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    i_benimaru

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    i_benimaru

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    自由な発想でのびのび書いた。手遅れな高品親子を見て愕然とするかずと先生が見たくて。
    CP要素はずとたろ・K品・いちたろいち等です。

    「え…?」
    龍太郎は一拍遅れてぎこちなく振り返った。
    「共同浴場…スか…?」
    「あぁ。…と言っても村の有志で作った小さいものだが。そういえばお前とはまだ行ってなかったと思ってな」
    そう言う一人は何かを思い出すように苦笑いしたが、どこか楽しそうだ。
    「皆で少しずつ改良もしているのだ。今夜あたり行ってみるか?」
    「は、ぁ…いやぁ、オレは…」
    かたや龍太郎はあまり気乗りではなさそうな素振りを見せる。
    気乗りではないどころか悪い秘密を暴かれたように怯える瞳が一人をいたずらにざわつかせた。
    「無理にとは言わんが。体調でも悪いのか?」
    「そういうわけではないっスけどぉ…」
    龍太郎は不自然な挙動で視線を泳がせた。
    「…?そういえばお前、先月の結核検診もサボっていたな。なにか…いや俺に言いにくいことであれば村井さんか他の…」
    「あー…あの…ですね……う〜〜〜…まぁ遅かれ早かれいつかはバレるよな…。……えと、幻滅、しないでくださいね…いや幻滅はするか。幻滅も軽蔑もしていいですすンません」
    「するわけがなかろう!」
    己を卑下し蔑ろにするような言動に一人は思わず強い語調になる。
    龍太郎は叱られた猫のようにびく、と揺れた。
    「、…すまん」
    「いえ…言葉で言うより見てもらったほうが早いです」
    空気に耐えられず龍太郎は諦観したように着ていた白衣に手をかけた。
    白衣を肩から外し、季節外れに厚い生地のシャツを抜ぎ始める。
    一人はそれをまんじりともせず見ている。
    先ほどから嫌な予感はずっとあった。
    龍太郎がここに赴任してから一度も彼の素肌を見ていないことに今更気づく。
    麻上がいない時間帯はどうしても男所帯で、いつかの富永などは夏場の風呂上がりにはよく上半身裸でうろついていたものだが。
    龍太郎は私服の色も濃いものが多く、夏場でもシャツの下に下着をきっちりと着込んでいた。
    今になってその違和感が浮き彫りになる。
    下着を脱ぐ動作がやけにまだるく感じて、それが一人をさらに焦らした。
    するりとシャツが床に落ち陽光を知らぬような龍太郎の真白い背中が露わになる。
    目が合った。
    鋭い眼光を放つ龍の目。
    龍太郎の背中には龍が、いた。
    きめ細かい、白くしなやかな若い背中に龍の刺青が大きく彫られていた。
    「仮にも医者のくせに…刺青とかヤバいっスよね」
    先に言葉を発したのは龍太郎だった。
    「これ、は…」
    乾いてひきつる声帯をようやく震わせて、一人は愕然とした。
    規則的に並ぶ美しい背骨がちょうど鱗に沿うように彫られた禍々しくも幽玄な和彫である。
    衣服から隠れるうなじの位置から始まり、背中全体を覆う竜雲と複雑に絡み合う一頭の龍は見るものを怖気させ、威圧する。
    「恥ずかしい話なんスけど。オレのオヤジってヤのつく連中に古馴染みがいて。なんか昔治療して恩売ったかなんかで。今はもうカタギなんスけど、そん時の職人に彫らせたものっス」
    薄笑いでぽつぽつ告白する龍太郎の唇は、今は血の通わない色をして微かに震えていた。
    「……、」
    咄嗟に言葉が出なかったのは一人の失敗であった。
    相当の覚悟で秘密を明かした龍太郎を傷つけるのに十分過ぎる。
    「隠してたっていうか…まぁ誰が見ても気分のいいもんじゃないっスから。すみません」
    「お前の謝ることでは、ないだろう」
    一人はようやく声を振り絞る。
    「オレ温泉とかってほとんど行ったことないしプールの授業もろくに受けてないんスよね」
