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    shi_ho_do_

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    フラッグシップ〜【後編①】
    マイ武前提モブ武
    支部に掲載した分からの続きです。(※ポイピク③からは続いていません)

    #マイ武
    #モブ武##フラッグシップの恋だった

    フラッグシップの恋だった【後編①】side:武道side:武道
     目の奥がじくじくと熱を孕むのに気付かないふりをしたのは、一体いつだっただろう。

     記憶の糸を紐解けば、男が燃える液体を引っ掛けた日であることが思い出される。
     自分の全てを受け入れると豪語した酔っ払いの戯言が涙腺を刺激するのだから、実に馬鹿げている。

     毒にも薬にも姿を変える男の信念は、武道にどちらの効果ももたらした。歩み寄れば全てを包み込み、距離を置こうと立ち止まればそれもまた受け入れる男の優しさは、居心地の良い安心感の中に一抹の寂しさを抱かせた。
     そんな身勝手な失意だが、それを差し引いても武道にとっては都合がよかった。

     何も言わない自分を丸ごと認めてくれる甘美な特効薬に、毒の作用なんてものは微々たる苦味だ。それを補って余りある恩恵にささくれ立った心が歓喜に震える。
     しかしそう気持ちが昂ぶるにつれ、抵抗力が働いた。

    ────喜ぶな。この期待はいつか必ず未来で失望に姿を変える。

     何かを過剰に求めてしまいそうになる思いを、いつもこうして冷静な部分が窘める。
     そうして全てをかなぐり捨てて男の胸に飛び込みたい衝動は、しかし実際にはそうはせず、ただ弱音を吐くに留められた。

     相手が何も知らないということは安心材料であると同時に不安材料でもあることを、度重なるタイムリープに痛感しては何度も辛酸を舐た結果の自己防衛。
     これまで味わった苦い経験は、浮かれた自分にいつでも冷や水を浴びせる形で、今でも胸の深くに残留し続けている。



     男と出逢い、打ち解け、友人と呼ぶに差し支えない間柄で楽しく過ごした日々はつい数日前の出来事なのに、今では遠い昔のようにすっかり色褪せて見えた。





     イヌピーに呼ばれて放課後にD&Dを訪れた武道は、挨拶もそこそこに黒い油汚れの染み付いた手で差し出される物を受け取った。
     十万円入りの茶封筒であることはすぐにわかり、中にそれ以外────つまり手紙のような物が入っていないかをあらためたが期待はずれに終わる。

    「『報酬を忘れていったから渡してやってほしい』とのことだ」
     曇った眉で封を閉じる武道に、イヌピーが簡潔すぎる説明を添える。
     主語の抜けた話し方はわざとか。しかしそれに両者間での食い違いはなく、異色の新参者の存在に双方思いを巡らせ、イヌピーの真っ直ぐすぎるほどの視線が痛い。
    「報酬って何のことだ?」
     努めて冷静に話し掛けていることが覗える。怒鳴りこそしないものの抑揚を故意に殺し、しかしこちらに向ける両眼からはその声音以上に抑えきれない怒りを拾った。

    ────彼の気持ちは知っている。

     瞳の方がよほど雄弁な男は、どの未来でも変わらぬ熱を向けてくれた。
     それでも応えられない想いに、そして男からも何も言われないのをいいことにその優しさに甘んじて両者の平穏が保たれている。
     自分たちの間で波風が立たないのは、そんな偽りの凪だった。

     それがここに来て封筒の厚み分の不適切さを知り、普段敢えて武道のプライベートに干渉しなかった彼もさすがに異常に思ったのだろう。
     よりによってイヌピーにそれを渡す七海に少し逆恨みしないでもない。けれど武道は目の前の年上の盟友に「全部オレが悪い」と、詳細を避けつつ責任の所在だけを明らかにした。



     あの日、七海に酷く抱かれた夜、男は帰ってこなかった。
     夜中に一人で目を覚ました場所は、身に馴染んだ彼の家でも唯一めったに足を踏み入れない寝室。その濃いグレーのシーツに体を横たえるのも、あれが初めてだった。
     痛む体をおしてどこもかしこも真っ暗闇の家中を探すも七海の姿はなく、人の気配のしない静まり返った室内は狼藉を働かれたホテルよりも寒々しいものを感じさせた。
     心許なさからぬくもりも求めるように再び寝室に戻れば、枕元で点滅する携帯電話に気付く。
    『鍵はドアポストへ』
     その一言で、今日は帰ってこないことが知れた。
     そして端末の横に揃えて置かれた封筒の中身が、この気怠さの対価の報酬であることも手に取らずとも察せられた。



     大丈夫。まだ間に合う。
     彼はいつでも優しかったじゃないか。
     今は少し気持ちがすれ違ってしまったけれど、きちんと話し合えばわかってくれる。

     自らをそう慰め、薄いダウンケットを頭までひっ被りベッドに潜り込む。
     先程までの自分の熱はもうない。代わりに男の香りが微かに広がり、それに目を閉じしばし包まれていれば、淋しかった気持ちが少しずつ満たされていくような心地がした。

