村正に刀を作ってほしくてしょうがないオベロンが天草の刀を借りる話withぐだ♀「あいつは『違う』から刀は作ってくれない」
マイルームでお茶を出しながら、何百回と説明した事実。その時は理解したと返事をしてくれるものの、顔を合わせるたびにあわよくばと話題を振っているようだった。最大の被害者の村正も最初は呆れ気味だったが、最近は「きっと挨拶みてえなもんだな」と笑ってくれている。それでも頑なに刀を作ろうとしないのは村正らしいが。
「オベロン、そんなに刀が欲しいならわたしが新聞紙で作ってあげようか。折り紙はちょっとできるからついでにカブトも」
「新聞紙なんて木の棒と変わらないじゃないか。本気で言ってるなら怒るよ?」
早朝、オベロンと共にシミュレーターに向かう道すがら。朝の礼拝帰りの彼とすれ違った。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、天草」
そういえば、まだ天草にはオベロンのことを紹介してなかったかもしれない。何から説明するか、どこまで説明するか。あれこれ考えていると、
「自己紹介が遅れてしまったね。僕は妖精王オベロン」
「はじめまして、天草四郎時貞です」
二人とも勝手に始めていた。簡単な自己紹介に握手。最近のノウム・カルデアの世間話。今後の異聞帯攻略の展望。NHKの朝のラジオ番組を聞いているかのようなつつがない会話だけど、策士の王子様と聖職者もどき、そこはかとなく胡散臭さの漂う二人には何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。ささやかな疑念に気付いたのか、オベロンが牽制するようにこちらを一瞥した。
「そうそう、友情の印に一つお願いがあるんだけど」
「何でしょうか」
「その刀、ちょっと貸してくれないかな?」
「お前さん、なんで止めなかったんだ」
「もちろん、止めたよ!」
シミュレーターでの戦闘に限り、という条件にせよ、「いいですよ」と即答する天草もどうかしている。ごめんよ村正。朝から巻き込んじゃって。
「というわけで、僕もついに日本刀デビューだ!」
シミュレーター内で天草の刀を鞘のまま構えながら「どうだい、マスター?」と決めポーズ。色鮮やかな翅がパタパタと嬉しそうに動き、輝く鱗粉をふりまく。
「はいはい格好良い格好良い」
「心がこもってないね。やり直し」
「オベロンが持ってるのは光世か」
「ごめいとう」
寒いよ、冬の王子。村正も固まってるし。こんなことなら廊下で写真でも撮らせて終わりにしておくべきだった。
「これも相当な大業物とはいえ、やっぱり村正の刀が欲しいな。今回の戦いを見て考えてくれないかな?」
オベロンは口の端を上げ、鞘から刀を抜く。その瞬間、光とともに、彼の姿が『それ』へと変貌する。
「最悪だな。――この刀、呪いでもかかってんの?」
卑王、オベロン・ヴォーティガーン。彼は鞘を乱暴に投げ捨て、こちらが指示を出す間もなく、抜き身の刀を片手に敵の群れへと飛び出していった。
「どうだい、村正!創作意欲が湧いてきただろう?あはははははは!」
心にもない煽り文句。グロテスクな肉体が切り裂かれ、血肉が飛び散る。顔に、身体に、生臭い体液の飛沫がかかる。何事も無かったかのようにそれは消え去り、次の敵が姿を現す。最悪だ最悪だ最悪だ。よりにもよって、『あの男』との縁かよ。
――シェイクスピアのエンチャント。
天草の持つ日本刀には、かつて偉大な作家によって剣豪の物語が刻まれたことがある。物語は力となり、その刀はCランク宝具に値する威力を持つようになった。とはいえ、それはあくまで異なる世界での出来事だ。カルデアに召喚された天草四郎が持つそれではない。だが、しかし。
――彼らに『縁』があるとすれば。
木の棒で叩き潰すような剣捌きでもどうにか形になっているのは、実のところあの男が紡いだ物語によるという皮肉。最早目的など忘れたかのように。妖刀に魅入られたかのように。オベロンは狂った高笑いと共に、敵を斃し尽くしたのだった。
「悲劇だよ」
「だめでしたか」
短い言葉と共に返される日本刀。苦笑いで受け取る天草。鞘から刀を少し抜いて確認すると、案の定酷い刃こぼれを起こしていた。
戦闘後、当然ながら村正には「そんなんで妖刀なんざ使いこなせるか」と一蹴されたのだった。
「やはり、他人の空似では務まりませんでしたね」
赤いマントを羽織った、褐色の肌と灰銀色の髪を持つ少年は軽く笑う。かの男のようなニヒルな笑みでもなく、刀鍛冶のような真っすぐな笑顔でもなく、穏やかながら僅か影の差す微笑。
――似てなくは、ないんじゃないかな
口から出掛かった言葉を飲み込む。どことなく外見の似ている彼らではなく、むしろキミは目の前の――
「どうしました、マスター」
「いや、何でもない。そろそろ行かないと」
オベロンにはとっくにバレてるんだろうなと思いつつも、言葉を濁す。
「……また貸してもらうよ」
「わかりました」
陶器のように透き通るような白い腕から、青黒く変色した異形の腕。オベロンは天草に背を向け、変わり果てたその手を挙げて軽く振った。オベロンの表情を知るのは、その隣を歩く立香だけだった。
「ありがとう、オベロン」
「君からそういうことを言われるのはお門違いだ。あの天草四郎とかいう奴、諦めの悪いタイプだろ。まったく、人間の気遣いほど気持ち悪いものも……」
「マイルームに帰ったらお礼に新聞紙でカブト作ってあげるね」
「だから要らないって。王冠が隠れるだろ。それと、さっきから君、観客じみた言動が鼻につくんだけど」
オベロンは不意に立ち止まった。つられて立香も歩みを止め、オベロンの顔を覗き込む。
獲物を捉えたように目を見開き、口を三日月型に歪めた顔。その表情に思わずのけぞる立香の肩をオベロンは乱暴に掴み、鼻先が触れ合いそうなほど顔を寄せた。
「まさか出演中の舞台から途中退場なんてありえないよな?俺のマスターが」
「…………っ!」
「付き合ってもらうからな、最後まで」
その後しばらくして。日本刀だけでは飽き足らず、今度は深夜のシミュレーターでこっそりと某聖職者から黒鍵の投擲を教わる某王子(と、それに付き合わされるマスター)が見られたとか。
(終)