ゆめうつつの寝台 翌日の公務のための準備が終わったのは、すでに空も白み始めようかという時間だった。付き合わせてしまった幾人かの近臣たちを下がらせて、自身も少しでも休もうと思ったアーサーは、しかし立ち上がって窓を開け、ほうきを取り出して飛び立った。どうせそれほど眠れないだろうし、せめて朝食は魔法舎で、と考えたのだ。公務は午後からなのだから、城へは昼までに戻ればいいだろう。
魔法舎が見えてきたところで、アーサーはふと、カインとしている、とある試みのことを思い出した。魔法舎の屋根の上をほうきでぐるりと一周しながら少し考えたアーサーは、迷わずカインの部屋の窓を開けた。少し考えた、けれど、答えは最初から決まっていたというわけだ。
迷わずと言っても、カインを起こしてしまっては意味がないので、窓はゆっくり、そうっと開けた。ベッドの上のカインを見ると、こちらに背を向けて動かない。起きたのなら声をかけてくるから、まだ眠っているはずだ。
さて、どうしようかと考える。いつもならすぐカインの手首に触れてみるところだが、──このときのことを、もし後日誰かに言い訳するなら、疲れていたと言えばいいだろう。判断力が落ちていた、そして、とても眠かったとしか言いようがない。うん。眠くて眠くて、そんなときに目の前にベッドがあるのだから、つまり、当然のことなのだ。
*
「話はわかった。僕の早とちりだったんだな。起こしてしまってすまなかった」
「いいや。どちらにしてももう朝食の時間なのだろう。起こしてもらって助かったよ」
「……シノ、ヒースクリフ、いるんだろう」
「バレてたか」
「こらシノ!ファウスト先生、おはようございます。アーサー様とカインも、おはようございます」
「おはよう。アーサーは彼らと先に食堂に行っていなさい」
「えっ、俺は……」
「きみは残りなさい」
アーサーはファウストに言われた通り、シノとヒースクリフと連れ立って早々に食堂に向かってしまった。ファウストの前に一人取り残されたカインは、これから言われることがなんとなくわかっていたので、少しだけ居住まいを正した。
「……きみ、起きていただろう」
「えっと、ちょっと驚かせようかと……」
「それでタイミングを逃してしまったというわけか」
やましいことは何もない。アーサーとカインは主従関係でもあるが、仲の良い友人だった。だから本当に、本当にやましいことはないのだけれど、だからと言って後ろめたさがないわけでもないカインは、ファウストの次の言葉を大人しく待った。ファウストは普段は他人に干渉しないが、年若い魔法使いたちのことは何かと気にかけてくれていた。
「アーサーはまだ17歳で、きみは、きみは……、きみもまだ22歳だけど、せめて鍵をかけるとか、時と場所を考えなさい」
「あ、いや、」
「きみはいつも部屋に鍵をかけないし、皆自由に出入りしてしまっているだろう。きみはいいかもしれないけど、もしそれでアーサーが傷付くことになったら、」
「いや!違うんだファウスト!本当に俺とアーサーは何もなくて……」
「何もないわけないだろう。アーサーは疲れているからといって、誰彼構わずベッドにもぐりこむような子なのか?」
「……そう言われると……」
「僕からオズに報告するような義理はないし、今回はきみと僕の間で留めておくけど、今後は気を付けなさい」
わかった、と返事をしながら、カインはすでにうわの空、もしくは少し、浮ついていた。
ファウストの言うことはもっともだ。アーサーは誰彼構わずそんなことはしない、はずだ。だとしたら、どうしてなのだろう。たまたま、本当に眠かったから? それとも、それとも──。
真相は未だ不明。それでもこの窓の鍵をいつも開けておけば、いつかわかるのだろうか。
窓辺に愛が、灯るまで。