Kiss Me 今日も補講を終え、専用の送迎バスで帰路につく三人。
ゆるやかに揺れる車内で、それぞれが心地よい疲労感を感じながら座っていた。
そんな中、不意に「あ」と小さく声を上げるオールマイト。
「?」
「……?」
オールマイトを挟んで座っている轟と爆豪が揃ってオールマイトへと視線を向ける。
そしてオールマイトは、ごく自然な顔で、何の前触れもなく尋ねた。
「轟少年。キス、いる?」
「ぶっっっ!!」
その言葉に爆豪が盛大に吹き出す。
隣で起きた突拍子もないやりとりに、爆豪は思考が一瞬で混乱する。
(な、何言ってんだこの人はァ!?)
驚愕と困惑が入り混じったまま、爆豪の視線はオールマイトと轟を全力で往復するのだった。
轟はオールマイトの唐突な申し出に、一瞬きょとんとした顔をする。だが、すぐに何かを理解したように「ああ」と小さく頷いた。
そして、まるで試食品コーナーで言うかのように、至って自然なトーンで「もらいます」と答えた。
「てめぇ、何ちゃっかり貰おうとしてんだ!!」
爆豪、大激怒。
意味がわからない。というか理解したくない。
(何だ!? 何を!? 何のキスをもらうってんだコイツは!?)
轟の何の迷いもない反応にさらに混乱を極める爆豪。
轟はオールマイトの「キス」という言葉に対して疑問を抱く様子もなく、素直に受け入れている。
(どういうことだ!? こいつらは俺の知らねぇところで何かあんのか!? 何かあんのかァァァ!?)
頭の中で爆発的に疑問と焦りが渦巻いていく。そんな中、また軽々しくオールマイトは声をかける。
「爆豪少年は? いる?」
「はぁ!? は、はあ!?!?」
爆豪の思考が完全にパンクする。
(俺に一体何を聞いてんだこの人は??)
顔が熱い。心臓がうるさい。
隣で普通に構えてる轟との温度差が激しすぎる。
オールマイトは純粋に爆豪に尋ねて、首を傾げている。
その仕草すら妙に色っぽく見えてしまうのが腹立たしい。
「え、だって轟少年がいるなら、爆豪少年にもあげようかなって……」
さらっと爆弾発言を重ねるオールマイト。
「なっ、まっ、まま、待て!!」
爆豪は全力で制止する。
「な、なんで俺まで対象に入ってんだ!! てかあんた、自分が言ってんのか分かってんのか!?」
「え? だからキス……」
「それ以上言うなぁぁぁぁ!!」
バスの車内に爆豪の絶叫が響き渡る。
「疲れてるだろうし、いいかなって思ったんだけど……」
オールマイトは至って真剣な顔でそう言った。
(そんなほいほい簡単にキスすんのかこの人は!?)
信じられない。
というか、信じたくない。
いやいや、だってオールマイトは清廉潔白で、誰よりも高潔なヒーローだ、そんな軽率にキスをするような人では……そんな期待を打ち崩すように、優しく何気ない調子でオールマイトは問う。
「どうする爆豪少年、いる?」
その言葉に、爆豪の喉がゴクリと鳴る。
「う、ぐ……っ」
爆豪は言葉を詰まらせる。
オールマイトからのキス。そんなものいるに決まってる。
どんな形であれ、もらえるのならば、欲しくてたまらない。
けれど。
今隣には轟がいる。
ここでオールマイトに「いる」なんて素直に言ったら、確実に「爆豪、お前もオールマイトからキス欲しかったのか」とか何とか無遠慮に言ってくる決まってる。
そんな屈辱的な展開を迎えるくらいなら「いらねェ」と言った方がマシだ。
……けれど本当に? 本当に、いらないのか?
もしかしたら「いらねェ」なんて言ってしまったら、一生のチャンスを棒に振ることになるのでは……? そう思うとすぐに返事なんて出来なくて。
(どうすりゃいいんだよクソがぁぁぁぁ!!)
爆豪の脳内が、かつてないほどの大混乱に陥る。
「いる」と言いたいが言えない。
「いらない」と言いたくないのに言わねばならない。
(結局どっちに転んでも地獄じゃねぇか!!)
爆豪はグルグルと葛藤しながら、歯をギリギリと噛みしめた。
「とりあえず、今は大丈夫そうかな? もし欲しかったらあとでも言ってね」
「」
爆豪の声が妙な裏返り方をする。
(……後で?)
