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    さんじゅうよん

    @kbuc34

    二次創作の壁打ち。絵と文。

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    さんじゅうよん

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    古い落書きを最後まで書いただけなのでうすぼんやりしたしあがり。
    うたひめせんせい死ネタですご注意。

    #五歌
    fiveSongs

     すぐにくるんじゃないわよ、と君は顔を顰めた。
    「七海と、夜蛾せんせ、と……けほっ、夏油と、みんなで、酒盛りするんだから」
    「歌姫。もう、喋んないで」
    「うるさいっ、あんたの悪口いって、盛り上がってやる、の」
     下戸は邪魔なだけだから来るなと、血反吐と一緒に吐き捨てて、最後に笑った。
    「……だから、あんたは、ゆっくり……ね? みんなで、いくらでも、いつまでも、待ってるから」
    「歌姫、お願いだから黙って。もうすぐ硝子来るから」
    「ばか。もう、むりだ、て。…………ふ、せい、ぜい……長生き、しろよ。五条」
     ──────あいしてる。
     僕しか知らない、とびきりの甘い笑顔を浮かべて、優しく頬を撫でてくれた指先が血の海にばしゃりと沈んだ。










     君が最期に遺した呪いが、今も、僕を生かしている。










     今日も今日とて散々な一日だった。
     次から次へと舞い込む面倒事と決済書類の山に囲まれて、溜息を零す。
    「……酷い有様だね」
    「そう思うんなら手伝ってよ、硝子」
     大体こんなもん僕がやる必要ないと思うんだけど、とデスクに頬杖をついてぶうたれる。
     ノックもなしに中へ入ってきた同期は、未決済の山に一束書類を追加すると僕を見下ろして鼻先で笑った。
    「さっさと片付けなよ。溜めるからいけないんだろ」
    「そうはいうけど、外回りもあるんだぜ? いくらなんでも働かせすぎじゃない?」
    「…………その方が、都合がいいだろう。何も、考えずに済んで」
    「……」
    「もう、一年は経つけど。まだ、眠れないの?」
     薬でも出そうか、と硝子は言う。
     僕は笑った。
     乾いて引き攣った明るい笑声は、我ながら歪で気味が悪い。
    「────っは! はは! もう一年? 冗談じゃない、まだ、たったの一年だよ。ていうか何年経ったって変わんないから。忘れられるわけがない」
    「……」
    「………………ほんっと、酷い女だよ。宴会するから下戸は来るな、なんて。僕の悪口を酒の肴にするんだってさ」
     仲間の死など、幾つと知れぬほどに眺めてきた。それは、指折り数えるのも馬鹿馬鹿しいほど身近なものだ。いつだって、弱いやつから死んでいく。全てを救えるほど僕は万能じゃない。一つ一つの死を丁寧に悼んで、いちいち立ち止まることなんて許されない。そんなことをしている暇があるなら、一体でも多くの呪霊を祓うべきなのだ。
     わかっている。
     けれども、あの日の喪失を、これまでのように、数多ある死の一つでしかないのだと片付けられない。
