Houston,do you copy ずっと月に憧れていた。
空を見上げては、いつか必ずそこに行くのだと、物心ついた頃から思っていた。そして、確信もあった。きっとそこには、なにかがある。待ち焦がれていたなにかが。自分の世界を変えてしまうような、なにかが。
「ずっと、おまえを待っていた」
ヒューストン、聞こえますか。
夢でも見ているのだろうか。もしかしたら、自分を乗せてきたはずのロケットはとうに墜落していて、ここは天国なのかもしれない。その証拠に、ほら、銀色の天使が手を振っている。
「アーサー」
口からするりと、知らない名前が滑り出た。アーサー、と呼ばれた少年は嬉しそうに目を細め、こう応えた。
「カイン」
それは、親からもらった名前とは違ったが、まさしく自分の名前だと、はっきりとわかった。
念願だったはずの、青い球体に赤い翼のロゴマークが施された宇宙服は今や重苦しい拘束衣のように感じられた。しかし、それらを脱ぎ捨てたいと思う間もなく、気が付いたら身軽で動きやすい、黒い軍服のような衣装に変わっていた。肩にかかる金の刺繍の入った白いマントや腰から下げられた大剣のせいか、軍人というより騎士のような出で立ちに見える。
宇宙服がないと呼吸ができない、とか、そもそもどうして突然服が、魔法じゃないんだから、なんて。
そんな常識みたいなことは、もうどうでもよかった。
「アーサー!」
両手を広げると、愛しい人は腕の中に飛び込んできた。
「カイン……」
ずっと月に憧れていた。
いつか必ずそこに行くのだと、物心ついた頃から思っていた。そして、確信もあった。きっとそこには、なにかがある。待ち焦がれていたなにかが。世界を変えてしまうような、なにかが。
それは、あなただ。
会えない間も、離れていた間も、自分の世界はいつだってアーサーを中心に回っていた。
ようやく見付けた。
「会いたかった」
「私もだ、カイン」
今まで会えなかった分を埋めるように強く、強く掻き抱いた。抱き返してくれる手は震えている。
不毛の砂漠のような月の大地は、いつの間にか光り輝く金色の砂粒に変わっていた。暗い暗い宇宙の空には、美しい晴天が広がっている。
「ずいぶん待たせてしまった」
「来ると信じていたよ」
抱き合いながら、ようやく無重力を思い出したかのように、ふわりと体が宙に浮く。アーサーの瞳から涙がしゃぼんの泡のようにあふれてただよう。
「カイン、泣いている」
「アーサーだって」
気付けばカインの目からも涙がこぼれていた。待たせてしまった悔しさ。忘れてしまっていた悲しみ。忘れていたのに、また再び会えたことへの喜び。この喜びは何にも代えがたい。
何度生まれ変わっても、例え違う世界に行っても、きっと、月の向こう側までも。
必ずあなたを探し出して、必ずあなたに恋をする。