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    sasa

    @19th_zatsuon

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    sasa

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    【カイアサ】
    フォ学のカイアサ春夏秋冬。

    ゆれる黎明 春。
     SNSで知り合いだったアーサーと初めて実際に顔を合わせたのは、偶然の巡り合わせだったのかもしれないけれど。学校が合併し、同じ校舎に通うようになったのだから、遅かれ早かれ会うことにはなっていたと思う。
     顔を合わせてから、友人になるまではあっという間だった。SNSのやりとりだけでも友人と言って差し支えないほどに親しかったが、実際に会ってみるとアーサーは"進学校の生徒会長"という肩書きから想像する以上に気さくで、話しやすくて、カインはすぐに好きになった。(好きになったというのはここではまだ友人としてだ)

     放課後、カインは曲作り、アーサーは生徒会の仕事を別々にしていたが、時折タイミングが合って、一緒に帰ることがあった。
     駅までは、歩いて10分くらいだった。"一緒に帰る"と呼ぶにはあまりに短い時間で、でもそんな短い時間でもアーサーと話すのは楽しくて、もっと学校から駅が遠かったら良かったのにと思っていた。

    「じゃあまた明日!」
    「また明日」

     電車は逆方向だった。同じ方向なら良かったのに。同じ学年なら良かったのに。同じクラスだったら、学校生活はきっともっと楽しかっただろう。
     そんな風に考えながら、新緑の季節を見送った。



     初夏。
     アーサーの話すことは、クラスメイトからもらったお菓子がおいしかったとか、お弁当を分けてもらって嬉しかっただとか、いちごの時期が終わってしまってさみしいとか、明日には何を話したかも忘れてしまうような他愛のない話が多かった。
     例えば、普通の高校生がいかにも話題に出しそうな昨日のドラマの話だとか、好きな女の子の話だとか、駅前のカフェの季節限定ドリンクがどうだとか、そういうことをアーサーは話さなかった。
     そんな些細なことでなんとなく生まれの違いを感じながら、ただ、“駅前のカフェの季節限定ドリンク”はアーサーも好きそうだと思った。

     誘ってみようかな。
     今の時期は桃のドリンクだとSNSで話題になっていた。春に出会ったばかりの頃は、もっと簡単に誘えていたのに、今は声に出す前に少しだけ喉に力が入る。断られたらどうしようなんて、以前は考えなかったし、それならそれでじゃあまた今度と何も気にせず言えていたのに。

    「カイン、今日は駅前のカフェに寄って行かないか?」

     だから、アーサーから誘われると本当に嬉しかった。悩んでたことなんて一気に吹き飛んで、ふたつ返事で了承した。



     夏休み。
     長期休暇にしかできないことはたくさんあるし、夏は好きだし、海も好きだし、いつもなら楽しみで仕方ないはずなのに、今年はなんだか憂うつだった。
     夏休みなんて、始まらなきゃいいのに。
     学校にいるときは、何かと理由を付けて会いに行くことができたけれど、休みの日はどうにもならない。週一は無理でも、夏休みの間2回、いや3回くらいなら会ってくれるかな。でも旅行に行くと言っていた。俺もアーサーと旅行に行きたい。誘ったら一泊くらい、いや、でも、だけど。
     カインの夏休み1日目は、そんなことを考えながらテキストアプリを開いたり閉じたりするだけで終わってしまった。

    「花火大会?」
    「そう。週末にあるみたいで……、良ければ一緒に行かないか?」

     次の日。
     すなわち夏休み2日目の夜である。意を決してアーサーに電話をかけたカインは、逆にアーサーから誘われて、なんだか最近はいつもこんな感じだなと少し情けなくなりながらも、喜んで了承した。