     未だに夢を見るのだ。滴る赤が、見る間に黒く冷めていく様を肌が覚えている。肺を血液で溺れさせながら、今際の言葉を拙く吐き捨てて、僕を見上げて笑っていた。最後のお別れなんだからもうちょっと優しい台詞をくれたってよかっただろうに、いつも通りの憎まれ口を、叩いて。おまけに、長生きしろ、だなんて。
     もう、この世のどこにも、君はいやしないのに。
     煩わしいほどに鬱屈と賑やかだった現世の全てが、今や彩(いろ)を失った。体を焼く火の粉を振り払うのも億劫なくらい、何もかもがどうでもいい。痛いも苦しいもわからない。何しろ僕は、君を喪ってからずっと、血反吐を吐いて地を這いずっているのだ。胸にぽかりと空いた穴から滴る痛苦に敵うものなどありはしない。
     それでも、生きている。
     どうしようもなく。
     いっそ君の後を追いかけたかったくらいなのに、他ならぬ歌姫が、僕を、拒んだから。付いてくるなと手を振り払うくらいなら、せめて、もっと意地悪に罵って欲しかった。お陰で僕はぎりぎりのところで踏み止まって、以前と変わらない暮らしを続けている。
     ────────愛してる、なんて。
     そんなの、僕だって、そうだよ。
     君がいなくなってしまっても、二度と抱き締めることができなくても。最期の最後に綺麗な笑顔と呪いの言葉を押し付けて、一人、置き去りにされたって。薄情な仕打ちを憎らしく恨めしく思いながらそれで僕は、君が、好きだ。
     愛してるよ、歌姫。
     こんなつまらない世界で長生きなんて心底御免だけれど、他ならぬ君のお願いだから、渋々でも叶えてやろうと思うのだ。
    「…………。五条」
    「心配しなくたって、後追いなんかしないよ。やること山積みで逃げらんねーし。感動の再会は、老後の楽しみに取ってあんの。……次会ったら、絶対、文句言ってやる」
    「……」
    「あーあ、会いたいなあ…………歌姫の怒鳴り声が聞きたい。いつもみたいに、僕の顔見て、顔真っ赤にして、馬鹿って怒って欲しいよ」
     ないものねだりとは知りつつも、芝居じみた仕草で肩を竦めて見せる。
     これでも場の空気を読んで戯けて見せたつもりなのだが、むしろ硝子は苦しげに眉を顰め「ほんとにね」と小さく呟いた。
     ずず、と小さく鼻を啜る音がした。
     顔を背けて深く俯く硝子の後ろ姿に、言葉を失う。僕がそうであるように硝子もまた、同じ、なのだろう。君の形でぽかりと空いた隙間を埋められずにいる。
     僕らにとって、歌姫は、あまりに大きな存在だった。
     この空虚が、この先、他の何かで埋められるとは到底思えない。時の流れが次第に欠落の輪郭を曖昧にしてゆくのだとしても、僕は、君のいないこの地獄に、馴染んで宜しくやる気は毛頭ない。
     幸せになど、決して、ならない。
     歌姫なんて、僕の一生を不意にした償いに、地獄にでも堕ちたらいいのだ。
     ……そうすればきっと、何十年経ったその後でも、追いかけて追いつける筈だから。
    「あんまめそめそしてっと、それこそ歌姫に怒られるよ?」
    「…………煩いな……君にだけは、言われたくない」
     むっとしたように吐き捨てて硝子が出て行くのを見て、僕は、薄笑いを浮かべて手を振った。