    風呂上がりも寝る時もきっちりとパジャマの襟を締めていた龍太郎の姿を思い出す。
    違和感はずっとそばにあったのに、一人はそれを見過ごしていた。
    痛々しいほどに笑う龍太郎を見ていられず、それでも目を逸らすことだけはしまいと龍太郎の背中を睨んだ。
    龍は何かを見据えるように右側を向いていた。
    それは割り印のようにもう一対の龍の存在を思わせるものであった。
    「これは、まさか双龍か…?」
    「はい。もう一体は…まぁ、オヤジの背中にあるっス。オヤジのは左向いてて。オレのと向き合うみたいに」
    龍太郎は龍が向いている方向と同じ場所を、何もないはずの空間に慈しむような視線を落とす。
    「オヤジは可哀想な人、です。KAZUYAさんの最期のオペもできず死に目にも会えなかった。オヤジ、何度もオレに言うんスよ。お前はKの隣に相応しい崇高な医者になれって。自分はなれなかったから、て」
    それは呪いのように龍太郎の背中に刻まれた。
    一人には龍太郎が言っていることが分からなかった。
    KAZUYAが若くしてこの世を去ったこと、龍一がKAZUYAの死に立ち会えなかったこと、龍太郎がKに相応しくあらねばいけないこと、龍太郎が龍一の無念を背負い、憐憫を掛けること。
    そのどれも結びつかず一人の中で何一つとして符号することはない。
    一枚も絵の合わないパズルを前に一人は立ち尽くす。
    龍太郎が課せられるべきことなど何もないはずだ。
    けれど目の前の朗らかな青年は、それは真に自分の使命であると言う。
    そんな馬鹿な話があるものか。
    一人はぎ、と歯噛みしてひどく栓のないことを言おうとしている自分に心底呆れたが、結局他に何も言葉は出てこなかった。
    「……龍太郎、お前が望むなら…除去することもできるが」
    龍太郎は目に見えない何かに縋るようにふる、と被りを振った。
    その顔はやはり笑っている。
    「先生…オレ、親父の期待に応えたいんス。オヤジのことも先生のことも尊敬してる。オレにとってのKの…神代一人先生の隣に胸張って立てる医者になりたいんです。だから…」
    龍太郎の告白はこんな形でなければどんなに心が熱く高鳴っただろう。
    だから、と呻いて龍太郎はそこで初めて顔を歪ませた。
    うまく息が吸えなくてチアノーゼ気味の唇が戦慄き、己の肩を抱いてうずくまる。
    「オレ、ダメな息子だからこんなのがないと、オヤジの息子になれないんです…っ。これは、オレと、親父の唯一の繋がりだから。これが亡くなったら、オレは親父の息子じゃなくなるから…先生…これだけは、消さないで」
    一人は目の前が真っ暗になる。
    あぁこの親子は。
    ひどく歪で、あまりに哀れだった。
    自分の手ではもうどうしようもないほどに深く入り組んだ根のように結びつき、重なってしまっている。
    融合した肉芽は神経を過ぎ骨まで侵襲しているだろう。
    「オヤジ、ずっと後悔してる。夜になるとオヤジの部屋から泣き声が聞こえるんです。もういないKAZUYAさんの名前を何度も呼んで、謝って…」
    「龍太郎…っ」
    堪らず一人は龍太郎に駆け寄って震えるその背を抱いた。
    手を伸ばして届くぬくもりがあることだけは伝えたいと。
    「未熟なオレじゃ、オヤジのこと慰められないからせめて…K…あなたに恥じない医者に、オレを……」
    Kなどと持て囃されて崇め祀られ一介の人間を神にまで祭り上げるこの名が、ただひとりの青年を救けることができるのなら。
    「あぁ、龍太郎。俺は…Kの名にかけてお前をスーパードクターにしてみせる」
    「約束、っスよ」
    龍一も龍太郎も、もはやどこからどこまで自分なのか判別がついていない。
    抱えた痛みを、疼く苦しみを、滲む悲しみを。
    まるで母子を繋ぐ臍帯を流れる血液のように分かち合い、通わせ過ぎた。
    それを断ち切ることなど、到底一人にはできなかった。
    固く見詰め合った一対の龍が複雑に絡み合い決して離れることがないように。


    『青き龍は背に』
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