当たり　見つけた、と背後から聞こえた五条の声に庵は、見つかってしまった、と思った。
　首だけを回して見やると、挨拶もなく「手ェ出して」と五条が言う。右手で握り拳をつくって突きつける。
「手がどうとかより先に、言うべき言葉があるんじゃないの」
「さっそく喧嘩腰じゃん、怖っ。開いて開いて。チューリップの花だよ歌姫ちゃん」
　三十路を迎えた女に、いやに幼なげな仕草を要求したものだ。幼子に対するような呼び名も相まって、庵の腹でくすぶるものが一段階温度を上げる。このまま屁理屈のような仕草を続けることも考えたが、それはそれで絡む材料を五条に与えるだろう。
　さっさと鎮まりたまえ、といささかちぐはぐな物言いで念じながら、チューリップの花咲く姿を両手でまねる。それを見て「よくできました」と言った五条がチューリップの中に入れてきたのは、白い紙パック飲料だった。どこから出したのか。
「何これ、牛乳？」
「いつもイライラしてる歌姫に差し入れ。カルシウム取りなよ」
「イライラさせてくる張本人に言われたくないっつの！　アンタそれ言うためにわざわざ買ってきたわけ？」
「さっき自販機で当たりが出たんだ。僕ってば運も最強だから」
「この程度で名乗れる最強の運の持ち主って、そこらへんにゴロゴロいることになる気がするんだけど」
　自販機の当たりなら庵も引いたことがある。報酬である二本目のチョイスはさほど考える時間を与えられないために、結局一本目と同じものか勢いで選んだ慣れない商品になってしまう。
　当たったその瞬間、おっ、と思うのは庵も否定しない。しかし、あまり得した気がしない機能だとも思っていた。当てた後に任務があれば補助監督か同行する呪術師にお裾分けして、挨拶がてら話題にする程度だ。
「最強の運なんて掲げるくらいなら、宝くじの一度や二度、当ててからにしなさいよ」
「年末ジャンボの季節だったね、そういえば。でもあれって一等で七億とか、そんなもんでしょ？」
「七億積まれて『そんなもん』とか言う時点で、アンタに宝くじを買う資格はないわ」
　世間ではああいうのは夢ってやつなのだ、とは思っても言わない。言ったそばから鼻先で笑われて吹き飛ばされるのがオチだからだ。
「歌姫は七億にひかれて宝くじ買う？」
「……買わない」
　運試しなど自販機の当たり機能で十分だ。それ以上の幸運は、無駄打ちしたくない。
　術師が苛烈な任務から生きて帰る幸運をつかむのには子どもだましな験担ぎかもしれないが、命の前では七億積まれてもなお安い。庵の場合はその幸運を祈る対象が両手指でも足りないのだから、なおさらだった。指導する学生、世話になった先輩方、現場に同行する補助監督、そして慕ってくれる後輩たち。目の前の生意気な男も含めて、誰が欠けることも世界に許したくはないのが本音だ。
「すごい顔になってる」
　伸びてきた五条の指が、庵の眉間に突き刺さる。シワになっても知らないよ〜と、もみほぐされた。
　コイツの場合は存在自体が大当たりなのだったなと、座った姿勢からは遥かに見上げることになる、布で隠された空色を思う。それが誰にとっての当たりであるかを考えるのは、悪趣味だと頭のどこかがストップをかけた。抗わずに思考と目をそらす。
　チューリップの花を閉じて、両手で牛乳パックを持ち直した。
「牛乳はありがたくもらっとく。ごちそうさま」
「歌姫のために選んだからね。感謝して飲んでよ」
　いちいちかわいげのない後輩だ。
　庵のためだと言うのなら、毎度しっかり任務から帰ってきてくれればそれでいい。上がった報告書で仲間たちの無事が知れるだけで、それを読む庵にとっては儲けものなのだから。

（2111300422）