    「良かった!シノとヒースクリフにも声をかけてみるよ」

     アーサーのそんな、とるに足らない一言になにかがチクリとしたが、目を背けた。

    「結局シノとヒースクリフは来れないのか」
    「ああ……。家族ぐるみで旅行だと言っていた」

     花火大会当日。
     シノとヒースクリフは、アーサーと出会う前からの友人で、カインは二人のことも大好きだったが、今日は来られないと聞いて心底ほっとしてしまった。
     良くない。良くないと思うし、どうしてそんなにもアーサーとふたりきりになりたいのか、カインは自分の心の正体をまだわからないでいた。まるで女学生が同性の友人に抱くような独占欲だ。
     誰とでも仲良くなれるアーサーが好きだけど、誰とも仲良くしてほしくない。
     隣を歩くアーサーを盗み見ると、きょろきょろと屋台を見回していた。青い瞳の中に、屋台の電飾の灯りが移りこんできらきら輝いている。きれいだ。

    「祭りは初めてか?」

     あまりにも珍しそうにしているから、もしかして初めてかもと思ったのだ。しかし、アーサーは何かを懐かしむように笑って否定した。

    「いや、何度か連れて来てもらったことがあるよ」

     初めてか、なんて聞かなければよかったと、少しの後悔と、理解できない胸の痛み。こんな些細なことで。
     自分だって毎年のように友人や家族と来てるのに、アーサーが他の誰かと一緒に来ていたというだけで、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
     なんだかもう、早く帰りたい。まだいっしょにいたい。これ以上いっしょにいるのが、怖い。帰りたくない。いろいろな感情がない交ぜになって、だけど、まだ言葉にはならなかった。
     言葉にしてはいけないものだと、そんな気がしていた。

    「物珍しそうにしてるから、初めてなのかと思った」

     やっと絞り出した言葉がこれだ。もっと楽しそうな話題がたくさんあるはずなのに。
     アーサーはどうしてか、弾かれるように顔を上げて、カインを見つめた。

    「……ああ、うん。何と言うか、恋人同士が多いなと思って」

     季節はまだ夏。アーサーと出会って、半年だって経ってない。
     でも、もう夏だ。
     アーサーの門限は早いから、花火が終わったらすぐに解散になるだろう。そのことに感じる、言いようのない寂しさは、夏の夜のぬるい空気がそう思わせるだけなのだ。

    「確かに恋人同士で来ることが多いかもな。俺も人生初デートは花火大会だったよ」
    「初デート?」
    「中学の頃、一個上の先輩に誘われてさ。まあ、定番だよな」

     ふとアーサーを見ると、少し唇を尖らせて、拗ねたような顔をしていた。こんな話なんかつまらないかと思って、別の話題を探そうとしたときだった。

     空がひときわ明るく輝いて、少し遅れて、どおんと、大きな音がした。

    「しまった、もう始まっちまったか。急ごう」

     人混みを抜けて、花火がゆっくり見られる場所まで急がなければと思い、とっさにアーサーの腕を掴んだ。

     そのとき、アーサーの顔を見なければよかった。 どくり。胸が大きく高鳴ったのを感じて、カインは少し奥歯を嚙み締めた。
     なんとなく、普段話しているときのような、楽し気な笑顔を想像していた。花火は上がり続ける。轟音が響く。アーサーは、頬を少し染めて、花火ではなく、カインが掴んだ腕をじっと見つめて、青い瞳が、言葉よりも雄弁に物語っていた。
     これじゃあ、まるで、まるで、

    (恋をしている、みたいな……)



     秋。
     夏休みは、カインの当初の予想に反して頻繁に会うことができた。図書館で勉強をしたり、映画を観に行ったり、少し遠くの水族館に行ったり。
     それでも夏の間中、ふたりの距離は変わらなかった。それは秋が来ても同じだった。
     春からしているように、時間が合えば駅までふたりで帰った。一緒に帰ろうなんて約束はしていないから、会えない日もあったけれど、カインは何かと理由を付けてアーサーに会いに行っていた。