     花の季節がやってきた。
     現役を退いて、そろそろ十年が経つ。僕も、夜風の冷たさが節々に滲みる歳になった。未だに現場に呼ばれるものの全盛期のキレを思えば程遠く、いい加減本格的に隠居でもしようかなあと思い悩むこの頃だ。
     意地でも長生きしてやろうとは思ったが、まさか本当に爺さんになるまで生き延びるとは思ってもみなかった。率先して危ない任務に次々と手を挙げたのは、一体何の為だったのやら。ひやりとしたことは幾度もあったものの、結局、五体満足健康そのもので元気に毎日老害をやっている。
     けれどもまあ、いい加減、それも潮時だろう。
    「久し振りね」
    「………………。なに、やっとお迎え?」
     夜半。
     眠りについた筈の僕の枕元に、懐かしい女の姿を見た。
     艶やかな黒髪。ハーフアップの髪を結ぶリボン。白の小袖に赤い袴を合わせ、不機嫌そうな顰め面には大きな傷がある。
     ──ああ。あの頃のままだ。
     幾度、その姿を夢に見たことだろう。数十年の時を経ても片時たりとも忘れることはなかった。恋しい君が、老いた僕を見下ろしている。
     思わず文句を言った。
    「遅いよ。待ちくたびれたんだけど」
    「……それって普通、私の台詞じゃない?」
    「来るなって言ったの、そっちじゃん」
     僕はすぐにでも一緒にいきたかったのに、と唸る。
     すると君は、呆れた顔をした。
    「馬鹿ね。いい歳して、まだそんな、甘ったれたこと言ってんの?」
    「言うよ。そりゃそうだよ。いいだろ別に、やること全部やったんだから」
    「……」
    「歌姫が長生きしろって言うから、一生懸命、生きたんだよ。お陰ですっかり、皺だらけの爺さんになっちゃった。説教垂れる前にまずは手離しで褒めろよ。頑張ったでしょ、僕」
    「…………。もう」
     仕様のない男ね、と君は溜息を零して、横たわる僕に覆い被さった。
     さらりと垂れた黒髪に、視界を切り取られる。
     僕を抱き締める体は記憶にあるものと寸分違わず柔らかだった。但し、温度はない。それでも数十年振りの感覚にほっと息を零せば、春に特有の、甘やかな香りが鼻腔に忍び込む。
     暗い夜に、冷めた花の匂い。
     それはまるで、今の彼女そのもの。
    「わかってるわよ、ちゃんと。ずっと見てたもの。だから、迎えに来たの」
     私のことなんて忘れて幸せになったら良かったのに、本当に馬鹿な男だと、この後に及んで僕を詰る。
    「死人に操立てちゃって馬鹿みたい。ご自慢の六眼と相伝術式が泣いてるわよ」
    「ちょっと。約束と違うんだけど?」
    「はいはい、よく頑張ったわね。格好いいわよ。……爺になっても顔が良くて、ほんと、むかつくったら」
    「何それ。まあ、我ながら、上手に歳食ったとは思うけどさ」
    「自信過剰かよ……まったく、中身の方は、全然成長してないじゃない」
     変わらないのね、と君が、声を震わせる。
     お互い様だろと僕は言い返して、瞼を伏せた。
    「歌姫は、綺麗なままだね。全然歳とってない」
    「……まあね」
    「僕、歌姫の倍は優に生きたから、今じゃ僕の方が歳上じゃない? 大分歳の差開いちゃったけど、爺さんは対象外です、とか今更そんなこと言わないよね?」
    「何の心配してんのよあんたは。ないわよ。……あるわけ、ない」
    「本当に?」
    「本当だってば。もう、こんな時まで馬鹿なことばっかり言って……歳なんて関係ないわよ。昔も今も、ずっと、あんたが一番、格好いい」
    「……」
    「長いこと一人にして、ごめんね。私のお願い聞いてくれて、皆のこと守ってくれて、ありがとう。お疲れ様」
    「…………歌、姫」
    「もう、一人になんてしないから。一緒に、いきましょ?」
     愛してるわ。
     そう言って、細い腕が、僕をきつく抱き締める。
     白い小袖に緋袴姿をした彼女のことを、僕もまた強く抱き返した。
     こんなこと、二度と叶わないのだと、そう思っていた。やっと届いた。これでもう、離さないで済む。
     甘やかな体を掻き抱いて、花の香りのする頸に鼻先を擦り寄せる。
    「会いたかった、歌姫」
    「私もよ」
    「……僕も。愛してる。ずっと待ってた」
     連れて行ってと強請るように囁けば、歌姫が優しく笑って、僕にキスをする。
     噎せ返るほどに強く、濃く、花蜜が香った。















     突然連絡が途絶えたことを不審に思い、高専職員が数名、敷地内にある五条悟の住居に踏み込んだ。声を掛けるも応答はなく、外出の痕跡もなく、虱潰しに部屋を一つ一つ確認して行ったところ、最後に寝室に行き着いた。
     ドアを開き、そして、唖然とする。
     寝室の窓が開いていた。白いカーテンをぱたぱたと強く揺らす風が、今が盛りと散る薄紅を部屋の中に吹き込んで、ひらひらと散らす。
     淡い花弁に飾り立てられたベッドには、老いた男が眠っていた。静かに目を伏せ、息はない。血の気を失くした唇が、緩く、満足げな笑みを湛える。
     ──────────それは、凄絶なまでに美しく、穏やかな、死。
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