大きい長義くんと小さい長義くんバグ、と評されるマイナスイメージだが、個体差、と書かれるとそれが払拭される気がする。
バグ──俺にとって、他の刀剣男士たちから浴びせられる視線や、政府の担当者たちの態度を思い起こさせる言葉だった。特に初めて顕現した際、俺の異様な体格を見て交わされたささやきや、ため息混じりの評価。その視線に込められた嘲笑や困惑に、胸の奥が冷たくなったのを覚えている。
それらが次第に「個体差」という一言で片付けられることで、どれほど救われたか。
「君……随分と大きいんだね?」
そんなある日、政府の廊下で俺に声をかけてきた刀がいた。
振り返ると、藍色の瞳が俺をまっすぐ見上げていた。その目には好奇心が宿っていて、敵意や嘲笑の影は微塵もない。ただ純粋に興味を持っているのだとわかった。彼は少し首をかしげながら微笑む。
「まあ……そうだね 」
「本体も大きいように見えるけれど……もしかして三寸くらいあるのかな?」
彼——山姥切長義は、俺の本体を軽く指差して言った。
「よくわかるね」
俺がそう言うと、彼は瞬きを数回した後に微笑む。
「だって……俺たちの元の姿じゃないか。そうだろう?大きい──山姥切長義」
……奇妙な会話だった。
だが、彼の言葉にはどこか含みがあるようで、その場を離れたあとも少し心に引っかかった。
※
そして、何の因果なのか俺と同じ課に配属されてきたのは、あの日廊下で会話をした山姥切長義だった。
「あれ?君は……やあ、この前ぶりだね」
「やあ」
ひらりと片手を振って俺の前までやってくる。
俺を見上げながら、やっぱり大きいね、と微笑んだ。
その言葉に、どうもむず痒さを感じて俺は視線を彷徨わせる。
その時、
「やあ、なんだ。お前たちは知り合いなのか?」
課のまとめ役である一文字則宗が声をかけてくる。
則宗は陽気な声音と派手な見た目が随分と煩い存在だ。……嫌いではないがやや苦手な部類ではある。
「話をしたことがあるだけだよ」
俺がそう答えると、そうだね、と目の前の彼が答えた。
それを聞いた則宗は、ふうん、と一言漏らした後ににっこりと笑う。
「ちょうどいい。じゃあ、組んでもらおうか」
その一言で、俺たちは組むことが決まったのだった。
※
最初の任務の内容は、特異点の調査だった。
政府の管理外で顕現した刀剣が暴走しているとの報告があり、その鎮圧と調査が俺たちの役目だった。
現場に到着すると、目の前には瓦礫が積み重なった廃墟のような場所が広がっていた。
辺りには不穏な気配が漂い、暴走した刀剣がいつ襲いかかってくるかわからない状況だった。
「目立つのは得意だろ?」
山姥切長義が俺を見上げて、わずかに微笑む。その言葉には皮肉が混じっていたが、不思議と嫌な気はしなかった。
「そうだな。この大きさは囮には良いかもしれないね」
俺が瓦礫の中を進むと、暴走した刀剣が気配を察して現れた。
その姿は異形のようで、何かに取り憑かれたかのように荒々しい動きを見せていた。
「行くぞ!」
俺が前衛に立ち、暴走刀剣の攻撃を受け止める。その隙に山姥切長義が背後から冷静に斬撃を繰り出す。互いの役割が自然と噛み合い、次第に戦況が有利になっていった。
「お前、案外頼りになるじゃないか」
戦いの合間に、彼がぽつりと呟く。
その声には少しばかりの感謝が含まれているようだった。
意外、か。面白い評価だ。これでも俺の練度はマックスなので、それなりに強い自負はある。
それを、意外、か。
けれどもっと面白いのはそうした言葉に一つも俺が苛立ちを覚えないことだ。
「君もね」
短く返した言葉の裏には、俺なりの信頼が芽生えつつあることを感じていた。
戦闘が終わり、現場の調査を終えたあと、俺たちは部署で報告書をまとめていた。
疲労感が漂う中、彼がふと俺を見上げて言った。
「お前の大きさも悪くないな」
「は?」
「いや、ただの感想だ。俺たち、意外といいコンビかもしれないと思っただけだ」
