気「硝子、これはどこに置きゃいいの」
「そこに頼む」
段ボール箱を抱えた五条に見えるように、家入は床の一角を指さした。
家入のデスクに備え付けられた電話が鳴ったのは三十分ほど前のことだ。電話口でひいこら言っているのは運送業者だった。普段高専を担当している要員が体調不良で休んでしまったのでピンチヒッターで来たら、構内で迷ったのだという。荷物の情報を聞き出せば、彼の運ぶ荷物が家入の注文した消耗品ストックの数々であることが確かめられた。幸い家入の手は空いていたので、居場所の目印を聞き出して業者の元へ赴いた。
そうして、医務室とはてんで違う場所で荷物を受け取ったところまでは良かった。家入は失念していたのだ、消耗品の補充は常に段ボール箱が台車で運び込まれることを。彼女の目の前には、箱の山が残された。台車も置いていけというわけにはいかなかった。業者の備品である。
こっちもどっかから台車引っ張ってくるか。家入が思考を切り替えて、思いつく限りの物置や倉庫の中身を頭の中でさらっていたところに、都合よく通り掛かったのが五条だった。
ねえちょっとと呼び止めて、目隠しの布越しに目が合った気がしたタイミングで段ボール箱の山を指さした。五条は、ゲェ、とでも聞こえてきそうな表情を浮かべたが、存外素直に運搬役を引き受けた。箱の中身が彼の生徒や仲間を助ける物であることを、承知しているのだろう。
「特級捕まえて荷物持ち扱いするの、硝子くらいなもんだからね。ヨッ、大物!」
五条が「これで最後」とダンボール箱を置いた。家入は荷物を開けては中身を確認していた手を止め、冷蔵庫へ向かう。取り出した麦茶をコップにつぐ。まだ少し色が薄い気がしたが、この同期のために麦茶のクオリティーにこだわろうという気にはならなかったので、そのまま渡した。
「歌姫先輩あたりだったら、それくらいの気安さもありそうなもんだけど」
「硝子、歌姫を分かってないね」
その言葉にムッとした家入を尻目に、五条は受け取った麦茶をあっという間に飲み干した。
「歌姫は、そもそも、僕を呼びつけない」
五条はやけに得意げな顔だった。僕の方が歌姫のことを分かってるってか。言われてみれば、五条を頼りたがらない庵の姿は家入も容易に思い描くことができる。しかし、堂々と胸を張る勢いで言うようなことではないだろう。ムッとしてしまったことが、バカらしく思えた。
「たまに向こう行ったときに顔見せたって、『任務終わったなら早く帰れ』。帰って休めってことでしょ? 悪い気はしないけどさあ」
五条が開陳したのはずいぶん前向きな解釈である。家入からしてみれば、庵の言葉は言外の意味など持っていないのではないかという気がする。しかし五条の発想を否定できない程度には、庵がお人好しであることもまた、家入は知っている。
「……優しい人だからな」
庵は自覚なく五条を気遣うことになる発言をしているのだろう、というのが家入の結論だった。
自分の分も麦茶を入れようと、家入は冷蔵庫へ向き直った。決して、決して五条から目を逸らしたのではない。
「そんなん気にしなくていいのに」
体力も呪力も歌姫の比じゃないっての、とぐちぐち言っている同期の声を背中に聞きながら、家入は一つ息をついた。
今度、イチオシの酒を出してくれる店に先輩を誘おう。
(2111100503)