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    hanjuku870

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    hanjuku870

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    ランちゃんに告白する決意をしたヴェインくんの話。ヴェラン。

    #ヴェラン
    veranda

    告白日和【ヴェラン】 片思い歴、二十四年。
     一途だなんだとからかわれても、俺にとってはランスロットしかいないのだから、一途も何もないと思う。
     けど、いつまでも幼馴染みの親友でいたいわけじゃない。これからもずっと友達でいたいという執着はもちろんあるし、関係が壊れたら今のままではいられないという恐怖も、確かにある。
     それでも、このまま永遠に片思いをするには、俺の気持ちは大きすぎる。
     一人前になったら告白すると決めていた。今の俺が一人前かと聞かれると、胸を張ってただ頷けるか……、答えは否だ。けれど、白竜騎士団副団長を拝命し、団長であるランスロットの右腕として認められるようになってきた。
    「いつになったら団長に告白するつもりなんだ?」
     なんて、同期に笑われること早数年。
     告白すると決めるのは簡単じゃない。ランスロットは俺が好きだと言ったところで、仕事に影響を出すような男ではないし、変わらず親友として接してくれるだろう。
     だから、あとは俺の覚悟次第だ。
    「よっし!!」
     気合を入れて、白竜騎士団団長の執務室へ向かう。純白の扉の前に立ち、ハルバードを担いで深呼吸。ノックすれば、すぐに凛とした声が返ってきた。
    「入れ」
     大きく息を吸って吐き出す。執務室に入ると、世界で一番きれいな瞳が俺を見る。
    「ヴェインか。ちょうど良かった」
     微笑んだランスロットは、俺に設備投資の書類を渡して意向を聞く。意見交換を終えると、俺は書類を小脇に抱えて思わず咳払いした。
    「あー、えーっと」
    「ん? どうした?」
     青い瞳がきらきらとしながら俺を見上げている。ドキドキと心臓がうるさい。顔が赤くないといいんだけど。
    「ランちゃんと俺さ、明日は休みだろ?」
    「あぁ、そうだったな」
    「良かったらさ、久しぶりに買い物でもどうかなーって……」
     ぱちくりとして、ランスロットは笑った。
    「休みにまで俺の顔を見たいのか?」
     見たいです。毎朝毎晩、一日中、一年中。これからの一生もずっと。
    「ランちゃんの顔はずっと見てたいけど、たまには団長じゃないランちゃんの顔も見たいなーと思ってさ」
    「ふふ、そうか。分かった。昼飯頃に待ち合わせするか?」
    「あぁ、ランちゃんちに迎えに行くよ。今夜は街の自宅に帰るんだろ?」
    「そうだな。たまにはゆっくりするか」
     伸びをしてから、ランスロットは窓の外を見遣る。
    「明日の天気はどうだろうな」
    「新聞では晴れるって」
    「そうか。楽しみだ」
     笑顔のランスロットに笑い返し、執務室を後にして緊張の息を吐いた。
     うわぁぁ〜〜、良かったぁぁ……!! 無事にデートに誘えた!! それに、楽しみって言ってくれた。嬉しい。
     預かった書類を関係各所に届け、俺はたまたまそこにいたいつもからかってくる同期を捕まえて、食堂の端に座った。
     昼飯時で混雑している食堂では、誰も俺たちのことなんか気にしてないからちょうどいい。