そう言って微笑む彼の表情は、初めて出会ったときとはどこか違って見えた。
俺の心の中で、彼への印象が少しずつ変わり始めていることに気づいた瞬間だった。
まあまだ2日目……会った日も含めると3日目だけれど。
※
翌日、俺たちは再び任務を命じられた。
昨日の任務で赴いた周辺区域で暴走刀剣の痕跡を調査するもので、必要に応じて排除するというものだった。
朝、部署での準備中に、山姥切長義が俺に近づいてきた。
「昨日の疲労は残ってないか?」
「あれくらい、大したことない」
俺が答えると、彼は一瞬俺の顔を見つめた後、満足げに頷く。
「ならいい。無理をするなよ」
少し面白いところが、彼の方がまるで先輩のような口を利くところだ。
恐らく彼は顕現してそう時間が経っていない──書類改ざんがないならば、だが──はずで、俺はそれなりに日々を過ごしている。
無論、この課も則宗ほどではないが長い。
なんだかやっぱり面白くて、俺は密かに笑ってしまった。
現場に着くと周囲の静寂は張り詰めた空気を漂わせ、いつ襲撃されるかわからない緊張感が漂っていた。
「お前が前に出て注意をひきつけろ。俺がその隙に進む」
「了解」
彼の指示を受けて、俺は先行し、警戒を強めながら歩を進めた。途中、不意に瓦礫の影から何かが飛び出してきた。
「くるぞ!」
俺が叫ぶと同時に、山姥切長義が素早く背後から刀を抜き放ち、襲いかかる暴走刀剣を一閃で斬り伏せた。
「素早いな」
俺がそう言うと、彼は微かに息をつきながら肩をすくめた。
「当然だろ。俺は山姥切長義だからな」
山姥切長義だから──俺には少し薄い感情だ。
しかしその言葉には誇りが込められており、俺の中で彼への印象がまた少し変わった気がした。
戦闘後の調査を終えた俺たちは、日が沈む頃に政府の施設へ戻った。
夕焼けに照らされた廊下を並んで歩く中、彼がふと立ち止まった。
その足が止まる音に、俺は思わず振り返る。彼は少し視線を下げながらも、その表情には何かを考えているような影が見えた。
沈黙に、彼が何を言おうとしているのかを無意識に期待してしまった自分が居て、心の中で驚く。
やがてゆっくりと顔を上げ、微かな夕焼けの光を浴びた藍色の瞳が俺をまっすぐに捉えた。
「なあ、お前」
振り返った俺に向けて、彼は続けた。
「……お前のこと、少しだけ分かってきた気がする」
その言葉は何を意味するのか、俺には分からなかったが、真剣だったことだけは分かった。
「俺もだ」
短く答えた俺の言葉に、彼は微笑みを浮かべて再び歩き出した。その背中を見送りながら、俺は少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じていた。
※
翌朝、俺たちは政府内の警備訓練に参加することになった。
実戦ではないが、模擬戦闘形式で行われる訓練には他の刀剣男士たちも集まっていた。
「山姥切長義、お前の力を見せてみろ」
指名された俺が訓練場の中央に立つと、観衆の視線が一斉に集まる。その中で、相棒であるs山姥切長義がどこか期待するような目で俺を見ていた。
「いけるだろう?」
「もちろん」
模擬戦の相手は力自慢の刀だったが、俺の剛力と圧倒的な体格差で制するのに時間はかからなかった。一瞬の静寂の後、拍手が起きる。
山姥切長義は小さく笑いながら俺の隣にやってきた。
「見事だった。だが……」
彼は俺の袖を引っ張り、少しだけ小声で続けた。
「油断はするなよ」
その言葉には、昨日以上の親しみが込められている気がして、俺は思わず微笑んだ。
……ところでその袖を引っ張る姿、俺以外には見せないでほしいな……、なんて的外れなことを考えた。こんなことを思う自分に少し驚きながらも、彼の些細な仕草に独占したいという感情が湧くのは否定できなかった。
俺は息を一つ吐いて、
「君こそ、見ているだけじゃなくて戦ってみろ」
「それも悪くないな」
そう言って笑う彼の横顔を見ながら、なんだか胸の奥が熱くなるのを感じた。