教師に憧れを抱く学生のように、一人大人の落ち着きを見せるモブに秘かにエナは憧れを抱いていた。すぐカッとなる自分とは違い、回りに目が行き届きヤニやザコのカバーも完璧で少し悔しくなってしまう。今日のバイトもそんなモブの機転により危なげなくクリア出来、カンストも目前に差し迫った矢先エナは足を滑らせてしまった。
「はわわ……先輩の綺麗なおみ足が…ちゅめちいちゃくて可愛いでしゅ……」
「抱えてやろうか?お姫様」
「お前ら向こうに行けよもう!」
長靴を脱いだエナの足首は赤く腫れ上がり、見るからに痛々しいが捻挫を心配しているのはモブだけのようだ。イカにしては小さな足であるエナの爪先はこじんまりしていて、綺麗に伸びている爪が乗る足の指が可愛らしい紅葉のようだ。そんな普段決してみる事が出来ないつるつるのエナの足を食い入るように見つめるザコは、ゲソを抱きしめてみぃぃぃと鳴いていた。セミか?ヤニもヤニで怪我をしたエナをゲスい笑みを浮かべて見ているだけではなく、嫌がらせにフーッとタバコの煙を浴びせている。なんて嫌な奴らだ。エナは痛みと6個の目に見られている状況に耐えきれず、ポロっと涙を流した。
「こんな状態じゃ歩けないだろう。俺が背負ってあげるからね」
言うやいなやモブはエナを背中に担ぎ、スクッと立ち上がった。そのままインカムで「怪我人が出たから直ぐにヘリを寄越してくれ」と言えば、周りを旋回していたヘリが近づいてきた。
「エナ君、先に言っておくけど変な意地は張らなくていいからね。君は無理をしてしまう質だから」
「…………」
「痛くて堪らないだろ?黙っておぶさってな」
見透かされている。こんなの平気だ!歩ける!下ろせ!と言うつもりだった。開きかけた口を閉じたエナは、広い背中と長めのゲソにドキドキしながら顔を背けた。憧れを抱いている男に優しくされれば、誰だって嬉しくなってしまう。当然だ。自分に気がない、ただの気遣いだとわかっていてもだ。
(オレだせえ………)
以前コーンロウに似たような事をされた事を思い出し、自分に気があると勘違いしてしまいそうだ。
商会に戻ってきたエナは、モブに連れられロッカールームに行き着替えまで手伝ってもらった。
「家まで送るよ。今日は安静にして、ちゃんと冷やすんだよ?痛みが引かなければ病院に連れていくからね」
「そんなにしてもらわなくても……帰るくらい一人で」
「俺がしたいからするだけだよ」
頭を撫でられたエナは真っ赤になる顔を隠すためにうつむいたが、おおきな耳が赤い顔をモブに教えていて意味がない。ふわふわする顔の横にあるゲソを噛み、羞恥に堪えていたがゲソを噛みきってしまいそうだ。結局自宅までモブが付き添ってくれて、エナは危険な目に遭わずに帰路についた。付いてこようとしたザコやヤニを躱し、街中でコーンロウやマッシュを見つけて見つからないように道を外してくれた。何から何までいたせりつくせり。エナはポケットから鍵を取り出し玄関を開け、モブにお礼をするべきかと迷った。飲み物あっただろうか。エナドリと甘いカフェオレしかないが。
「あの、ありがとう……お茶でも飲んでく?」
指先を遊ばせながらモブを上目遣いで窺えば、彼は呆れたようにため息を付いた。
「無防備過ぎだろ。そうやって色んな男に送り狼されたんじゃないのか?」
「えっ、え?」
「その気もないのに男を自宅に上げてはいけないよ。特に君は一人暮らしで鍵をかけたら誰も助けに来ないんだから」
鼻をムギュッと摘ままれたエナは目をパチパチさせ、頭の上に疑問符を浮かべた。その気のない男?送り狼?一体なんの話なんだ。あれ、つまりモブは、まさか。また頭を撫でられた。お大事に、なんて言って背中を向けたモブに思わず抱きついてしまった。
「っ、大丈夫か!?エナく」
バランスを崩して転けたのかと勘違いし、振り向いたモブの服を掴みエナは背伸びをしてそのかさついた唇にキスをした。