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    ナチコ

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    ナチコ

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    一虎がデリヘル呼んだら千冬が来た話③

    https://poipiku.com/3656110/6305431.html
    これの続きです。千冬不在で一虎がドラケンと話してるだけです。

    ##とらふゆ

    デリヘル呼んだら千冬が来た③「羽宮オマエ、あんまボケーッとしてるとマジでクビんなるぞ、大丈夫かよ?」
     仕事仲間にまで心配されてしまうくらい、実際、一虎はここひとつきばかりをぼんやりして過ごしている。今日も仕事場でなかなかひどい失敗ばかりをして、客を怒らせ、嬢を怒らせ、オーナーには「二度とツラ見せんじゃねえぞ」と脳天からおしぼりを叩きつけられた。
     なのに危機感もなく、まあクビになるならそれでも仕方ないんじゃねえ、くらいの気分だ。
     他の黒服が取りなしてくれて、どうやら即クビは免れたようだが、正直どうでもよかった。
    (だって全然、やる気出ねえ)
     我ながら最悪だとは思う。こんな自分を雇ってくれるありがたい店なのに、失敗続きなのはともかく、罪悪感すら湧かないなんて。
     でもどうしようもない。千冬と会わなくなって大体一ヵ月、その間ずっと一虎は何をしててもうわの空だ。
     とぼとぼと家に戻り、ベッドの上で壁に寄りかかって膝を抱える。何をする気にもならない。元々テレビもないし本も読まないし携帯電話でインターネットを見るやり方もいまいちわからないしメル友もいないし気軽に電話できる友達もいないし、無い無い尽くしというヤツだ。
     それでもたった一ヵ月だけでも気持ちが上向きだったのは、間違いなく、千冬と過ごす時間があったからだ。
     自分でも思っていた以上に、千冬とホテルだの自宅だので会えることを楽しみにしていたらしい、と一虎は今さら気づく。
    (でもあの千冬は――『タロウ』は、架空のアレじゃん)
     全部演技で、全部嘘で、全部「本当はありえないもの」だった。
    『即物的にやるぞってより、恋人プレイの方が好みだろうから』
     それを千冬に見抜かれて、ただ客として、金を払う相手として、もてなされていただけなのだ。
     最後に会った時に千冬から投げられた言葉を反芻すると、一虎の胸は抉られたように痛くなる。
    (プロってそんなとこまで至れり尽くせりなんだ、すげぇなあ)
     ぐすっと洟を啜る音がひとりぼっちの部屋で響くのも、また侘しくて、惨めだった。

