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    detjes_8238

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    八杉 (LJの2年後くらい。同棲設定)

    #八杉
    yatsugi

    八杉13「なぁ、ター坊。もう全部クロってことにしねぇかぁ?」
    「まあクロなのは確実だろうけど……それはさすがにね」
    「へいへい……」
    「今日はこれで終わりだから。あと少しだよ、海藤さん」
     シートを倒して居眠りの姿勢を取る海藤さんを横目に、俺は証拠写真のチェックをする。
     今日追ったターゲットたちは漏れなく全員クロで、溜息が漏れた。
     十二月に入ると探偵業は忙しくなる。年間通して一番の繁忙期といっても過言じゃない。
     クリスマスが近付くにつれ浮気や不倫の調査の依頼が増えるからだ。
     特にうちや九十九課みたいな調査員が少数の事務所は休む暇なんてないし、同時刻に別のターゲットを追う必要があれば、調査が不得手な海藤さんですらこうして一日中走り回るはめになる。
     まさに猫の手も借りたい状態なわけだ。あまりにもキャパオーバーで手が回らなくて、依頼を仕方なく断ることもある。
     調査に慣れてる俺たちはともかく、九十九課はややその手の依頼は苦手意識があり、敬遠しがちだと九十九が話していた。   
     張り込みは杉浦一人が行うと聞いて、大変だろうと手伝った時に、
    「そもそも浮気するなら最初から付き合わなきゃいいのに」
     そう言って据わった目でターゲットを見ていた姿を思い出す。
     そんな杉浦をまあまあ、なんて宥めてた昨年の自分はまだ心に余裕がある方だった。いまは杉浦に全面的に同意だ。
     ──今年は、紆余曲折あって杉浦と同じ部屋で暮らすようになってから初めて迎えた繁忙期だった。
     互いに大変だしなかなか帰れないかもしれないけど、まあなんとかいけるだろう。
     なんて思っていた。最初は。
     ところがいざ繁忙期を迎えたら、予想していた以上に限界を迎えるのがはやかった。主にメンタルが。
     お互いの事務所で受けた依頼の調査だなんだと忙しくて、帰る時間がなかなか合わない。
     眠気で飛びそうな意識をなんとか繋ぎ止めて帰宅して、杉浦の寝顔を見て。
     その横で死んだように眠ったかと思えば数時間後にはまた調査へ出かけて、日付を超えた頃に帰宅というループの日々だ。
     起きている杉浦と顔を合わせる暇がないばかりか、月半ば以降は杉浦は九十九課に、俺は神室町の事務所に詰めるようになって、とうとう家に帰ることも出来なくなった。
     今日で四日目になる。
     不貞行為が増えるクリスマス当日をなんとか乗り越えた徹夜明けの俺は、デスクに突っ伏した。
     事務所とバンの往復生活も今日で区切りがつく。
     けど、まだ報告書の作成やら画像のプリントアウトやら、処理すべきタスクはまだ山積みだった。
     溜息とあくびが同時に出るし、ぼんやりと開いた口から涎が垂れそうになって慌てて拭う。
     こうなることを予想をしていなかったわけじゃない。
     わかってはいたけど、疲労に加えて、こうも杉浦とすれ違うことになるのは予想をはるかに超えていた。
     これが腐らずにいられるか、と歯軋りする。
    「ター坊……顔死んでんぞ」
    「調査に支障はないから……顔が死んでるのは見逃して」
    「依頼人が怖がるだろぉ」
     顔で探偵やってないから。腕で勝負だからさ。なんてよくわからない理屈をこねて、とっくに冷えてしまったコーヒーを飲む。
     思った通り美味しくない。
     サイフォンで淹れたコーヒーが飲みたい。淹れるのは俺だけど。
     たっぷりチーズを入れたホットサンドも食べたい。作るのは俺だけど。
     そんなことより何より杉浦の顔が見たい。いや見てはいるけど、寝顔じゃなくて。
     メッセージのやりとりはしてるけど、ろくに声も聴けてないことを思い出して眉を寄せる。
    「あー……」
     情けない声が漏れた。椅子に凭れてぼんやりと天井を見上げる。
     いっそこのまま報告書の山を放り出して横浜に行ってやろうかとさえ思う。けど、杉浦に「何やってんの八神さん」て怒られるところまでがセットだ。目に浮かぶ。
     それは大人としてあまりにも駄目すぎる。
     海藤さんも席を外してて咎められることもなく、人としても駄目になりつつある程度に事務所でダレた。
     やっぱり横浜に行くか。そう思ってスマホを手にしたタイミングで聴き慣れた通知音が鳴った。
     さおりさんか星野くんか、はたまた依頼人からか。
     のろのろと通知を見た俺は、差出人の名前に慌てて姿勢を正す。
    『今日は絶対にはやく帰るから』
     杉浦からだった。
     立て続けにハグをする猫のスタンプが送られてきて、思わずふ、と笑みが漏れる。
     誰も見てやしないのに、にやけた口許を誤魔化すように咳払いをした。
     もう一度メッセージを読み返して、返信を終えるとすぐにでも電話したい気持ちを抑えて報告書を片付ける手を早める。
     一服して戻ってきた海藤さんに「なんだぁ?えらい張り切ってんなぁ」ってにやにやされたけど、それはそうだ。
     たくさん抱きしめて、甘やかしてやりたい。そればっかり考えてたから。
     