    「告白をしようと思って」
    「はぁ〜? お前、まだしてなかったのかよ」
    「色々とあるだろ! 心の準備とか!」
    「俺はそんなくだらねぇ話のために連れてこられたのか? 結果なんざ目に見えてるだろ」
    「薄情なこと言うなよ〜! 散々、告白しろってはっぱかけたのはお前だろ〜!」
    「うっぜ」
     大袈裟な溜息で、同期は昼飯を口に詰め込んだ。俺もシチューの肉を食べ、明日の昼飯はどこで食べようかといくつかの店を選んでいると、同期がじろりと睨んでくる。
    「そんで、対策は?」
    「対策?」
    「まさか、ただデートして好きだ〜とか言うつもりか?」
    「えっ、ダメなのか?」
    「かぁ〜〜、本っ当に朴念仁だなお前は。だいたいなぁ……」
     あ、の形に大口を開いたまま、同期は固まってしまった。何だ? と振り向けば、話の当の本人が立っていた。
    「話し中、すまないな。混んでいて席が見つからないんだが……、同席しても構わないか?」
     極上の笑顔で、ランスロットは伺いを立てた。団長を前に断る理由などなく、同期は起立してどうぞ! と勢いよく席を勧めた。
     俺の隣の席に座り、にこりとするランスロットは、表情とは裏腹に少し怒っている気配がする。
     同期は慌てて食事を掻き込み、逃げるように行ってしまった。俺へのアドバイスを放ったらかしにして。
     ごちそうさまでした、と言ってスプーンを置き、俺は澄ました顔でシチューを口にする幼馴染みを横目に見た。
    「ランちゃん、どうしたんだ?」
    「何がだ?」
    「いやぁ、何だかご機嫌斜めかなって」
    「そんなことはないぞ」
    「分かった。デザートを取りそこねた? 今日は人気のチョコレートケーキだったから、すぐになくなっちゃったもんなぁ」
    「違うって。けど、そうだな。たまにはヴェインの作ったケーキが食べたいな」
    「おっ、じゃあ、今夜にでも作るぜ!」
     綻ぶように笑うランスロットは、とてつもなくかわいい。こんな人目のあるところで笑ってほしくないなぁ〜……。ほら、ランちゃんを盗み見てた何人かが今の笑顔で落ちたよ。勘弁して欲しい。
     だから、俺はランスロットに告白するんだ。ランスロットに惚れて、好きだと言う大勢の中の一人だとしても、構わない。
     そうだ、と言ったランスロットが、伺うように首を傾げた。
    「ついでに、明日の昼飯も作ってくれないか?」
    「そりゃ、もちろんいいけど。でも明日は前にランちゃんが行きたいって言ってた店に行こうかと思ってたんだけど、どうする?」
    「それはまた今度な。ケーキも食いたいし、そうなるとヴェインの飯も食いたくなるだろう?」
    「そっか……。へへっ、りょーかい!」
     料理を食べたい、って言ってくれるのは嬉しい。たくさん買い込んで帰らねぇとな。
    「それなら、明日は俺がヴェインの家に行くほうがいいな」
    「じゃあ、昼頃に来てくれよ。あ、リクエストがあれば聞くぜ!」
    「リクエストかぁ……」
     顎に指を添えて考えるランスロットの横顔を眺め、明日の幸せなひとときを想った。




     大量に買い込んだ食材を並べ、袖をまくる。緊張とわくわくが同居したような、変な感じだ。今日はランスロットのリクエストを全部聞いてやるつもりで材料を買った。
     ランスロットの好物を、ランスロットのリクエストで、ランスロットのためだけに作る。
     贅沢な時間だ。
     皮の一枚を剥くのにも、包丁の入れ方まで愛情を込めて。なぁんてな。
     ――美味しくなぁれ、って言いながら作ると、本当に美味しくなるんですよ!
