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    shi_ho_do_

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    shi_ho_do_

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    ・マイ武前提モブ武
    ・名前付きのモブ(サラリーマン)が武と出会い、恋愛対象として興味のなかった武に恋心を抱くまでのお話
    ・今後モブ武での性描写の予定あり
    ・別ジャンル(HQ)のことに少し触れてますが、知らなくても問題なく読めます

    #マイ武
    #モブ武
    mobWarrior
    ##フラッグシップの恋だった

    フラッグシップの恋だった②side:武道side:七海side:武道
     初めて七海を目にした時、腹に一物を抱えているタイプだと強く信じて疑わなかった。少し長めの柔らかな髪は一見分かりにくいがツーブロックで、軽く波打つ髪をビル風になびかせる姿は、それは優美だった。
     好奇心が強いのだろう、ポケットに手を入れたグレーのチェスターコートを翻しながら物珍しげにこちらへ闊歩する様は、ここがランウェイかと錯覚するほどだ。
     鳩尾への重い一撃に、毛虫のように地面で蠢く武道に周りが無関心を装う中、甘いマスクの男をより完璧に仕上げる立役者の長いコンパスには思わず下敷きにしている材木を突っ込んでやりたい衝動に駆られた。

     女性に事欠かない人生であり、これからもそうなのであろう男にやっかみからの悪戯心が沸き立つが、話してみるとこれが意外と愉快な人間だった。
     なんのフラッシュバックか突如として思い起こされたマイキーによる右腕の骨折。それに憤っていれば『最近の高校生って何が趣味なの?』とマイペースに聞いてくるのだから、この男も大概だ。

     二十六だという彼とは実年齢は同い歳で、だから一方的に親近感を覚えた。





     すっかり七海の部屋を第二の自宅、または別荘と思い違いを起こしてもおかしくない程にあれやこれやの勝手を覚えはしたが、完全にそうと思い込むには男の家は不秩序さに欠いている。
     食べ散らかしの袋が落ちていたなんてことが一度もない清潔なリビングの一角には、小さなテーブルが設えられていた。持ち込んだパズルの作業台として七海が用意してくれたものだった。
     二重窓のお陰か季節のせいか、はたまた建物自体が高性能なのか、キッチンカウンター前の窓際でも冷気が体をかすめることはしない。

     各自で夕食を済ませたあとの現地集合に、七海がドラム式を回すかたわら、武道は慣れた手付きでコーヒーマシンを操作する。
     二人分のそれの片方に浄水器から水を勢いよく引っかけ、好みの味に調整するという手法で落ち着いたのは割と最近の話だ。

     元々辛党の武道はコーヒーも意外と好きで、とりわけスッキリとしたブラックを好んで飲んでいたのだが、肉体年齢のせいかどうも口に合わない。砂糖を足したりもしたがそれも違い、紆余曲折の果てのそんな荒業なのである。
     厚い粉引きのコーヒーカップにこんもりと浮かぶきめ細やかなクレマは美味しい証で、そのほとんどをかき消す勢いの注水に七海は『斬新だけど確かにそれが一番手っ取り早い』と笑った。
     よほどツボだったのか目に涙を溜めていたが、馬鹿にした様子がないのが彼のいいところの一つだった。

     ピースをいじくり回しながらの世間話が恒例で、特に急いで仕上げる理由もなく、まだ外枠と少々しかできていない。
     食事と就寝のちょうど間、まったりとした時間が焙煎の香りと共に流れる中、今日の話題はカップ麺と試食についてだった。

    「試食は好きというか、生き延びるための手段でしたけどね」
    「若い身空でどんな生活を送ってるんだよ……」
     両親いるんだろ? と聞かれたので、年末の花垣家の模様を紹介した。
    「健康診断で肝機能を指摘された父が、食事とアルコールの制限をかけられたにもらかかわらず夜中にこっそりカップラーメンを食べては母に見つかりドヤされる、というイタチごっこをキャッキャと楽しんでる両親なら健在ですね」
    「それたぶん、言うほどキャッキャじゃないよ……」
     肝機能だろ? と恐らく父本人より父の肝臓のことを気にかけているふうの七海は「わからないね……」と溜め息を零す。その家庭環境のどこに生き延びる必要性が……とピースの並ぶテーブルに頬杖をついては、地爪の長い指先で散らばる欠片を弄んだ。

