5/4超全空無配ペーパー 甘い気配が行き違う。
「狭いか?」
「……いや、平気だ。お前こそ窮屈ではないか?」
手違いにより、今宵はジークフリートとひとつ床で眠ることになった。
とは言っても、ベッドのサイズは男二人で入ってもそれなりに余裕があるものだ。彼の体温は感じるものの、寝具の取り合いをするほど狭いわけではない。
「俺は大丈夫だ。すまないなパーシヴァル、俺の確認不足でこのようなことになってしまって」
「構わん。ベッドサイズがこのくらいであれば、二人で眠るにしても差し支えはなかろう」
「ああ、……そうだな」
背中越しに伝わってくるジークフリートの気配が、もそり、と落ち着かぬ様子で身じろいだ。
本日の夕刻、ジークフリートが予め手配してくれていた宿に到着してみると、通された部屋は大きなベッドがひとつ置かれたダブルルームであった。ツインの部屋に替えて貰えないかと交渉してはみたが今宵は満室で変更は難しいと言われてしまったため、仕方なしに彼と同じベッドで寝ることにしたのだった。
とはいえ、ベッドはそこそこに大きい。パーシヴァルもジークフリートもそれなりの体格ではあるが、二人で並んで収まっても身体が触れ合わずに済み、控えめに寝返りをする程度の余裕もある。眠るだけと考えれば充分な環境で、まあ問題ないだろう――と、思ったのだが。
(近い……)
ジークフリートが、寄ってくる……ような気がする。
気のせいだろうか。いや、しかし、もっと離れて眠ることも出来るはずだ。そのくらいのスペースは充分にある。わざわざ寄ってきているように思えてならない。
パーシヴァルはジークフリートに背を向けて側臥位をとり、彼の存在をなるべく気にせずに済むように瞳を閉じた。
自分も男だ。片恋をしている相手と同衾ともなると、さすがに、多少は、色々と思うところはある。ジークフリートにそんなつもりはないだろうから絶対に気取られるわけにはいかないが、無意味とわかってはいても緊張し、どきどきしてしまう。余計な感情を抑えつつもやはりどうしても高ぶる想いを無視することは難しい。だからせめて眠るその姿態が目に入らぬようにと、こうして背を向けて知らんふりをしているわけだ。
それなのに、近い。寄ってくる。
(何故……)
寒いわけではないと思う。薄手の寝間着で丁度良いくらいの室温だ。何か不安でもあるのだろうか。しかしこの宿の周辺は治安も良く、魔物の姿も滅多に見られないため危険らしい危険は見当たらぬ。ジークフリートほどの男が不安に思うような要素は無いはずだ。
パーシヴァルはどうしたらいいものか迷い、背を向けた体勢のまま黙っていた。離れろと言うほどのことでもないのでわざわざ拒絶をして変な空気になるのも面倒だ。でも、意図くらいは訊いてみてもいいのだろうか――。
「……パーシヴァル。眠ってしまったか?」
背中に、ジークフリートの掠れ声が触れる。
「……」
やましいものがあるせいで、咄嗟に反応できず寝たふりをしてしまった。ゆっくりと大きく呼吸をしながら瞳を閉じていると、やがて背中にあたたかいものが触れて押しつけられた。頭か、額か。頬かもしれない。すりすりと擦りつけられている気がする。控えめに、静かに、なんらかの膨大な感情あるいは執着のようなものを伴って、背中にジークフリートが触れている。
触れているところだけでなく全身がひどく近い、身体のぬくもりが生々しいまでに感じられて肌が甘く燃え立ってしまう。
このままでは愚しい勘違いをした身体がおかしな反応をしてしまいそうだ。すぐにやめてくれればそれで済む話なのに一向にやめる気配がないので、パーシヴァルは耐えきれなくなってゆっくりと瞳を開け、身体や顔の向きは変えることなく、そのままで口を開いた。
「おい、ジークフリート。……なんのつもりだ?」
「……!」
息を詰めるような呼吸音。
背後のジークフリートが身じろいで熱が離れ、その気配がこわばる。
「お、起きていた、のか」
「あざむいたことは謝ろう」
黙ってしまったジークフリートに、どうかしたのか、と尋ねてみる。体勢はそのままだ。顔を見たり、向かい合ったりしたら、己の中に潜んでいる埋み火が燃え立ち始めてしまうかもしれない。
「いや、すまない。深い意味は無いんだが、……」
布擦れの音と、空気を含んだ躊躇いがちな声音が妙に色っぽくてくらくらした。パーシヴァルはゆっくりと瞳を閉じて知らぬふりを決め込む。彼の気配はまだ近い。動揺したような声を出すくせに離れようとはしない。ベッドのスペースは充分に余っているのに。
「――構わんが、そういうことは、俺以外にはするなよ。変な勘違いをされるぞ」
「お前が、勘違い、……勘違い、を……」
譫言のように呟く声が背中に触れる。
意味をなさぬ言葉が、曖昧に膨れたため息とともに熱を溜める。
広いベッドで小さく寄り添い合い、シーツに沈み、寝具の中で黙ったまま、言葉の代わりに手足が控えめに触れ合う。腿の裏に触れている骨張ったものは膝だろうか。背中に触れている小さな熱は指だろうか。息が詰まって目眩がしてくる。瞳を閉じても逃れられぬ。
身体を返して抱き締めてしまいたいような衝動と、いびつにねじれた高揚、元よりこの身体の底に息づいている彼への恋しさ、行き場の無い愛おしさが、すべて心に絡みつき深く食い込んでいた。動けないし、声も出せない。気をゆるめたら噴き出してしまう。抱き締めて、閉じ込めて、組み敷いて、降り積もった想いを刻み込んでやるようにキスをして、勘違いなんていう言葉で誤魔化せないくらいに徹底的に――。
「パーシヴァル」
名前を呼ぶ声が背中に甘く溶けた。
「……パーシヴァル……」
引きちぎられそうなぎりぎりの甘さがパーシヴァルの心を追い立てる。手を出してしまうことは簡単で、そうすればこのベッドに満ちている切なさと緊張感をほどくことが出来てしまうのかもしれない。でも、もし、ほんとうに勘違いだったら? ジークフリートが思わせぶりなことを言ったり、時に罪作りとも思える行動をすることは今に始まったことではない。俺はもう何年も彼に片恋をしているからよく知っている。気があるかのような素振りを見せられてその気になってしまい結果的に恥ずかしい思いをしたことや、これは今こそと想いを告白しようとしてきょとんとされてしまったことは、これまでに何度も、それこそ数えきれぬほど記憶にあるのだ。
だから、やはり、今回だって勘違いだ。ジークフリートだってたまには人肌が恋しいときもあるだろう。その感情に対する慰めとして一夜のあいだ背中を貸してやれば済む話だ。近しい友人として。
甘く疼く期待を押し殺して、パーシヴァルは己の短絡的本能を叱咤しつつ理性を奮い立たせた。
寝たふりをしていればいい。問題は無い。
瞳を閉じて、恋を殺す。滅びることのない恋を。何度目かもわからないくらいに。
「嫌でなければ、もう少しこのままで居てもいいだろうか……」
ジークフリートの声は甘く、せつなげだった。
広いベッドに小さく沈んで、絡まぬ想いが行き違う。