     ぼんやりしている間に気づけば丸一日過ぎていた。携帯電話がガンガン鳴り続けていた気がするが、出るのも面倒で放っておいた。そのうち電源が切れたらしく、電話はうんともすんとも言わなくなった。
     そのあとどれくらい過ぎたのかわからない。買い置きしてあったカップラーメンを一回二回食べた気はするが、それも尽きた。水くらいは飲んで、あとはベッドで寝転んだままうとうとしたりぼんやり天上を見上げていたら、インターホンの呼び出し音が鳴った。
    「……ッ」
     一虎は反射的にベッドの上で飛び起きたが、「いや、千冬が来るワケねーし」と瞬時に気分が盛り下がり、再びベッドに横たわる。
     しかしインターホンは鳴り止まず、あまりにしつこいので、腹が立った。ベッドを殴りつけるようにして再び身を起こし、荒い足取りで玄関に向かう。
    「誰だよ、しつけーな!」
     乱暴にドアを開いた一虎は、そこに以外な人の姿をみつけて目を瞠った。
    「ドラケン……?」
    「何だ。生きてんじゃん」
     一虎を見下ろすやたらデカい男は昔馴染みの友人だ。ドラケンは特に安堵したというふうでもなく、かといってつまらないという雰囲気でもなく、ただそう呟いている。
    「え、何?」
    「いや、オマエが店サボって何やってんだよ。滅多なことになってねえだろうな?」
     ――そうだ、働き口を世話してくれたのはドラケンだった。一虎は今さらそれを思い出し、本当に自分は駄目だなと、ひどく情けない気分になった。
     項垂れる一虎の頭上から、大きな溜息の音が聞こえた。
    「ほら、差し入れ。オレの分も買ってきたから中入れろ、メシ食うぞ」
     ドラケンが手にしていた弁当屋のビニール袋を強引に一虎に押しつけ、玄関の中に上がり込んでくる。一虎もドラケンに追い立てられるように部屋に戻った。ドラケンはさっさとテーブルの上のカップラーメンの空き容器やペットボトルをゴミ箱に放り込み、床に腰を下ろしている。一虎もその向かいに座って、ドラケンの買ってきてくれた焼肉弁当を開けた。結構高いヤツだ。ひさびさのまともな食事が舌と身に沁みる
    「で、どうしたんだよ」
     弁当を半分食べた辺りで、ドラケンが訊ねてきた。
     一虎は正直に「デリヘルにハマったけど、相手と連絡が取れなくなってヘコんでる」と告げた。嘘は言っていないが大分端折った説明だったから、ドラケンは呆れ果てるだろうと思うと顔が上げられず、俯いてボソボソ小声で説明する。話し終えてもなかなかドラケンが何も言わないので、段々怖くなってきて、一虎はそっと視線を上げた。
     ドラケンは黙り込んだまま、一虎ではなく、ちょっと離れた床の上を見ていた。何だ? と思ってその視線を追った一虎の目に、床に落ちた名刺が入る。
     デリヘル店のロゴとホームページや住所、アドレスと電話番号が入った名刺だ。他のデリヘル嬢のように手書きのメッセージも華やかな飾りもない紙切れだが、真ん中にでかでかと『タロウ』という、どう見ても男性の源氏名が印刷されている。
    (……ま、いっか)
     性別は濁しておいたが、それで相手が男だというのはドラケンにもわかってしまっただろう。
    「そう、それ、その相手が置いてったやつ」
    「あー……」
     ドラケンは、いかにも「何とも言いがたい」という調子で唸るような声を漏らしていた。
    「……悪ィ、コメント難しいなこれ」
     ものすごく気まずそうなその声に、一虎はつい苦笑を漏らす。
    「オレがこっち系で、ドン引きか?」
     特に男が好きなつもりもなく、『タロウ』以外に呼んだのは女ばかりだったが、一虎はわざと自嘲的に言ってみた。
    「いや、別にオマエがどっち系でもいいけどよ、オレは」
     本当にどうでもよさそうに言うドラケンに、一虎は首を捻る。ではなぜコメントが難しいのか?
    「だからって、まさかオマエが千冬の客になぁ……」
    「!?」
     ドラケンの口から聞こえた名前に、一虎は大きく目を剥く。
    「ドラケン、知ってたのかよ!?」
    「知ってたってか、千冬にその店斡旋したのがオレだからな」
     名刺を見ながら言うドラケンに一虎はますます驚いたが、そういえば彼の『実家』も風俗店だったと思い出す。同業のツテがあったのだろう、と思い至ると動揺は落ち着いたものの、今度は何となく、恨みがましいような、責めたいような気分が浮かんでしまった。
    「……斡旋とか、何で」
    「何でってそりゃ、手っ取り早く稼ぎたかったら夜職が一番だからな。昼のバイトだけじゃたかが知れてるだろ」
