ロイドが狼なリィンを餌付けする話「ランディの所に届け物をしてきてもらえない?」
ある日、エリィにそう頼まれたロイドが向かったのは、森の奥深くにある彼の住む狩猟小屋。
もう少し町に近い所に住めば良いのに、まあ以前は俺も住んでたんだけど、などと考えながらロイドが森を歩いて行くと、目の前に犬のような耳と尻尾が生えた、ロイドよりも少し年下に見える男が立ち塞がった。
「その手に持っている物を置いていけ!」
「ダメだよ。これはランディへの届け物なんだ」
「ランディ…って、あの小屋に住んでいる狩人の?…君はあの人の知り合いなのか?」
「そうだよ。俺はロイド・バニングス。この近くの町に住んでいるんだ」
「あ、俺はリィン…って、自己紹介してる場合か!?」
「だってランディの知り合いなんだろ?あれ、もしかして違ったか?」
「こっちが一方的に知ってるだけだ。それより、早くその手に持っている物を…」
「なあ、君、もしかしてお腹が減ってるのか?」
「人の話を聞けっ!…そうだよ、腹ペコなんだ。何ならお前を食べても良いんだぞ?」
「それは困るな。でも、これはあげられないし。……そうだ!」
普通の人間は狼を恐れるはずだ。そこでリィンはロイドに脅しをかけてみるが、何を言っても受け流されてしまう。
次第にリィンがイライラし始めたところで、何か思いついたのかポンッと片手を手のひらに打ち付けたロイドは、とんでもない事を言い出した。
「君も一緒に来ないか?リィン。ランディの家なら何かしらあるだろうし」
「お前、狼に狩人の家に来いって言うのか!?」
「あ、そっか。まあでも、ランディなら話せば分かるよ。君は悪いヤツじゃなさそうだし」
「いや、そういう問題じゃ…ってあ、ちょっと、手を放せ、引きずるな!……お前、力強いなっ!?」
そして片手を掴まれ、ズルズルと引きずるようにして歩き出されて焦るリィンだが、ロイドは全く気にも止めない。
やがてたどり着いた小屋の住人は留守にしていたため、勝手に中に入り、持っていたカゴを机に置いてから食べ物を物色し始めるロイドに、リィンは恐々声をかけた。
「なあ、勝手に漁って良いのか?」
「ああ。ランディには、留守の時は好きにして良いって言われてるからな」
「お前、一体何者だ?その度胸といい(ばか)力といい、一般人には思えないんだが」
「別に普通の人間だぞ?以前はランディとコンビを組んで狩人をしてたけどな」
「狩人だって!?」
「…なんだか勘違いされてる気がするんだが。狩人だからって何でもかんでも狩るわけじゃないぞ?俺たちが狩ってたのは、食べるのに必要な分と、それから悪さをする奴だけだ」
「そうなのか?知らなかった…」
「ふぅ、やれやれ。それじゃ、何か作ろうか。…う~ん、この肉はそろそろ食べないと傷みそうだし、これを焼こうかな」
肉と聞いて耳をピクリと動かし、思わず尻尾を振るリィンに笑ったロイドは、手早く下ごしらえをし、調理する。
そしてそれを皿に盛って出せば、余程腹が減っていたのだろう。席に着いたリィンは、あっという間にそれをペロリと平らげてしまった。
「…おかわり、いるか?」
「良いのかっ!?」
「ああ。俺はそんなにお腹は空いてないから、全部食べて良いぞ?」
「それじゃあ遠慮なく。いただきますっ!」
がブリと肉に食らいつくリィンをロイドが微笑ましく見守っていれば、これまたペロリと平らげたリィンがようやくその視線に気付いたようで、何見てるんだ?と尋ねられる。
それに、いや、可愛いなあと思って、とロイドが答えれば途端にリィンは顔を真っ赤にして慌て出したので、手を伸ばして頭をくしゃりと撫でてやれば、ポスッとその手に頭を押し付け、まるでもっと撫でてくれとせがんでいるようだ。
なのでぐしゃぐしゃとランディがよくロイドにするように撫で回してみれば、目を閉じてうっとりとした顔をするリィンに、本当に可愛いな?とロイドが思っていると、家主であるランディが帰ってきて目を丸くした。
「…何だ?この状況は」
「あ、お帰り、ランディ」
「えっ!?あ、うわっ!」
「落ち着け、リィン。大丈夫だから」
「で、でも!」
「なあ、お前最近この辺をうろついてる狼、だよな?なんかよく分からねえ事になってるが。…おい、ロイド。状況を説明してくれ」
「ええと、エリィに頼まれてランディにお酒を届けに来たんだけど」
「あれ、食べ物じゃなくてお酒だったのか?」
「そうだよ、言わなかったっけ?」
「聞いてないっ」
「それはすまない。…来る途中でお腹を空かせた彼に会って、ああ、リィンって言うんだけど、俺を食べるって言うものだから、それは困るって事でここに連れてきて、肉を調理して出したんだ」
「…おい」
「…端から聞いてると、突っ込みどころが有りすぎだな。まあ、間違ってはいないんだけど…」
「お前もそう思うか?狼にまで言われるとか……。つうかロイド。俺はお前に、何でもかんでもたらし込むなって言ったはずだよな?」
「人聞きが悪い事を言うなよ、ランディ。リィンは悪い奴じゃなさそうだったから連れてきたんであって、悪い奴ならこれでぶん殴ってた」
これ、と言いながらロイドが取り出したのはゴツ目のトンファーで、それにひきつった顔をしたリィンを見やると、ランディはふう、とため息をつき、話題を変えるようにロイドに話しかけた。
「それで、足の調子はどうだ?」
「相変わらずだよ。こればっかりは仕方がないけど」
「足?そういえば少し、引きずっていたような…」
「しばらく前に怪我をしてね。…リハビリして、普通に歩けるようにはなったんだけど、激しく動いたり長く走ったりっていうのは難しいんだ。だから狩人を止めたのさ」
「なんか仕事を探すとか言ってたけど、そっちはどうよ?」
「ちょうど食堂で手伝いを募集してたから、多分そこで働かせてもらえると思う。まかないも出るらしいぞ?」
「食堂?…そういえば、さっきも随分手際よく料理してたな」
「ああ、昔からやってたからな。プロ並みとまではいかないけど、そこそこは出来るよ」
「実際、お前が一緒に暮らしてた時は、随分助かってたしな」
「っ!」
ロイドの料理がまた食べたい。
座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、目を輝かせ、尻尾を振って全身でそう主張するリィンに苦笑したロイドは、君の住み処はこの近くか?と尋ね、頷く彼に時々持っていってあげるよ、と約束する。
そして渋い顔をするランディに大丈夫だよ、と宣うロイドは笑顔で、ロイドの頑固さを良く知るランディは、こうなってしまっては仕方がない、と大きなため息をつくのだった。
「狼を餌付けすんのはどうかと思うけどな」
「あ、はは…。なんだか可愛くてつい、な。…ランディには迷惑掛けないように気を付けるから」
「頼むぜ?ロイド」