     って、ルリアも言ってたっけ。
     ランちゃんの喜ぶ顔、美味いって綻ぶ顔、小さな口を大きくして笑う顔、全空一だな! って褒めてくれる顔……、どんな風に今日は楽しんでくれるかな。
     そう考えながら作る料理は、たぶん今までで一番、楽しかった。


     昼になる頃には、家中がいい匂いで満たされていた。


     リンゴン、と呼び鈴が鳴った。
    「はいはーい」
     手をタオルで拭き、扉を開くとランスロットが立っていた。にこっとするのにあわせて、自由な黒い髪がぴょこりと動く。
     自然に、顔が緩んでしまった。
    「いらっしゃい、ランちゃん」
    「すまん、少し早かったか?」
    「いや、ちょうどできたところだぜ! ケーキももう焼けるしな!」
    「いい匂いだ」
     チョコレートの香りに、ランスロットもとろけそうな顔をしている。かわいい。テーブルに並んだ料理を前に、ただでさえきらきらな瞳がもっと輝きを増す。
    「俺の好物ばかりだな!」
    「そりゃそうだぜ。ランちゃんをおもてなしするためのもんだからな!」
    「何だ、下心でもあるのか?」
    「下心!?」
     ランスロットの言葉に、声が引っくり返った。俺がびっくりしたことに驚いたランスロットの目が、ぱちくりとしてから悪戯っ子のものになる。
    「もしかして、本当に下心があったのか?」
    「えっ、そんなことはないけど! いや、でも、うーん、少しはあるかなぁ……、下心」
    「ふぅん。ヴェインが下心か。何かお願いごとでもあるのか?」
    「いいや。ランちゃんに俺の作った料理を腹いっぱい食って欲しいって下心ならあるぜ」
     ランスロットは肩を竦めて笑う。
    「ヴェイン、そんなのは下心とは言わないぞ」
    「そうか? ランちゃんを独り占めできるんだから、十分だろ」
     口を噤んで視線を料理に向けたランスロットの目元が少し赤い。
    「あれ、ランちゃん、暑い? 顔が赤いけど」
    「いやっ、全然!」
    「そうか? 少し暖炉の火を落とすか」
     火かき棒で調節していると、ケーキの焼き上がりの時間となった。
    「よーし、いい具合に焼けたぜ、ランちゃん」
    「ガトーショコラ!!」
    「クリーム付けるだろ?」
    「たっぷりで!!」
     無邪気な笑顔のご褒美感!! こういう素の顔を見られるのは、俺だけの特権だ。
     鞄を下ろそうとしたランスロットが、思い出したようにその中を探る。
    「あ、忘れてた。ほら、土産」
    「おっ、ぶどう酒! ありがとな、ランちゃん」
    「ヴェイン、腹減ったんだが、もう食べてもいいか?」
    「あぁ、もちろん!」
     喜び勇んで席につき、ランスロットはいただきます! と満面の笑みでフォークを握った。オニオンソースのチキンソテーをひとかじりして、笑顔の花が咲く。
    「美味い!! やっぱり、ヴェインの飯は全空一だな!!」
    「ランちゃんはいっつもそう言ってくれるなぁ」
    「本当のことだからな」
     頬を膨らませてチキンを噛みしめるのは本当に幸せそうで。昨夜から仕込んでいた甲斐があったってもんだ。
     城の食堂では、こんな油断しきった顔で飯を頬張ったりしない。ふたりきりのときに俺だけが見れる、ランスロットの姿。
     幸せだなぁ、ってしみじみする。
    「どうした?」
    「いいや、ランちゃんが美味そうに食ってくれて、嬉しいなって思ってさ!」