     残りの弁当を頬張るドラケンを見遣りつつ、自分はもう何だか食欲が失せて箸を置きながら、一虎は眉を顰めて相手を見遣る。
    「止めなかったのかよ、ドラケン」
     弁当を飲み込んでから、ドラケンが一虎を見返した。
    「客から聞かれるたぁ思わなかったなあ?」
     皮肉っぽく口の片端を持ち上げて笑われ、一虎は自分の発言の愚かさに気づいて項垂れる。
    「……ゴメン」
     一虎があまりにしゅんとしていたからだろう、ドラケンが表情を苦笑に変えた。
    「デリでも箱でも働いてるヤツらごまんと見てきたけど、そこにしか居場所がねぇとかソレしかできねぇのもいれば、好きでやってるヤツもいたし、金のためって割り切って目標金額貯めたらスパッと辞めるヤツもいたよ。千冬は最後のだろ。まあパパ活だのママ活だのの売春よりはよっぽど健全だよ」
    「健全かぁ……?」
     風俗店が健全と言われても、一虎にはどうもピンとこない。ドラケンには睨まれた。
    「反社と一切関わりなし、ドラッグは合法でも禁止、基盤円盤は一発アウト、本強する客も悪質なら即通報。オマワリサンにも税務署にも堂々と顔向けできる健全優良店だよ、舐めんな」
    「千冬はこわいお兄さんがバックにいるって」
    「オレみたいのが出てけばビビんだろ、大抵のヤツは」
     たしかにドラケンの見た目はいかついが、今や完全に堅気だ。千冬も反社がバックにいると言ったわけではなかったが。
    「でも、危ねぇ客だっているだろ、家にも呼ぶわけだし……や、呼んでたオレが言うなって話だけど……」
    「ちゃんと送迎あるし、客の出したもんには口つけないよう指導してあるし、入りと出で店に連絡するから危ないことはそうそうねえよ」
     そう言ってから、ドラケンが呆れたように一虎を見た。
    「てか、アイツの腕っ節ならなまじっかなヤロウなんて相手にもなんねぇっての」
    「……あんなに可愛いのに」
     つい呟くと、ゲホッとドラケンが噎せた。
    「オマエ、マジですっかりやられてんのな。さっき話聞いた時から相当だと思ってたけど……」
    「もう、わかんねぇ。千冬に会いたいんだか、タロウに会いたいんだか」
     混乱して、一虎は両手で顔を覆う。目を閉じると頭に浮かぶのは、この部屋でまるで恋人のように優しく気持ちよくしてくれた『タロウ』、それからパーちんの店やファストフードで会った時のそこそこ親しげだけれどどことなく距離を感じるような態度の千冬、あとは朧気に記憶に残る、十年以上前に東卍の特攻服を着て場地の隣に立っていた中坊時代の千冬の姿。
     自分が誰のことを考えて、誰と会えないのが一番辛いのか、一虎自身にもさっぱりわからない。
    「嬢やら姫やらの営業に騙されんなよ……って言いたいところだけど、千冬だからなあ」
     もはや頭を抱えるような格好になった一虎に、ドラケンが何となく気の毒そうに呟いた。一虎は眉を顰めて目を上げる。
    「『千冬だから』?」
    「アイツ全然演技できなくて、ドM以外の本指がなかなかつかねえってボヤいてたんだよ。たしかにまあ、頑張ってしおらしくしてりゃ見て呉れは可愛い方なんで、愛想ないならせめて本番サービスしろって調子に乗ったバカを二、三回バチボコにして、相手も警察沙汰は勘弁って泣き入れたから店も今んとこ見逃してくれてるけど、次はねえぞってオーナーから言われたらしい」
    「……?」
     ドラケンの語る千冬と、自分の知っている『タロウ』の姿が、一虎の中でうまく重ならない。一虎は混乱してただ首を捻った。
    「千冬、普通にめちゃくちゃ可愛かったぞ? テクもすごかったし、とんでもなくエロいし、いやでもたしかに作り笑いなの隠しもしねえなと思うこともあったけど、でもプレイの最中は何かもうオレ千冬と付き合ってんじゃねえかって勘違いするような……」
     ドラケンが途中で慌てて自分の耳を両手で塞いだ。
    「待て、何か聞きたいような聞きたくないような……いや聞きたくはねぇな……」
    「大事にされてるなあって。金ヅルだから優しくしてくれてたんだって納得しようと思ったのに、全然できなくて、やっぱ会いたくて、もう二度とアイツに触ったり触られたり出来ないとか考えるだけでやる気出なくて」
    「待てって、止まれ一虎、わかったから」
     耐えかねた様子で、ドラケンが一虎の前に掌を突き出した。
    「――そういうのはオレじゃなくて、本人に言ってやれ」
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