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    sasa

    @19th_zatsuon

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    sasa

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    【カイアサ】
    本屋イベ後。

    インクに滲む「退屈だろう」

     アーサーがそう声を掛けると、カインは「まさか」と目を細めた。

    「あんたと一緒にいるのに、退屈だったことなんてないよ」
    「……本当に?」

     なんだか卑屈っぽい返事になってしまった気がして、不安な気持ちのまま視線を送ると、カインはアーサーの目を見つめながらいっそう笑みを深くした。

    「俺のことは気にせず、続けてくれ」

     促されるままに、そしてその視線から逃れるように、アーサーは机の上の本に目線を戻した。さきほどまで空白だったページは、アーサーの手書きの文字によって今は半分程度が埋まっている。

     パンケーキを焼くときのフライパンの温度や、余ったシチューをグラタンにする方法。それに、月が満ちては欠けること、美しい石の名前、夕焼けの色。子どもの頃から、新しく学んだ知識を本にまとめることが好きだった。
     今日は、空飛ぶ本の捕まえ方を書いている。店主には少し申し訳ないけれど、“空飛ぶ本”という、その響きだけでわくわくしてしまうし、捕まえ方にしてもそれぞれの魔法使いの特色が出ていて興味深い。

    「なあ、その本って俺のことも書いてあるのか?」

     楽しげに尋ねてきたカインに、もし、書いていないと言ったなら、彼はどうするのだろうと考える。がっかりするだろうか、笑い飛ばしてしまうのだろうか。
     でもきっと、嘘だとすぐにばれてしまうだろう。カインは人の機微に聡いから。

    「……書いてあるよ」
    「それは嬉しいな。どんなことなんだ?」
    「そうだな……、私が城に戻ったばかりのころ、騎士の仕事について教えてくれただろう。そういうことや、剣の構え方に、それから、……いろいろあるよ」
    「そうか。いろいろあるんだな」

     カインは嬉しそうに笑った。アーサーが個人的に書いている本に過ぎないのに、そんなに嬉しそうにされると、くすぐったくて、まぶしくて、アーサーはまた目を逸らした。

     城で共に過ごした時間は決して長くはないけれど、たくさんのことをカインは教えてくれた。
     幼い頃は、次は何を書こうと毎日心を弾ませながら補充していたインクは、長ずるにつれて無機質な書類にばかり使われるようになっていた。北にいた頃のように雪原を駆け回ることも、深い森を探検することもない。
     そんな、静かになった日々の中でも、心を揺らす確かなものたち。騎士の仕事のこと、剣の構え方、切り傷に効く薬草、魔法を使わない火の起こし方。
     それから、ベーコンが好きで、残念ながらポトフは苦手。チキンやラクレットのような、肉類は全般好き。ケーキはあまり食べない。貝はトマトスープにする。ちなみにトマトは生よりも火を通したもののほうが好き(ただしこれは予測)。誕生日は8月。靴を集めるのが好き。片付けは苦手。いつもきっちり上までボタンを留めているのに、寝巻きのときは……なんて。

     新しく出会った者の特徴や人物評を書き記すことはあるけれど、いつからか気付けばカインのことばかり書いている気がする。単純に、一緒に過ごす時間が長いということもあるけれど、それだけではなく、カインのことを、つい考えてしまうからだ。
     好きな食べ物は、魔法舎の全員分を書くためのページがある。カインだけが特別なわけではないけれど、それでもカインの項目が一番長い。まるで日記だ。もともとそういう側面がなかったわけではないけれど、もう、自分でも気付いてしまうほどに、どこを見てもカインのことばかり。

     好奇心は旺盛なほうだった。興味の向くまま駆け出して叱られることも少なくなかった。知りたいと思う気持ちを止めるのは難しい。

    「俺にしか教えられないことがあればいいのに」

     それもきっとカインにとっては何気ない一言なのだろうけれど、そういう小さなことのひとつひとつに、アーサーの心はかき乱されてしまう。
     『俺にしか教えられないこと』だなんて、いかにも思わせぶりなセリフだ。でも、自分だけが特別なのだと思い違いもできないほどに、カインは誰に対しても優しい。自分に向けられるものは、その心根のごくごく一部分でしかなくて、たまたま王子だったから、少しだけ多く分け与えられているだけなのだろう、と。
     そう思うと、悲しく、そして、恋しかった。
     この感情こそ、まさにカインにしか教えられないものなのだと、気付け、気付けと、どんなに願っても、どうしようもなくて、ただどろりとしたインクに溶けて消えてゆく。

    「……カインにしか教えられないもの、私はあると思うよ」
    「例えば?」
    「うーん、酒の飲み方とか?」
    「あはは!そんなの誰にだって教えられるだろ」

     誰でもいいことなら、なおさらカインに教えてほしい。些細なことでも、カインから教えてもらったことなら、大切な思い出になるはずだから。
     それでも、もし、それでも、カインにしか教えられないことを、カインが真に望むのなら、それはきっとアーサーの望みでもあるのだろう。

     もしも本当のことを言ったら、カインはどんな顔をするだろうか。
     言ってみたい。
     言ってしまいたい。

     どうか、恋を教えてくれないか、と。

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