    「美味いんだから当たり前だろ」
    「へへへ」
     テーブルを埋め尽くす料理を片っ端から平らげていくのは、見ていて爽快そのものだった。前菜もメインもパスタもパンも、用意しすぎたなぁと苦笑していた料理はケーキも含めてランスロットの腹に収まってしまった。
     片付けが終わる頃には、膨れた腹を抱えながら苦しそうにソファへ身を預けるほど、いつもの何倍も食べていた。
    「腹がはち切れる……」
    「大丈夫かぁ、ランちゃん。無理しなくて良かったんだぜ」
    「久しぶりのヴェインの飯だったから、食い逃せないと思ってな……」
     お茶でも淹れるかと聞いても、ランスロットは口を押えて首を振る。胃薬は? と聞いても要らないと言うので、自分の分の紅茶だけを淹れて隣に座った。
     背もたれに頭を預けながら、ようやく一段落ついたらしいランスロットは微笑む。
    「最近は忙しくて、こういう時間も取れなかったからな。今日はいい気分転換になったよ。ありがとうな、ヴェイン」
    「いいってことよ」
     紅茶を飲みながら、どこへ行こうかという話になった。腹ごなしに動きたいようで、ランスロットは体を捻りながら外を覗く。すると、俺を振り返りながら裏口に走った。
    「ヴェイン、雨が降ってる!」
    「えっ、わぁぁ、洗濯物!!」
     慌てて庭に飛び出し、洗濯物を掻き集める。まだ小雨だったし、ランスロットも手伝ってくれて事無きを得たが、少しだけ湿ってしまった。
    「ランちゃん、濡れなかったか?」
    「あぁ、全然平気だ」
    「風邪引いたら大変だから、これで拭いてくれ」
     乾いたタオルをランスロットの頭に被せ、ほんのりと湿り気のある髪を撫でた。
    「ランちゃんちの洗濯物も濡れちゃってんじゃないか?」
    「あー……、いや、大丈夫だ」
    「なはは。ランちゃんちにも、片付けが必要そうだな」
     どうやら、ランスロットは溜め込んだ洗濯物を放置して来たみたいだ。外に干してなかったなら良かったけど、また部屋が魔窟になってるだろうから、暇を見つけて徹底的に掃除しなきゃだな。
     そう考えてたのが分かったようで、ランスロットは誤魔化すように外へ視線を投げる。
     天気予報は晴れだったはずなのに、土砂降りになっていた。
    「すごい雨だな。買い物はどうする?」
    「また今度にしようぜ」
    「いいのか? 行きたい所があったんじゃないのか?」
    「いんや、今日はランちゃんと過ごせればそれで良かったから」
    「……そうか」
     タオルを深く被ったランスロットの声はくぐもっていて、寒いのかと覗き込んだら、ドキリとした。伏せられた長い睫毛が上向き、透き通った青の瞳が熱を持って俺を見上げている。
    「……あー、ヴェイン……」
     何か言いかけたランスロットの声を、リンゴン、と呼び鈴が遮った。
     激しい雨の中、誰かが訪ねて来たらしい。
    「ごめん、ランちゃん。ちょっと待っててくれ」
    「あぁ、大丈夫」
     来客を待たせるには天気が悪くて、慌てて玄関扉を開けると荷物を抱えた配達員がいた。
    「こちら、白竜騎士団副団長であるヴェインさんのお宅で宜しいですか?」
    「そうですけど」
    「こちら、お届け物です」
     サインをして、一抱えはある箱を受け取る。配達員のお兄さんは雨よけのための、防水処理された外套を羽織っていた。その中で抱えられていた荷物は濡れてなかったけど、そんなものを用意するんだから今日は雨予報だったのか?