つまりそれは「今この場で素直に言えないなら、あとでこっそりおいで」ということなのだろうか。
この場にいる轟の目も耳もない場所で、ふたりっきりで、誰にも邪魔されずに、オールマイトが自分だけに、キスをくれるということか?
「あ、あぁ!?」
何かを言おうとするが、理解が追いつかず頭の中が沸騰して言葉にならない。
「ん? どうしたの爆豪少年?」
オールマイトが優しく首を傾げてこちらを覗き込む。
その穏やかで包み込むような笑顔に、爆豪はさらに脳が焼き切れそうになる。
「……な、何でもねェよ!!」
爆豪は顔を真っ赤にして、勢いよく前を向く。オールマイトの顔を直視できなかった。
「じゃあ先に轟少年にあげようか」
「あ」
自分のことで頭がいっぱいだったが、大事なことを忘れていた。
(半分野郎にキスするオールマイトなんて、絶対に見たくねェ!!)
「ちょっ、待っ……!!」
そう爆豪が言葉を発した時には、もう遅かった。
「はい、轟少年、今日も補講お疲れ様」
オールマイトは優しく微笑みながら、ひょいっと手を伸ばす。
そして。
小さな銀色の包みを、轟の手のひらにそっといくつか転がした。
「…………は?」
爆豪の脳が急停止する。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
轟は何の疑問も持たず、ただ素直に受け取り、礼を言った。
「おい、それ、まさか……」
爆豪はまだ少し混乱したまま、オールマイトを見やる。
「ん? Kissチョコだよ! 疲れた時の糖分補給にどうかなと思って」
オールマイトがにこっと微笑みながら言う。
その隣では既に包みを開けた轟が、口の中でチョコを転がしながら「うめぇ」と呟いていた。
「ま、紛らわしいんだよ……!!」
爆豪は拳を握りしめながら叫んだ。
「あれ? もしかして何か勘違いさせちゃったかな?」
オールマイトがくすりと笑う。
いつもの優しい笑顔とは少し違う、どこか意地の悪そうな、けれど柔らかい笑み。
爆豪の顔が一気に熱くなる。
「ふふっ、爆豪少年のおませさん♡」
ふわり。
そう言うオールマイトの指先が、爆豪の頬に軽く触れる。
つん♡
ほんの一瞬の出来事だった。
けれど、それは爆豪にとって衝撃的すぎた。
オールマイトの指先が、爆豪のほっぺを軽くつついた。
「ッッッッ!!」
頭が真っ白になる。
(な、にしやがんだこの人は!!)
しかし、それ以上のリアクションが爆豪はできない。
動揺と衝撃で身体が固まってしまって、振り払うことも怒鳴ることもできない。
ただ目を見開き、オールマイトを見上げるだけだった。
オールマイトはそんな爆豪の反応を見て、楽しそうに声を上げる。
「あははっ、ごめんね? ちょっとからかいすぎちゃったかな?」
(からかい、だと……!?)
未だにじんわりと熱を持つ頬。
指が触れたたった一瞬の感触が、まるで焼きついたかのように離れない。
オールマイトは何事もなかったかのように微笑んで、爆豪の反応を楽しむように、いたずらっぽく首を傾げる。
「でも、そんなに赤くなっちゃって、一体何をそんなに考えてたのかな? 爆豪少年のえっち♡」
(は、はァァァァァァァァァ!?)
ついさっきの「おませさん♡」すらとんでもなく衝撃的だったというのに、追撃を仕掛けられて爆豪の脳内が一瞬の内に沸騰する。
思わずバチバチッと手から個性が爆発というか、暴発というか、とにかく漏れそうになったのを、何とか拳を握りしめて耐える。
「……おい、今あんたなんつった!!」
色々と限界な爆豪がオールマイトに怒鳴る。
「えっ? 何が?」
「何がじゃねぇよ! わかってて言ってんだろ!!」
「だから……爆豪少年の、えっち♡」
「っぐ、やめろッッッッ!!」
真っ赤になりながら、オールマイトの肩を思いっきり揺さぶる爆豪。
オールマイトは「あははっ、ごめんごめん♡」と笑いながらされるがままだ。
オールマイトは楽しそうにクスクスと笑い、爆豪は顔を真っ赤にして怒声が響き渡る。
それを轟はオールマイトからもらったKissチョコを「二人共仲いいな」と呟きながら、むしゃむしゃと頬張っていた。
Fin.