ハロウィンとか相談所(33)「どう考えても世界を亡ぼす、というとんでもない事につながる理由と願い。この最後のピースが合わない」
霊幻の言葉にエクボもテルも黙り込む。世界の崩壊を防ぐ為に現実世界で愛を告白し、体を繋げればいいと言う事でもないというのなら何がまだ足りないというのだろう。
「いや、少なくとも魔法陣も調味市に起きてる怪異は収まったっていうんだからこれで解決してるんじゃないのか?島崎たちは俺たちが…そう、なる事で世界の破滅が防げたって事になってるんじゃないのか」
エクボの疑問に沈黙が流れた瞬間だった。
「そんな簡単に事が収まるとでもお思いですか?まだ続いてますよ」
「島崎!!」
場の空気を乱すようにテレポーテーションで島崎が出現する。
「まだ肝心なものが残ってるんですよ」
パチン、と島崎が指を鳴らすと喫茶店の壁は消え代わりに例の魔法陣が出現する。喫茶店を流れていた軽快なジャズは消え、店内の人々は四人の男を残して姿を消していた。
「それが霊幻さんが言う、最後のピースです。何故パラレルワールドの二人が非業の死を遂げ、その結果世界の破滅を願ったのか。根本的な解決に至っていない以上、世界の危機は脱してなどいませんよ。二人の関係性の変化はその過程に過ぎない」
魔法陣がこうしてまだ出現するという事は、島崎の言葉通り怪異は終わらないという事だ。一般人への干渉が消えても危機は続く。調味市だけの話ではない。
「おかしな世界の俺様は、現実世界に現れて霊幻と俺様を殺そうとした。一方であっちの霊幻たちはそれを止めようとしたな。パラレルワールドの俺様と霊幻の行動は真逆だ。あちこち矛盾がある」
「確かにエクボの言う通りだ。俺が世界を恨んで死んだとあっちの世界のモブが言ってるのに、現実世界に出てきた俺は、エクボと俺を助けようとしてたし…。それにあの部屋。俺とエクボの関係を進める邪魔をする為に出現したならまだ分る。でも実際は逆だ。
あの部屋に閉じ込められなかったら俺たちは素直になれず、ずっと言い争いばかり続ける二人のままだったんだから」
「その矛盾が鍵となっている、というのが計測の結果です。あちらの世界のお二人は捻じれて歪んでいる。行動も思考も一貫されていない」
島崎の指さす方向には、森が見える。深く暗い色をした森へ魔法陣は続いていた。テルの言っていた美しい森の面影はなく、見るものを飲み込もうとする魔性が満ちていた。
「じゃあ、二人の…愛の力でその歪みを正して欲しいって言うのが本当の願いなんじゃないの?」
テルの言葉に霊幻もエクボも顔が赤くなる。この聡い少年に隠し事などは無理という事がよく分かった。
「どこかですれ違い、意地を張りあって素直になれなかった二人が向こうにいるとしたら?
ハロウィンなんて魔物が飛び出してくる妖怪や怪異のお盆みたいな時期だし、そうした歪んだ思いとハロウィンという魔物が現れやすい時間がリンクしたんじゃないの?
霊幻さん、エクボ、二人がちゃんと思いあってすれ違っていない事を見せる事でパラレルワールドの二人の歪みも消えるんじゃないかな。ちゃんと結ばれて幸せになっている二人が生きてるって事を見せる事でこの怪異は解決するんじゃない?二人が恋人同士になれば世界が滅亡しないなんて、どう考えても条件としておかしいでしょ」
テルの言葉に霊幻もエクボもただ俯くしかない。
世界を壊せ、などいくらパラレルワールドの二人であってもそんな願いをそもそも持つだろうか。
本当は恨みを消し、世界の崩壊を止めて欲しいが為に残像となってこの世界に干渉したのではないかという疑念が沸く。
あの魔法陣の向こうにいる自分たちが本当に願っているのは、自分たちの運命という名の外れた車輪を戻して正しい道筋に戻す事ではないかと。
『隠していた心を打ち明け、実行させる効果』。
あの部屋を作ったものがあの世界のエクボ、または霊幻だとすればあの薬を飲ませて互いの気持ちを素直にさせセックスさせる事だけが、閉じた白い部屋の目的ではない。
真の目的とは、パラレルワールドの自分たちを救う事だ。
「話は纏まりましたね。では、どうぞ。ただしこの先超能力者ではない貴方たちがここに入って出られる保証はありませんが」
「てめえ糸目笑顔で嫌な事言いやがるな」
エクボが島崎を睨むが当人はどこ吹く風と言った様子だ。意に介せず、言葉は続く。
「魔法陣が開いてこっちに戻ってくるまでに与えられた時間は、あと3日と言ったところです。限界を超えたらさすがに私の力でも無理でしょう」
島崎の宣言に霊幻は唇を噛む。
あと3日がタイムリミット。その日は10月10日。
自分の誕生日が運命の分かれ目となる。
「霊幻さん、エクボ、ちゃんと帰れるように僕たちがテレポートしますから。気を付けて行ってきてください」
テルが二人の腕を取る。握手と呼ぶには力強いそれは、この先の危険をテルが本能で悟っているからだろう。
「エクボ、行こう」
「ああ」
二人は振り返らず魔法陣の中に入ってゆく。シュン、と軽やかな音と共に魔法陣は消え、喫茶店は元の喧騒を取り戻していた。