     新聞を見間違えたのかもしれない、と思いながら差出人を見ると、旧知の仲である少年の名前が書かれていた。
    「ランちゃん、グラン達から荷物が届いたぜ!」
    「団長達から? 何だろう」
    「アウギュステの消印になってるな」
     油紙を破り、包装を切って紐を解いていくと、箱には様々な食料品が詰め込まれていた。
     アウギュステで取れた海産物の干物、つまみ、珍しい発酵食品、酒、出汁を取る魚や海藻、そして海の色を模した青い水晶のような菓子が。
     ランスロットは菓子が入った瓶を取り上げ、灯りに透かして魅入っている。
    「綺麗な菓子だな」
    「アウギュステ観光協会が最近売り出してる、アウギュステの海をイメージした飴だってさ」
    「へぇ。確かに、アウギュステの海の青だ」
     グランとルリアからの手紙を読みつつ、手渡された瓶を同じように透かし見た。
     透明で綺麗な色の菓子だ。どうやって作るんだろう。
     瓶の蓋には、白と黄色の薄紙が被せられ、紐で留められている。女性を意識した土産物だからだろうか、ハート型のタグには『アウギュステ♡永遠の愛を誓って』と書かれており、指輪の装飾品が添えられている。
     蓋を開けてひとつ摘み、酒の肴を選んでいたランスロットの口元に差し出す。
    「ほい、あーん」
     ぴたりと手を止め、ランスロットはちらりとこちらを見てから口を開く。小さな口に入れてやると、ころりと舌で転がした。
    「美味い?」
     少しの間を置き、ランスロットは頷いた。俺もひとつ口に放り込むと、じんわりとした優しい甘さが広がる。
    「ん、本当だ。すっきりした甘さだ」
     どうやって作るのか知りたいなぁ。今度、アウギュステに行ったら教えて貰えないだろうか。
     そんなことを考えていた手のひらに、硬いものがあると思い出した。飾り用の指輪は、大袈裟なくらい大きな青い石が嵌められている。
     吸い寄せられるように、その青に目が行く。きれいな青だ。本当に、きれいな。
     最初は、子供がおままごとで使いそうなものかと思っていた。けど、意外と作りはしっかりとしていて、菓子のおまけなのに決して安っぽくはなく、むしろ高級感を持たせている。大人の女性向けに、思い出に飾って楽しめるようにデザインされたものらしかった。
    「……どうしたんだ?」
     おずおずといった感じで首を傾げているランスロットに目を移し、笑う。
    「あぁ、いや。この指輪がさ、かわいいなって」
    「……ヴェインが指輪に興味を持つなんて、珍しいな」
    「興味っていうか……、この青色がさ、ランちゃんの瞳の色だなぁと思ってさ」
     ランスロットの顔の横に指輪を並べ、思わず顔が綻ぶ。綺麗な青の双眸と、アウギュステの愛を謳う指輪の青が並び、いつかこんな青の石を持つ指輪が彼の指を飾ったらいいのにと思う。
     それを贈るのは自分じゃなくても。例え、見ていることしかできなくても。
     そんな俺の気持ちを知るはずもなく、ランスロットは一瞬だけ息を止めると、すぐに真っ赤になって怒ってしまった。
    「お前な、そういう……っ!」
    「えっ、何? 俺、何か変なこと言った?」
    「……っ、バカ!」
    「えぇ〜、何でだよ、ランちゃん?」
    「知るか!」
     腹を若干強めの拳が襲う。別に痛くはないけど、腹を撫でながら指輪を置き、肩に掛けていたタオルを被ってしまったランスロットの顔を下から覗き込む。
    「どうしたんだよ、ランちゃん」
    「うるさい!」
    「機嫌直してくれよ〜!」
     あ、あー、うん。確かに、菓子のおまけの指輪と瞳が同じ色だ、なんて、ひどいよな! デリカシーがなかった! これは俺が悪い。そんなつもりじゃなかったなんて言えないから、謝るしかない。
    「ごめんな、ランちゃん」
     白いタオルの端を持ち上げると、むうっとした膨れっ面が出てきた。
     はぁ〜、かわいいんですけど。って言ったらまた怒るから言わないでおく。
    「許して……?」
     懇願する俺に、ランスロットはむっつりとした顔をくるりと巡らせ、机の上にあった指輪に目を止める。
