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    i_benimaru

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    i_benimaru

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    ずとたろ
    幼児化たろ・ポンコツずと
    脳みそ持ち込み不可

    サ行が苦手「ぱぱー!ままー!もちー!どこぉーーー!!」
    その小さなぷゆぷゆのふくふくは瞳にたっぷり雫を溜めて高い天井に向かって叫んだ。
    恐ろしく長いまつ毛は濡れて束になっていた。
    「ぱぱー!ままー!もちーーー!!!!」
    「龍太郎、落ち着け。大丈夫だから。落ち着きなさい龍太郎。もちってなんだ」
    「やーー!もちーーーー!!!!」
    落ち着きたいのは一人もだった。
    何をどうしたら突然龍太郎が3歳児になりぷゆぷゆのふくふくになったのかスーパードクターの頭脳と経験をもってしても理解不能である。
    体と一緒に精神もちゃんと3歳になり、降ってわいた怒涛の展開にでっかいのと小さいのは揃ってあわあわした。
    大人が慌ててどうするのだと一人は気持ちをシャンとさせ、小さき龍太郎を怖がらせないよう膝を折って背中をめいっぱい屈めた。
    「パパとママと…餅?は龍太郎のためにお仕事に行ったんだ」
    「パパとママ、またおちごとやだぁ」
    また、という言葉に一人は静かに、そして身勝手に高品夫妻に憤る。
    小さな体に寂しさを抱えてしくしくと泣く龍太郎が可哀想で、いじらしく、痛々しい。
    暗くて湿った広い家に一人残されたいつかの青年がじ、と遠くからこちらを見つめている。
    「やだな、そうだな。すぐ戻るよ。一緒にお留守番しよう」
    「おぢたん…だぁれ」
    「………おじさんはK、だ」
    「けぇ。へんなの」
    へんなおじさん、けぇ。

    小学生の時一也が読んでいた本の中からなるべく絵が多いものを選んで一緒にページを繰る。
    試しに医学書も見せたがものすごい勢いで本を閉じて口を一文字に結び両手で目を覆ってしまったのでやめた。
    骸骨が怖かったのである。
    悪いことをしたと猛省した。
    バムとケロの絵本を見せたらすぐに機嫌がなおって一人はほっと胸を撫で下ろす。
    龍太郎は食べ物の本をよく好み、絵に描いた食べ物を摘んでは口に運んであむあむと言うのが堪らなく面白かった。
    食いしん坊万歳ではないか。
    三つ子の魂なんとか。
    「百まで生きなさい」
    一人は龍太郎の頭をわしわしかき混ぜて末長く健康でいて欲しいと願った。
    お父さんお母さん、龍太郎くんを健康に産んで育ててくれてありがとうとさえ思った。
    一人は特殊な状況に少し浮かれていたのである。
    先ほどの仄暗い感情などどこかに行ってしまう。
    この短時間で一人の感情は驚くほど忙しかった。

