花より団子 任務も片付いた夕方、五条が寮の談話スペースに顔を出すと、「あ」と庵の声がした。視線を巡らせれば玄関先に立っている姿が見つかったので、どしたの暇姫と近寄っていく。歌姫先輩だろうが、と吠える庵は制服姿でなく私服を身にまとっていた。着替えているということは、このあとの予定はないのだろう。
ねえ五条、と珍しく名前を呼んで、真っ直ぐ五条に向き合って庵が言った。
「付き合ってくれない?」
「は?」
庵の様子は告白したにしてはあっけらかんとしていた。女性が自らを売り込む媚びとか、秘めた好意をあらわにする照れとか、五条には見慣れたものであるそのどちらも、ここにはない。
庵は五条と顔を合わせるたびに突っかかってくるし、それを五条が小手先であしらってやれば一を五にも十にもする勢いで反発してくる。全身で五条に反応するさまは、五条からすればいじられ待ちにしか見えないと思っていた。本当に「構って」のサインだったのだろうか。甘え下手か。
「もしかして先約があった?」
庵が五条を覗き込んで、問う。
先約って何だ、彼女のことか。彼女がいたら庵は身を引くというのだろうか。確かに庵に略奪愛は似合わない気がする。誰の目を忍ぶこともない、曇りのない清らかな交際が似合う女だと思う。
「先約はないけど」
「じゃあ行きましょう」
庵が玄関の戸に手をかける。出かけるのだ。
今告白して次の瞬間デートへ繰り出すという展開のハイテンポぶりに、歌姫ってそんなにガツガツ行くのかと、腹がもぞもぞして落ち着かない。庵はリードされたいタイプだろうと思っていたが、五条の読みは、はずれていたということか。
呆気に取られて立ち惚けている五条を見て、庵が「行かないの?」と首をかしげた。
「アンタは手ぶらで構わないわよ、お金は私が出すから」
「いや金なら俺が出すし」
相当早口なツッコミになった。引き止めるように、戸へかかる庵の手に五条は自らの手を重ねる。
「何言ってんのよ。こんなときくらい先輩面させて」
「何言ってんのはこっちのセリフだっつの。こんなときに先輩面する必要なくね?」
デートで奢らせるのは、いくら年下とて格好がつかないだろう。というか年下であるからこそ、こういうところで甲斐性を見せつけていきたい。先輩後輩の線引きにこだわる庵に、背筋を伸ばして何にも誰にも寄りかからない庵に、階級だけでなく頼れる自分の姿を、分かりやすく示してやりたかった。
自然と五条の腕の中に収まっている庵が、肩越しに五条を見上げて、言った。
「いくらアンタたちの方が階級が上で高給取りって言ってもね、私にだって鍋パの買い出しで後輩に奢るくらいの甲斐性はあるのよ」
「……鍋パ」
脳みその電源を引っこ抜かれたように、思考が鈍った。鍋パ。鍋パーティー。デートではない。付き合ってくれって、買い出しの話か。告白では、ないのか。
「最近冷えてきたでしょう? だからみんなで今シーズン初鍋パしようって話になってるの。麓のスーパーも特売だし、逃す手はないわ」
五条の腕の中で庵は得意気な笑みを浮かべている。色気より食い気とは、きっとこのことだ。
「後輩の純情もてあそぶとか趣味最悪だよ歌姫」
「なんで私は急に無実の罪でこき下ろされてんの」
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