    「……じゃあ、その指輪……、俺にくれるか?」
    「え、これ? うん、いいけど……、おまけだぞ?」
     指輪を手に取り、これが不機嫌の原因ではなかったのかと首を傾げる。しかし、ランスロットは少し恥ずかしそうにしながら口早に答えた。
    「いいんだよ、おまけだって」
    「ふぅん?」
     青い石が気に入ったのだろうか。俺はランスロットの手を取り、その指にゆっくりと嵌めた。左手の、薬指に。
     白いタオルがまるでヴェールのようだなぁ、なんて思っていたから、出来心というか、それこそ下心というか。叶わないことも、本物じゃないなら許されそうな気がして。
    「……わははっ、何だか結婚式みたいだな!」
    「……っ!」
     わざと明るく笑えば、言葉を継げないランスロットはまた真っ赤になってしまった。
    「ランちゃん……」
    「……バカ」
     重ねたままの手を振り払われそうになり、俺は強く握って引き止める。
     あぁ、俺は、どうしようもなく。
    「ランスロット、好きだ」
    「……え」
    「俺、ランちゃんが好きだ!」
     言ってしまった。
     勢いで言ったから、声は震えなかった。でも、ランスロットの返事を待つ間、きっと俺はぶるぶると震えていたと思う。
     驚いて軽く目を見開いたランスロットは、きゅっと俺の手を握り返した。振り払われなかったことにほっとしつつも、手を引っ込めようとしたら、手を握ったままのランスロットが一歩近付いて俺を見詰める。
    「……じゃあ、これは……プロポーズか?」
     たった今、ランスロットの指に嵌められた指輪を俺に見せ、小首を傾げる。今度は俺が驚き、変な声が出てしまった。
    「うえっ!? 違うよ!!」
    「……違うのか?」
     途端にしゅんとするランスロットに焦り、俺は混乱する頭をフル回転させて気持ちのまま口走った。
    「ちっ、違わないけど!! その時は、もっとちゃんとしたの買うから!!」
    「その時って、いつだ?」
    「えっ、あ、明日……、いや、今……、今日、これから!!」
    「ふふっ、分かった。じゃあ、こんな土砂降りの中だけど、買いに行くか?」
    「……え?」
    「うん?」
     ……いや、何でそうなるんだ……?
     とろけそうに幸せそうな顔で言うランスロットが分からなくて、俺は疑問符を顔に張り付かせたまま機械のようにカクンと首を傾けた。
    「……あの、ランちゃん……?」
    「ん? どうした?」
    「えーと、その……」
     理解が追いつかない。俺が聞いてなかっただけで、ランスロットは何か言ってたのか?
     好きだ、と言った。すまない、と言われるはずが、プロポーズかと聞かれ、違うと、プロポーズなら本物の指輪を買うと言ったら、じゃあ買いに行こうとランスロットは言った。
     言ったよな? あれ、おかしいな!? 何も聞き逃してないはずだけど!?
     口を開閉していた俺にくすりと笑い、ランスロットは初めて見る綺麗な微笑で甘い告白をした。
    「……俺も好きだよ、ヴェイン」
    「……へ?」
    「俺も、ヴェインが大好きだ」
     好きって、何だっけ。食いもんの話?
    「えーと……、え?」
     ヴェイン、っていう食いもんの話じゃないよな? 少なくとも、俺はそんなレシピは知らない。そう、告白の話なんだから、当然、好意の話だよな?
     あー、幼馴染みとか親友の話?
    「え、いや、ランちゃん、俺は……ランちゃんが好きだって言ったんだけど……」
    「そうだな。俺もヴェインが好きだって、そう答えたはずなんだが」
     大混乱な俺を、ランスロットは笑いながら見ている。楽しくて仕方ないって顔で、頬を赤くして、結婚しましたみたいな報告をする人みたいに、俺に指輪を見せつけている。
     結婚の指輪を買いに行こうって、ランちゃんはそう言ったのか? じゃあ、結婚しようってこと? 結婚しようってことは、親友としてじゃなくて、俺のこと好きってこと?
     恋人として? 婚約者になってもいいってこと? いずれ結婚して、家族になってもいいってこと? 一生、側にいようってことで、いいんだよな?