     そのあとに襲い来る切なさと引き換えだとわかっていても、始発を待たない帰路の間だけでもせめて慰めてくれれば、それで十分だった。





     いつ太陽が昇り始めたのか曖昧な梅雨空、陽光を遮る一面の雲がいつの間にか白んでいるのを見て朝の訪れに気付いたのは、自宅に着いてからだった。
     ベッドに寝転がるもまんじりともせずそれを眺め、そうして敢えて考えを纏めずに男の電話帳を液晶に呼び出す。期待に備えた分だけ彼の気持ちが離れていってしまう気がして、心は半分眠ったままにして。

     それが功を奏したのか、七海は電話に出た。

     予想外のことに言葉を詰まらせる武道に代わり、現在の居場所を含めて無事であるかをつつがなく確認してくる男に、全て問題ない旨返す。
     やはりいつもの柔らかな口調ではなかったが、それでも安否を気遣ってくれる優しさが鼻の奥をツンとさせた。
     しかし最低限の確認を済ませた男は要件は済んだとばかりに、簡素な挨拶で締めくくろうとするのを慌てて引き留める。だが軽く脅し文句を投げられ、そうして本当に切られてしまった。

     以降、どんなに電話を鳴らそうともメールを送ろうとも梨のつぶてで、めげずにしつこく連絡を入れ続ければついに拒否設定にされてしまった。
     七海はどうやら、本気でもう会う気がないようだった。



     そうして気を揉み続けること数日。
     高く澄み渡る濃紺に錨を下ろす弓張り月が幽美な折、今日も今日とて携帯電話は繋がらない。けれどそんな想定内は、最早武道に落胆に肩を落とさせることは出来なかった。
     不確かな電子通信に見切りを付け、直接男の住まうマンションへ出向き、そして今、エントランスの前にいる。

     オートロックを睨みつけて武道は唸った。
     さすがに開かない扉の前でずっと佇んでいるのも不審で、さてどうしたものかと腕を組む。





    「……どうやってここまで?」
     会社帰りの男が、テーラーのスーツに身を包んで立ち止まる。
     施錠をかいくぐって七海の部屋の前で待ち構えていた武道に、意表を突かれた男が一瞬目を見開くのを見逃さない。
    「ちょうどマンションから出て行く人がいたんで、入れ違いで入らせてもらいました」
    「……そういうところが欠点でもある」
     設備か武道か、その落ち度を苦笑い混じりに指摘しながら男が自宅ドアのディンプルキーを回す。

     本当は七海の部屋を一人去ったあの夜、鍵を持って帰ってやろうかと思った。オートロックの解除も兼ねた物かはわからないが、どうせスペアキーだ。突然恋人ができでもしない限り、一瞬それがなくなったところでさして問題もないだろう。
     そんなスレた考えが頭をよぎるも、それでも施錠を終えた銀を戻す先は、もしかしたらもう二度と足を踏み入れることのない癒やしの空間の入口だった。

    「一応聞くけど、用件は?」
    「色々あって立ち話では足りません」
    「全く話さないという選択肢もある」
     何がなんでも今日話をする。
     その強い信念だけを武器にここまで来た。遠ざけようとする七海の思いに負けない自信が、彼を見つめる眼光を鋭くさせた。
    「……」
     ドアノブに手を掛けたままの無表情の男を刺すように射抜けば、少しして溜め息が零される。
    「……わかったよ」
     観念したように眉を下げる七海に、武道はパッと嬉色を浮かべた。
    「で、どうする? 中で話をするかい?」
     誘うようにゆっくりと扉を開ける男に静かに首を振る。
    「……外がいいです。できれば人通りの多いところ」
    「それがいい」

     そう笑い、「軽く着替えてくる」と一人中に消えていった七海が戻るのを待って、揃ってエレベーターに乗り込んだ。





     行く当てのないドライブに細い道を少し走らせたあたりで、「海を目指そうか」と男が目的地を定め、そのまま車を本道に流す。
     人目を気にせず話せる場所として車内は適切だった。七海の思い付きなのだが、運転中なら手を出される心配もない。



     交通量の多い下り坂、緩いカーブにブレーキランプが一斉に赤い列をなしたところで男が口火を切る。
    「いいよ。話して」
    「……」
     武道は促されるままボディバッグから箱を取り出した。
    「これ、お返しします」
     男はチラと視線を寄越すがすぐに前に向き直り、車線変更にハンドルを切る。
     出会ったばかりの頃のようにジャケットを羽織る必要はもうなく、淡いくすみブルーのサマーニットから覗く腕が案外たくましいと知っているのは、その袖が捲られているせいではない。
    「それはキミにあげた物だ。いらないなら捨ててくれて構わない」
     それ、とは武道には分不相応な腕時計のことを指す。
    「さすがに捨てはしません……。昴さん的には、オレが持ってるのってイヤじゃないですか……?」
    「どうして?」
    「どうしてって……それは、だって……」

    『二度と現れるな』と言わしめた相手が、いつまでもこれを持っていることに嫌悪感はないのだろうか。



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