     武道は基本的にタイムリープの件を除き、七海との会話であまり嘘は吐いていない。必要以上に語らない選択肢も勿論あったが、七海にはそうしたくない思いが働いた。

    ────男もそうしてくれているから。

     実際のところはわからない。しかしこれまでの彼が嘘で塗り固められていたとも思えず、またそうと信じさせてくれているだけで、武道にとっては過ぎたる真摯な対応だった。
     そこに加え、これ以上余計な罪悪感を増やしたくないという思いもある。



     先程から頭を悩ませていた七海は、ここで何かが閃いたようだ。
    「よし、今度行こう」
     気まぐれに摘んだピースを一つ嵌めながら、男が声を高くする。
    「どこへ?」

    「────試食とカップ麺が叶うところ」





     そして約束の当日。
     聞いた通りのSUVは、待ち合わせ場所で既に待っていた武道の前でパーキングブレーキを利かせた。
     サイドブレーキだったものが電動に変わったマイナーチェンジモデルで、屈強ながらもクロスオーバーの仕様は街乗りにも適している、とは男の受け売りだが、確かに滑らかに横付けされた白のボディは混み合う駅前でも融通を利かせて見せた。
     その助手席のドアに手を掛け、サイドステップを踏む。

    「これどうぞ」
     軽い挨拶を済ませ、すぐそこのコンビニで買っておいたホットの缶コーヒーを、今日の運転手へ労いの気持ちで手渡した。男が愛飲している深煎りだ。
     必要以上に瀟洒なこの男は外見にイメージが先行しがちだが、案外表情が豊かなことはもうよく知っている。
     それを証明するように、綺麗にセパレートした色素の薄くて長い睫毛を一度瞬かせると、大輪が艶やかに咲き誇るような微笑みを悠然とたたえた。
     武道は悔しくもそんな大人の色香に当てられ、さすが百戦錬磨の猛者は違うと顔に熱がこもるのを止められない。こんなチンチクリン相手にも、七海は最大の武器を惜しまず披露した。

     たぶんその後「ありがとう」と言われたが、何と返したかは火照った頭にあまり記憶にない。





     バイパスを抜け、いくつかの側道を曲がって到着した先は思いもよらぬ場所だった。

    『少し小綺麗な格好で』と七海から注文を受けた際、揃ってフォーマルに身を包んだ二人がスーパーで畏まりながら試食をする風景が頭に浮かんだ。なかなかにぞっとする光景である。

     当日、誂えられたスーツでは勿論ないが、センタープレスの利いた細身のパンツにカジュアルなジャケットを羽織るという奇跡としか言いようがない完璧な装いが完成したのは、ヒナによる功績が大きい。

     彼女とは円満に別れており、それでも高校生にもなってファッションセンスの欠片もない武道に憐れみを覚えたのか、たまに買い物に付き合ってくれるのだ。
     そのことが原因で当時マイキーと喧嘩になり、力で敵わない武道がボロボロのていで中指をおっ立てながら放った『fuck you』の一言は、乱闘を更に熱く盛り上がらせたという過去はもはや懐かしくも微笑ましい。



     そんな複雑な事情を持ったコーディネートだと七海が気付くこともなく、ポールスミスのジャケットを嫌味なく着こなしているのが嫌味なスマートな男と、だだっ広い吹き抜けの広間に肩を並べる。
     いつか女子がクラスで騒いでいた『男女の理想の身長差』に若干上乗せしたそれを、不本意なポジションで体感しながら。





    「CEO挨拶……?」

     どうやらこれは株主懇親会というものらしい。
     時間になり、若い男性社員の先導に従い招待客が揃って場所を移した先は絨毯張りの広間。豪華な室内はまだ午前中であるにもかかわらず、光源は高い天井からぶら下がるシャンデリアのみだった。
     意匠を凝らした総刺繍の重そうなカーテンを締め切り、所狭しと並べられた椅子の間を支流のように人々が行き交うが、足元の分厚い毛並みが騒々しさをかき消し気品を保つ。