    「ヴェイン?」
     固まって動かない俺の目を、不思議そうに覗いてくる青を見返す。
     ランスロットが。結婚しようって言ってくれてる。俺と。
    「えっ……、ええぇぇーー!?」
     思わず大きな声を出したら、ランスロットは耳を塞いで俺を軽く睨んだ。
    「何だよ、その反応は!」
    「いや、ごめん……、俺、こっ、告白……、振られるってばっかり、思ってた……から……」
    「何でだよ」
     眉根を寄せるランスロットは、むっとしたように腰に手を当てた。俺は正直に思っていることを小さくこぼす。
    「いや……、ランちゃんは俺みたいなのを好きになるわけないと思ってたし……」
     はぁ、と溜息をついてから、ランスロットは艶のある微笑を俺に近付けた。
    「俺は、ずーっと前からヴェインのことが好きだけど?」
    「ぅええ……」
    「何だよ、不満か?」
     首を振り、滲みそうになる視界を振り切った。遠慮がちに熱を持ったランスロットの頬から耳元を撫で、髪を梳く。それを気持ちよさそうに受け入れているランスロットに近付きたくて一歩を踏み出せば、自然と顔も間近になる。
     きれいだなとか、かわいいなとか、大好きだとか、感情は溢れ出して止まらないのに頭は真っ白で。
     少しずつ、鼻先が近付く。ランスロットの匂いと体温、息遣いで胸が苦しくなる。
     とろっとした青い瞳を見詰めていると、目蓋が下がってきた。睫毛が長くて、頬に影を作っている。触れてもいいと、許されたんだ。俺は、ランスロットに触れてもいいんだ。
     ぶわっ、と肌が粟立つ。心臓が耳元で鳴ってる。触れる距離で、ランスロットの唇が薄く開いた。
     そっと、温もりが重なる。
     柔らかく、甘い。
     体の奥底から溢れ出てくる、ランスロットが大好きだって気持ち。
     ずっとずっと焦がれていた髪に、肌に、唇に、触れている。
     ちゅ、と音を立てて離れ、鼻先を擦り寄せながら、角度を変えてもう一度。今度は体がぴたりと隙間がないほど抱き寄せた。
     もっとしたい。もっと唇を重ねて、擦って、食んで、舌を這わせてみたい。もっと深く、もっと味わうみたいに。
     俺の邪な気持ちが伝わってしまったようで、ランスロットは赤い目元で呟いた。
    「買い物は……明日にするか?」
    「う……っ、いや、行く。ランちゃんの気が変わらないうちに!」
    「変わるわけないだろ。俺は、二十四年間、ヴェイン一筋なんだぞ」
    「えっ……」
     俺と同じ。じゃあ、生まれたときからお互いしか見てなかったってことだ。俺ばっかり好きだと思ってた。そんなにも長い間、ランスロットの気持ちに気付かなかったなんて。
     ランスロットが俺のこと好きだなんて、思ってもみなかった。
     じわじわじわっ、と、顔と耳と、全身が熱くなっていく。真っ赤だろう俺の頬と首筋を撫で、ランスロットはふふっと笑う。
    「何だ、お前、こういうのに弱いのか?」
    「俺はランちゃんに弱いの!」
    「そうか。じゃ、お互い様だな」
     目を細めたランスロットともう一度キスをすると、指を絡めて玄関へ向かう。
     鞄と合羽を身に纏い、ランスロットには防水の雨避けできる外套を着せ、家を出た。
     激しく打ち付ける雨なのに、手を繋いで、ランスロットと二人、笑いながら走り出した。
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    「ああ、……そうだな」
     背中越しに伝わってくるジークフリートの気配が、もそり、と落ち着かぬ様子で身じろいだ。
     本日の夕刻、ジークフリートが予め手配してくれていた宿に到着してみると、通された部屋は大きなベッドがひとつ置かれたダブルルームであった。ツインの部屋に替えて貰えないかと交渉してはみたが今宵は満室で変更は難しいと言われてしまったため、仕方なしに彼と同じベッドで寝ることにしたのだった。
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