     
     我ながら恐ろしいスピードで報告書を作成して源田事務所へ届けた後、杉浦よりも一足先に帰宅した俺はキッチンにいた。
     チキンよりもあったかいものが食べたい、という杉浦からのリクエストを受けて、ビーフシチューをチョイスしたからだ。
     バゲットもケーキも買って、サラダとカプレーゼも作った。あとは杉浦が帰ってきたらオムレツでも。なんてメニューを考えてたところに、玄関でガチャガチャと音がする。
     スニーカーを脱ぐ慌しい音がするから、そのうちに「お腹すいたー!」なんて嘆きながらダイニングに飛び込んでくるだろう。
     先にテーブルのセッティングを済ませてしまおうと皿やカトラリーを並べてると、案の定杉浦が飛び込んで来た。何やら白い物をしっかりと抱えて。
    「お帰り。そ」
    「八神さん、これちょうだい」
     それ何だよ、を言わさず食い気味に被せてきた杉浦が、抱えてたものをバッと広げた。
     その謎の白い物体は、見覚えのありすぎるものだ。
    「……………………は?」
     唐突なお願いと、ちょうだい、が何にかかっているかを認識した俺は、そう返すしかなかった。
    「だから、これ僕にちょうだい」
     だめなの?と焦れた声に、「いやだってそれ……」と指をさす。
     俺にしてみればだめとかいい以前の問題だ。何でそれを所望するか問いたい。
     杉浦が抱えてて、「ちょうだい」と頼んできたのは俺のTシャツだったからだ。しかも使用済みの。
     真剣な眼差しで見上げてくる杉浦に戸惑いを隠せない。
     なんでそれなんだ、という突っ込みだけが浮かぶ。
     一日中着て、走り回って汗が染み付いてるTシャツだ。おまけに最近意識的に吸わないようにしてた煙草を「今日だけ」と解禁して一本吸ってしまったから、絶対に匂いがついてる。
     そもそもそれ、帰宅してすぐ洗濯機に放り込んだのにそこから漁ったのか。何してんの?
    「……どうしたの、お前」
     この一言に尽きる。
     言いたい事は山ほどあった。
     けど、頭ごなしに「離しなさい」なんて言ったら臍を曲げそうだな、と経験でわかる。
     上目遣いでじっと見つめる杉浦と、言葉を探しあぐねてる俺の間に横たわる妙な緊張感。
     それを崩すように、ぐううという音が沈黙が痛い部屋に響いた。
     腹の虫だ。杉浦が視線を泳がせる。
     なんでも、調査中は九十九ともどもゼリー飲料やカロリーバーやらを食べていたらしい。不摂生もいいとこだ。    
     電話で「少し前までの八神さんの食生活のこと言えない」なんて嘆いてたけど、修羅場中でもそれなりに食べてた俺よりもひどい。若さでカバーできる範囲を超えてる。
     じっくり顔を見てみれば、心なしか頬がほそくなった気がした。
    「……取り敢えず、夕飯食べるか」
    「……うん」
     突っ込みも何もかもを飲み込んで言えば、ちょうだい、に対する満足な答えをもらえなかったことに対してあからさまに「不満です」って顔を見せる。
     そんな背中をほらほら、と押して、俺は杉浦を椅子に座らせた。頑なに離そうとしないTシャツは見ないことにする。
     人間、腹が膨れたら落ち着くもんだろう。そう思って。