    龍太郎は広い診察室の中をちょこまかと走り回った。
    この建物は導線が高く、小さな龍太郎にとっては巨人の家であった。
    ドアノブには全く手が届かず天井は恐ろしく高い。
    だだっ広い部屋をあっちでもないこっちでもないと行ったり来たりした。
    引越し先に慣れてきた猫のようだ、と微笑ましく見ていたがどこかそわそわしているようにも見える。
    「龍太郎さては」
    いかん、と立ち上がって抱えた時には遅かった。
    高く持ち上げられた瞬間龍太郎はびくっと震えて、そして決壊した。
    みるみる巨大な水たまりが出来上がっていく。
    温かい水が一人の足にもぽたぽたと滴った。
    「び、…」
    「び?」
    「びぇーーーーー」
    龍太郎は力の限り泣いた。
    恥ずかしくて情けなくて悔しかったのだ。
    3歳の矜持が許せなかった。
    それはもう立派な男泣きである。
    「ーーーーーー!!!!」
    「龍太郎、気づけなくてすまん。悪かった。ごめん。泣くな。これしき気にすることはない。大丈夫だから」
    一人は言葉をたくさん並べて背中をぽんぽんと叩いた。
    おいおい泣き続ける龍太郎を抱いて風呂場に連れて行く。
    濡れた服を脱がせざぶざぶと尻を洗い、拭く。
    その間もえっえっとしゃっくりをあげて泣き止まない。
    替えの服がないのでお仕着せ用の一番小さいサイズのスクラブを着せた。
    だぶだぶの襟ぐりと裾をちょんと輪ゴムでしばると龍太郎は餅巾着のようになった。
    さすがに子供用下着の用意はなかったがまぁ履かずとも季節柄問題なかろう。
    一人は汗だくになりながら床を拭き自分も着替え、汚れ物を全部まとめて洗濯機にぶち込む。
    やれやれとひとまず落ち着いてもまだ龍太郎はしくしく泣いている。
    なかなかどうして傷つきやすい。
    「龍太郎、ブドウ食べるか」
    冷蔵庫から貰い物の巨峰を取り出して部屋の隅でしとしと落ち込む龍太郎に見せる。
    龍太郎は初めて見る巨大なブドウに心惹かれて泣きながらもうんと頷いた。
    「おいで、剥いてあげよう」
    てちてち寄ってきて椅子によじ登ろうとする龍太郎を拾い上げて膝の上に乗せる。
    気づかなかったがどうやらこの家は椅子もテーブルも何もかも大きいのかもしれない。
    ここの人間は誰も彼も図体がうすらデカいので気づかないのだ。
    今まで麻上さんやイシさんや宮坂さんにも見えない苦労があったかもしれない。
    一人は様々思考を巡らせながらつぽ、とブドウを一粒茎からもいだ。
    皮を丁寧に剥くと濃い紫色のブドウがみずみずしい翡翠色の果肉に変わっていく。
    指で半分に割ってさらに半分に割る。
    剥いている間にも龍太郎は雛鳥のようにぱか、と大きな口を開けて待っている。
    そんなに熱心に待たれると剥く手が焦る。
    どんなに緊迫したオペでもそんなことはないのに。
    「吸い込むなよ」
    大きく開いた口の中に、剥いて小さく割ったブドウをぽいと入れてやる。
    口いっぱいに広がる強烈な甘みに龍太郎ぶるぶるっと震えた。
    「まーぃ!!」
    「そうか」
    剥いては口に放り込む。
    神業的なスピードで剥いても、剥いたそばから龍太郎の口の中に消えて行く。
    一粒を四つに割って食べさせるので四つ分の猶予があるはずだが剥いても剥いても追いつかぬ。
    神代一人は今、全自動ブドウ剥き機であった。
    龍太郎は一切手を汚さずフルオートで口の中に入ってくる芳醇な甘みにうっとりし、果肉のむちむちとした食感に酔いしれた。
    この世にこんなに甘いものがあるなんて。
    大きな手がブドウをちまちま剥き、美しく四等分するのを龍太郎はじ、と見ながらその行き先が自分の口の中であることを疑わない。
    口を開けて待っていると几帳面に剥かれたブドウは龍太郎の口元までやってくる。
    龍太郎は口の中に降ってくるはずの甘みがいつまでもやってこないので不思議に思い振り返る。
    キラキラ輝く魅惑の翡翠は龍太郎の鼻先を過ぎ、頭上を過ぎ、けぇの大きな口の中に消えて行った。
    「!?」
    美味いなぁ、とじんわりと脳みそに響く甘みに震えていた一人は強い視線を感じて膝の上の小さき生き物を見る。
    龍太郎は信じられないものを見た、という顔になった。
    え、なぜ?
    それはこの龍太郎めの口に運ばれるはずのブドウなのでは?
    ブドウよりでっかい龍太郎の瞳は一字一句違わずそう訴えていた。
    「そんな目で見るんじゃない」
    「たろちゃんのぶど…」
    「ちがう。みんなの、だ」
    「たろちゃんの!!ぶど!!!!」
    「む…。なら龍太郎のブドウを俺にも分けてくれ」
    「いよぉ…」
    龍太郎は実に不服そうに、渋々こくんと頷いた。
    許しを得て一人は龍太郎と自分の口に交互にブドウを運ぶ。
    しばらく二人は無言でブドウを啄んだ。
    房が半分ほど裸になった頃、ハッとなって慌てて一人はブドウを冷蔵庫にしまった。
    みんなで分けて食べるように、とイシさんに言いつけられているのを思い出したのだ。
    みんな、とは麻上や村井である。
    もちろんイシさんも。
    「いかん、食い過ぎた。龍太郎お前も一緒にイシさんに謝るんだぞ。いいな」
    「ん…!!」
    二人は今日一番ギュッと目と眉を引き締めた。
    食べ物に関して羽庭イシに敵う者など、この診療所にはただの一人もいはしなかった。

    ソファに寝そべり腹の上で龍太郎を転がしながら一人はさてどうしたもんかと思案に耽る。
    何せ成人男性が幼児化する症例なんか聞いたことも見たこともない。
    医者として、いやそれ以前に人としてもっと慌てたり考えなくてはいけない筈なのだが、どうにも思考が続かない。
    ぽよぽよとしたほっぺたとまろい小さな尻が一人の脳みそまでぽよぽよにしてしまう気がした。
    別にこのまんまでもいーんじゃない?と。
    いいわけなかろう。
    ない、ないのだがしかし。
    一人の体を好き放題ジャングルジムにして龍太郎が脚にしがみつく。
    飛行機の要領で龍太郎をぶら下げたままぶんぶん振り回すとキャッキャと楽しそうに笑う。
    時折笑い過ぎてひきつけを起こしかけるので注意が必要であった。
    脚を伸ばすと逆さまのまま器用に受け身を取って頭から一人の腹にぽて、と落ちる。
    ぐにゃぐにゃと柔らかい体はそれだけで実に楽しそうだ。
    一人の腹の上でうつ伏せに寝そべる龍太郎はさしずめトトロの上に乗ったメイのよう。
    ブドウで血糖値が上がり、どろっとした眠気がさらに思考を鈍らせる。
    「パパとママともち、おちごと?」
    「あぁ」
    「まだこない?」
    「あぁ」
    「……」
    「……龍太郎、お前うちの子になるか…?」
    つい口をついて出た。
    出てしまった。
    言ってしまってから、自分に呆れる。
    「たろちゃんのおうちにパパとママともち、いる」
    子供は幼いうちから大人に気を遣う。
    取り繕うし方便も言う。
    ちいこい声で、でもはっきりと。
    「たろちゃんけぇのおうちには、これないかも」
    「そう、だな。そうだ。すまない」
    自分には傷つく資格もない。
    この子を大切な場所から引き離す権利も資格もない。
    「本当にすまない。きっとパパとママともちは龍太郎のために頑張って早く帰ってくるよ」
    「たろちゃんけぇとおるちばん、するっ」

    そのまま一人と龍太郎は寝てしまった。
    休診日だったので村井も麻上もいないだだっ広い診療所は静かで、柔らかな微睡みを運ぶ。
    遠くでカッコウが鳴いている。
    さらさらと夏の風が通り過ぎる。
    大人と子供の寝息と拍動は速さが違い過ぎて重なることはない。
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