    「じゃあまた明日」
    「また明日」

     駅に着くとすぐに別れた。春からずっと変わらないやりとり。だけど最近は、学校から駅までが、前以上に近く感じる。
     もっと学校から駅が遠かったら良かったのに。逆方向の電車。どうして同じ方向じゃないのだろう。どうして同じ学年じゃないのだろう。どうして同じクラスじゃないのだろう。同じだったら、きっと、もっと、もっと。

     そんな感情を誤魔化すように一度目を閉じて、カインは今日もアーサーと逆方向の電車に乗った。

     本当は気付いているのに、知らないふりをして、真っ直ぐ帰路につく。認めてしまったら、きっと自分は彼から離れられなくなってしまう。瞳に熱を宿して見つめてしまう。いつか掴んだその腕に、慈しみをこめて指を這わせてしまうかもしれない。それは、正しくない。彼のためにならない。そう思った。



    「帰ろうか」

     晩秋のこと。
     朝晩はかなり冷え込むことも多くなってきたが、今日は天気も良く、南からの風で暖かいくらいだった。

     カインとアーサーは、学校から駅までのわずか10分ばかりの帰り道を、ふたりで歩いていた。春からずっと。いっしょに帰ると言うほどのものではないし、シノやヒースクリフ、他にも同じクラスのやつとか、駅までみんなで歩くことも少なくない。だから、カインとアーサーが駅まで並んで歩くのも、普通のことだ。意識することなんて何もない。友人なのだから、ふたりで帰ってもいいのだ。特に今日は天気も良いし。
     一緒に帰っても良い理由を探しながら、誰に責められているわけでもないのに言い訳をしている。特別なことではなく、普通の、ごく当たり前のことなのだと、今日はこの時期にしては暖かくて気持ちの良い気候だから、歩く速度はついゆっくりになってしまうかもしれないが。

     そんなことを考えながら、カインは隣を同じ速度で歩くアーサーに少しだけ視線を向けた。ふたりの間の会話は少なかった。他の友人たちといっしょならいくらでも会話できるのに、ふたりきりだと「今日は暖かいな」とか「天気が良いな」とか「小春日和だな」とか、ほとんど同じ意味の、会話とも言えないような会話しかできなくなる。
     そして、どんなにゆっくり歩いても、駅にたどり着くまでの時間かせぎには限界があって、ゴールはすぐそこに迫ってきていた。時間かせぎなどと思う時点で負けている。約束なんかしていない。どういうわけか、アーサーと約束事をするのは気が引けて、いつも偶然を装って声をかけていた。

    「じゃあ、また明日」
    「また明日」

     春からずっと変わらないやりとり。カインはいつも、今回も"良い先輩"のままでいられたことに安堵する。アーサーにとってカインは、仲の良い先輩のひとりにすぎないのだ。
     自分だけじゃない。自分だけが特別なわけじゃない。思い上がってはいけない。このままでいい。この心に、名前を付けてしまうのが恐ろしかった。アーサーの心を暴きたくなかった。
     雪の気配は、すぐそこまで来ていた。



     冬。
     イルミネーションを見よう。そう言い出したのはどちらだったか。
     二駅先のターミナル駅に行くために、同じ方向の電車に乗った。赤いリボンに、緑のプレゼントボックス。街はもうクリスマス一色だった。年の瀬が近付いている。年が明ければ、もう、卒業が目前まで迫ってくる。アーサーを残して、カインは卒業する。そもそも、カインとアーサーは学科だって違ったのだし、アーサーは友人も多い。なにも心配することはないのだ。ただ、自分が寂しいだけ。

    「わ、思っていたよりすごいな」

     大通りに出ると、ずっと遠くの街路樹まで金色の光で彩られていた。
     青い瞳の中に、イルミネーションの灯りが移りこんできらきら輝いている。ああ、夏にもこんな風にアーサーの瞳を見つめていた。きれいだ。

    「カイン」

     アーサーが、少し硬い声で呼び掛けた。学校指定の鞄を、大事そうに抱えている。夜を明るく照らすイルミネーションが、まるでアーサーひとりのための舞台照明のようだった。

    「どうした、アーサー」

     何かが変わろうとしている予感に、心臓が、大きな音をたて始めていた。カインの気持ちを知ってか知らずか、アーサーは大事そうに抱えていた鞄から、ためらいながら小さな四角い箱を取り出した。

