールの缶を取り出し、ふらふらとベランダの側に行く。座り込むと、そのビールを飲みながら、かつて安達と一緒に見上げた、月や星空を眺めるんだ。
安達とたくさんの愛を交わし合ったベッドの上で一人、俺は浅い眠りにつく。すると決まって、安達は俺の前に現れてくれる。
夢の中で安達は「何がなんでも生きろ」と語りかけてくる。
俺は止めどなく流れる涙と共に、あの時俺が代わりにならなくてごめん、守れなくてごめん、と繰り返す。
泣きじゃくりながら「いつか、必ず会いに行くから。それまで待っていてほしい」と言う。すると安達は、どこか困ったような、呆れたような顔をして「わかったから、もう泣くなよ。枯れちまうぞ」と返すんだ。そして最後には「ったく、しょうがねー奴だな」と言いながらも、服の袖で俺の涙を拭いながら微笑んでくれる。
「黒沢がうんと年取るまで待っててやるから、約束な」と付け加えて。
安達と一緒に過ごした思い出と共に、俺は今日も生き長らえている。