     その中腹、まるでここの主のような顔で手招きをする七海の隣に武道も腰を下ろすが、パンフレットを強く握りしめながら既におよび腰だった。
     綺麗に設営された椅子はざっと見ただけで恐らく五百近くあり、参加者の年齢層が概ね高いことも相まって場違いに身をすくませる。
     そんな武道に「たぶん君が想像しているより堅くない」と七海はテノールで耳打ちしたが、それは実際にその通りだった。



     次に待っていたのが、今日の主題と言っても過言ではない、試食会。
     驚いたことに来場者数は千五百人あまりだという。武道たちが通されたメイン会場とは別に、いくつかの部屋でもモニタを介し挨拶が執り行われていたらしい。
     それが今や一堂に会し、激しい混雑が予想されたが、ちょっとした野球でもできそうな程の大広間は思ったほどの窮屈さを感じない。

     横に長い会場の横一列に各ブースが設営され、新商品のカップ麺が数種類と地域限定カップ麺がメインで取り扱われている。他にも来季から発売予定の焼きおにぎりやグラノーラといった自社開発製品が種類問わず並べられていた。

     新商品はチケット交換制で一度きりの試食なのだが、他は食べ放題とあってブース前はどこも多くの客でごった返した。
     それでも主催側の捌きは見事でその回転は速く、無地の発泡スチロールの小腕を手にした武道は顔を輝かせた。
    「えっ! これ好きなヤツなんです!!」
     新商品と謳われたそれは、一人暮らしの未来でよくお世話になった代物だった。それなのにこちらではまだ販売前で、いい加減慣れたと思っていたこうした現象も不意を食らう度に律儀に驚いてしまう。
    「好きなヤツ?」
    「あっ、いえ……」
     嘘を吐かないにしても、さすがの失言に言葉が詰まる。
    「キミ、CMを観てる時も懐かしいって言ってたね」

     簡単な業績や優待利回りについての語り出しから始まったCEO挨拶は、次いで歴代CMに移った。
     創業当時からの主力商品であるカップ麺のCMが巨大プロジェクターに映し出されたのだが、これが中々にして面白かったのである。世界各国で放映されたバージョンもいくつかあり、中でもとりわけ武道を夢中にさせたのは、幼少の頃に観たきりで朧げだったそれ。霞み、削られ、残った僅かをいい加減に繋ぎ合わせた8ミリフィルムのような記憶が鮮明に息を吹き返し、武道の胸は懐かしさで溢れ返った。

     その時の気持ちがつい口を衝いてしまったのを聞き取られていたようだ。
    「例の気になる彼を連れてこなくて良かったんですか?」
     話の矛先を変えつつ、実は随分前から気になっていたことを織り交ぜる。
     こんなに自分にかまけていて、肝心の彼との進展は大丈夫なのかと老婆心ながら聞くも、男はどこ吹く風だった。
    「翔君は関東住まいじゃないから」
    「翔君っていうんですね」
    「覚えなくていい」
    「マイキー君です」
    「え?」
    「オレの元カレ」
    「あぁ……」

     話してもいいし、話さなくてもいい。
     お互いがその程度のスタンスだったので、今までどちらからもこの話題に振れることはなかった。共通の事柄を引っ張り出さなければ会話に困る、そんな間柄でも今更ない。
     だからそのやり取りだけで話が流れたのは、ある意味自然なことだった。



     最後には自社のマスコットキャラが描かれたエコバックに山ほど詰め込まれたお土産まで渡され、催しは大満足のうちに幕を閉じた。
     いいだけ腹を満たしたナショナルクライアントによるこのイベントは、株主の間でも評判は上々らしい。

     全体的に七海の言う通り、思ったような堅苦しさはなく、社員との交流の場でもあった試食会ではこんなヒヨッコの自分にさえ役員達は親切に説明を加えてくれた。『未来の投資家』にと、目元の皺を深くさせながら。



     いつもと変わった環境のせいか七海の新たな一面を知る場面もあり、見た目以上にとっつきやすい性格により一層親しみを覚える反面、元の二十六歳であった自分の暮らしぶりとを比較して、何故かちょっぴり、切ない。


    side:七海
     遅いな、と思った時には大抵何かに巻き込まれている。それをここ最近でいいだけ知った。
     今日は仕事を早く切り上げられそうだったので武道と会う約束になっていた。
     例の懇親会の時に知ったのだが、意外と映画に詳しい彼と話が盛り上がり、現在上映中の話題作を一緒に観に行くはずだったのだ。




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