    「で?何であんなもの欲しがったの」
     思惑通りというか、食後のカフェオレに舌鼓を打つ杉浦からは、さっきの乱心ぶりは見られなかった。
     Tシャツも、俺がカフェオレを用意する間におとなしく洗濯機に戻してきたらしい。
     そろそろ口を割るだろうとタイミングを見計らって訊くと、あからさまにぎくりと肩を揺らす。
     ぎこちない動作でマグカップを口に運びつつ、すす、と視線を明後日の方向に逸らした。わかりやすすぎる。
     ポーカーフェイスでクールなお前はどこいったの、なんてつい笑ってしまう。
    「隠し事が下手になったね、杉浦」
    「だって……僕が八神さんに隠すことなんてなにもないでしょ」
     拗ねた物言いに仄かな照れを滲ませて杉浦がもそもそと呟く。
     たしかにそうだ。一緒に暮らす前から隠し事なんてない。そもそも、俺の行動は杉浦にはほぼ筒抜けだから、隠すも何もない。
     それはそれとして、それで?と促すと、杉浦はうああと唸って顔を覆った。
    「話逸らせそうだと思ったのに……お願いだからさっきのは忘れて」
    「いや無理でしょ」
     残念だけど、理由を聞くまでは忘れてやれない。あれを使って何するつもりだったのかも知りたい。
    「忘れてってば」
    「だから無理だって」
    「八神さんしつこいよそんなんじゃモテないよ」
    「杉浦以外にモテる必要ないから別にいいよ」
     んぐ、と言葉に詰まる杉浦に畳みかけながら押し問答を繰り返すこと五分。
     ソファの端に追い詰めたところで観念したのか、杉浦は小さくごにょごにょと口をもごつかせた。
    「…………たりなかったから」
    「へっ?」
    「だから、八神さんが、たりなかったの!」
     杉浦が言うには、依頼が増えて事務所が潤うことがありがたいと思う反面、俺とのすれ違いに我慢ができなくなってきてたらしい。
    「半年連絡絶ってたことのある僕が言えた立場じゃないけどね…」
    「それはまた今と状況が違うから…」
     あの時は電話をしなかっただけでメッセージのやりとりはしていたし、あの半年と比較すると下手をしたらここ二週間ほどの短期間の方が圧倒的に苦痛だった。
     一緒に住んでるのに、寝顔しか見られないんだから。
     そこで限界がきそうな杉浦が何とかメンタルを安定させる為に思いついたのが、俺のTシャツをもらうことだった。
     できれば俺のにおいがついたのがいい、と思い立って洗濯機の中を探ったらしい。
    「だって抱きしめて寝るなら、八神さんのにおいがついてる方がいいでしょ」
     だから新品じゃ意味ないんだよね。杉浦はそう言ってソファの上で膝を抱えた。
     それが帰宅早々のあの突拍子もない言動に繋がったのだと知って、今度は俺が顔を覆う。
    「なんでそういう……」
     それ以外の言葉など出てこようはずもなく。
    「自分でもわかってるんだって……今考えたら相当やば……八神さん?」
     ふてくされたように唇を尖らせている杉浦を抱きしめる。なに、どうしたの、と慌てる声と背中を叩く手を甘んじて受け止めた。
     ただただ愛しい。照れくさくて口にはしがたいけれど。
     杉浦は遠慮がちに背中を抱きしめ返してきた。胸元にぐりぐりと顔を埋めてくる。
     お返し。と髪に鼻を埋めてやると「くすぐったいよ」と笑った。
    「八神さん知ってる?こうするのを吸うっていうんだよ」
    「……何それ。じゃあ俺がしてるのは杉浦吸い?」
    「そう。僕は八神さん吸いしてる」
    「Tシャツより満足できそう?」
     訊けば、埋めてた顔を上げて「そういうこと言うの?」と唇を尖らせる。
     笑いながら少しだけ乱れた前髪を整えてやると、
    「でもまだ足りない、かも」
     僕ら、たりなかったらだめになっちゃうね。
     そう言って杉浦が唇を合わせる。久しぶりの甘さに、全身が蕩けていきそうだ。
     温もりを離しがたくなる。
    「あのさ、杉浦……ここで提案なんだけど」
    「……うん」
     内緒話をするように、俺は耳元へ唇を寄せる。
     驚いて目を瞠った杉浦が、「いいね、賛成」と笑った。
     こうなったら明日一日中、ベッドで過ごしてやろう。
    お互い仕事のピークは過ぎてるし、少しくらい融通は効くはずだ。
     九十九には俺から話をする。海藤さんにも。
     多分二人なら「仕方ないな」と笑ってくれるだろう。なんなら埋め合わせで九十九課の手伝いをしたっていい。
     そう思いながら、杉浦の額にそっと口付けた。



     強制的にもぎ取った休みが明けた日。
     書類作成に追われる俺の端末に、Tシャツを抱きしめて幸せそうに仮眠をとる杉浦の画像が九十九から送られてきた。
     その画像は、俺のスマホの中にしっかりと収められている。
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