    「クリスマスプレゼント、なのだが……」

     アーサーにしては歯切れの悪い言い方だ。目も合わせようとしない。いつもきらきらとした輝きを乗せてカインを見上げていた青い瞳は、その手の中の小さな箱を見ていた。

    「俺に?」
    「……ああ」
    「ありがとう」

     アーサーの頬が赤く染まるのを、カインは見ないふりをしなければならなかった。良い先輩でいたい。このまま、何もしなければ、良い先輩のまま、良い思い出のまま、卒業できる。

    ──だけど、なんのために?

     どうしてこんなにも、アーサーへと手を伸ばすことが憚られるのか、カイン自身にもわからなかった。

     本当は、ずっと前から気付いていた。
     自分の想い、アーサーの想い。お互いに、きっとわかっていたはずだ。

     それでも、お互いに、他に何も言えなかった。これ以上、踏み込む勇気がなかった。ふたりとも強がって、臆病で、いつだって名残惜しい気持ちを隠してあっさりと別れた。また明日だって学校に行けば会えるのだから。自分に言い聞かせて、いつもそれぞれの帰路についていた。
     でも、卒業まで、もうあと少しだ。

     あと何回、一緒に帰れるのだろうか。

    「……そろそろ、帰ろうか」
    「そうだな……。うん。帰ろうか」

     冬の太陽は早い。風は冷たい。駅は目の前。帰りはまた別々の電車だ。

     改札を抜ける。ホームはもう、すぐそこだ。いつものようにまた明日と言って、また明日会えるからと思って、そう自分に言い聞かせて、それで今日も終わるのか。

    「じゃあ、また、明日」
    「……また明日」

     アーサーが遠ざかる。背を向けて、ホームに向かう階段を降りる。

     嫌だ。嫌だ。乗らないで、行かないで、ここにいて。カインはもうすぐ卒業する。理由がなくなってしまう。いっしょに帰る理由が、約束もないのにいっしょにいる理由が、ぜんぶ、ぜんぶ、なくなってしまう。嫌だ。

    「アーサー」

     振り向いて。どうか俺を見て。振り向かないで。そのまま進んで。怖い。だけど気付いてほしい。
     声を張ったわけでもない。かといって、小さく囁いたわけでもない。いつものように名前を呼ぶ。気付いて。振り向いて。聞こえてほしいと祈った。聞こえないでくれと願った。矛盾だらけの感情は、だけどたったひとつの真心だ。

    「カイン」

     返る声に、カインの睫毛が震える。アーサーの声はまるで春の訪れのように甘くやわらかに響く。もう耐えられない。これ以上は抗えない。その声で呼んでほしい。とくべつな意味がほしい。学校の先輩と後輩とか、気の置けない友人だとか、足りなくて、ぜんぜん足りなくて、もっと、誰にも言い訳せずに、理由もないのにそばにいることが許される関係になりたい。

    「アーサー、ごめん、もう少し、一緒にいて」

     アーサーの銀色の髪が揺れる。もう辺りはとっくに真っ暗で、こんな時間まで引き止めるのは、"良い先輩"ではない。ではないが、良いのだ。そんなのはもうやめる。

    「カイン、それって」

     好きだ。
     アーサーが、好きだ。

     ずっとずっと、好きだったのに、手を伸ばしてはいけない気がしていた。カインの目にアーサーは、汚れのない、とても尊いものに見えた。まるで騎士が王子へ忠誠を捧げるように、勝手に線を引いて、触れてはならないと思い込もうとしていた。

     でも違う。
     友情という言葉でふたをして、自分を、アーサーを傷付けていた。手を伸ばして、触れ合っても、アーサーは美しいままだ。

    「やっと、私を見てくれた」

     ずっと焦がれていた、黎明の光が呼んでいる。

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