ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第⑬話「真実の剣」 三人の妖精たちは、ここからどうしたものかと思案していた。
「王子さまをローズに合わせるのは良いのだけれど、そのローズがどこにいるのやら……」
と、メリーウェザーがぼやく。
「そうよね、困ったわ……」とフォーナ。
そこで、それまで考え込んでいたフローラが口を開いた。
「真実の泉! あそこならきっとローズの居場所がわかるわ。行きましょう!」
「そうだわ、泉があった!」「行きましょう!」フローラとメリーウェザーも同意する。
三妖精は、フィリップ王子を妖精の森の奥にある泉へと導いた。そして、王子に心の底からローズのことを念じながら泉の中を覗くように促した。
すると、水面がゆらめき、微かな光を放ち始めた。暗い森の中で泉だけが輝き、あたりを仄かな光で照らし出す。
「泉よ、教えてくれ。ローズはいまどこに?」
すると、水面が鏡のように平らぎ、何かを映し始めた。
「これは……」
王子と三人の妖精たちは身を乗り出して泉を覗き込む。
そこに映し出されたのは、ステファン王の城だった。水鏡に映る光景はするすると城の尖塔へと近寄っていき、その中で起きていることを映し出した。
床に倒れたローズ。ローズに駆け寄るマレフィセント。
そして、マレフィセントの慟哭と変身。
「大変だわ……」とメリーウェザー。その声には恐れが滲んでいる。
「ローズが! ローズを助けなければ!」と王子が叫ぶ。
「なんてこと……。ああ。ローズ、ローズ、マレフィセント……」と、フォーナが涙ぐみ両手を揉み合わせながらつぶやく。
「マレフィセントを止めなきゃ!何か、何か方法があるはずよ……」とフローラ。
「あなた達、何か思いつかないの!?」と叱咤するが、フローラもメリーウェザーも首を横に振るばかり。
水鏡は、ローザを片手に抱えたドラゴンの暴れるさまを映し出している。
「ローズを助けなければ!! あのドラゴンを倒すにはどうすれば……。武器は? 何か武器はないのですか!?」と王子。
「倒すって、あれはマレフィセントなのよ!?」
と、フローラが涙声で叫ぶ。
「武器……。そんなものは、ここには……」
と、困惑するメリーウェザー。
だが、その時、水鏡の光景が変化した。
新しく映し出された景色は、いま四人がいる泉だった。水鏡は、今度は泉の中の小島を映し出す。その小島には、幾千年を経た大きな樫の木が生えていた。その樫の幹の上、見えにくいところに穴があることが見て取れた。その穴の中に微かな光が見える。
「あれは……?」王子が問うが、答えはない。ただ、光が強くなったような気がした。彼は、泉にむかって足を踏み出した。
フローラが慌てて押し止める。
「王子さま、どうかその乗馬ブーツをお脱ぎ下さい。魔法に鉄は毒なのです」
王子は言われるままにブーツを脱ぐと、泉に足を踏み入れた。水鏡の映像はかき消されたが、彼は気にもとめず浅い水を渡りきり島の巨木の下にたどり着いた。見上げた葉叢に、気をつけて見なければわからないほどの微かな光の反映が見えた。
フィリップ王子は意を決したように幹に取り付くと、よじ登り始めた。太い幹が幾つにも枝分かれするところまで来ると、仄かな明かりはよりはっきりとわかるようになった。木の股に這い上がると、そこにはぽっかりと虚が口を開けており、その中から白く清らかな光が溢れ出ていた。
虚を覗き込むと中は案外と広く、人が一人立てるほどの空間があった。王子は思い切ってそこに入ってみた。虚の縁に手をかけ、慎重に足を下ろすと、底は硬い木の感触。思い切って中にすっぽりと入ってみると、目の前に思いがけない物があった。
虚の壁の窪みには、美しく輝く剣と盾が安置されていた。虚の外に漏れた明かりは、その剣と盾の発するものだったのだ。
王子がまばゆい武具を手に取ると、光はすぅっと薄らいだ。まるで王子の身体に光が流れ込んだかのようだった。
それらは不思議にしっくりと手に馴染んだ。まるでずっと使ってきた愛用の品のようだ。
王子は盾を背負い、剣を腰に下げると虚を這い出し、三妖精の元へと戻った。三人は目を丸くして王子の持ち出した品々を見つめた。
「これ、まさか……」とメリーウェザー。
「そのまさかだわ」とフローラ。
「こんなところに隠されていたなんて!」とフォーナ。
「何をそんなに驚いているのですか?」
王子が怪訝な顔で問う。フローラが皆を代表して答えた。
「これは行方のわからなくなっていた妖精の秘宝です。真実の剣と美徳の盾。魔法の加護が与えられていて、どんなに強力な魔物にも打ち勝つことが出来ると言われています」
「妖精の秘宝……」
「そうです。今こそ明かしましょう。私達は妖精です。マレフィセントの邪悪な呪いからローズ、いえ、オーロラ姫を護るため、人間の姿に身をやつして暮らしてまいりました。フィリップ王子、貴方の愛するローズは、貴方の婚約者オーロラ姫その人です。どうか、マレフィセントを止めて、姫を救って下さい」
「驚いた……。貴女達が妖精だったなんて!」
光の粉が飛び散り三人を包んだ。三人は王子の目の前で次々に元の姿へと戻ってゆく。王子は目を丸くしてそれを見つめた。
「本当に妖精なんだ……」
「ええ、そうです。これで私達も素早く動けます。さあ、城へ参りましょう!」
王子は力強く頷くと、乗馬ブーツを履き直し白馬にまたがったのだった。