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    りつまおwebオンリー『昼下がりの約束』開催おめでとうございます!

    #りつまお
    overearnest

     真緒が海を越え遠く異国の地を踏みしめる頃、凛月はすっかりくつろいだ気分で歩き慣れた廊下を進んでいた。

     真緒の海外ロケが決まったのは突然のことだった。普段はもっぱらユニット毎に行う国内での仕事がメインで、移動を含めても数日程度の規模とはいえ、特にスケジュール調整の必要な海外での、まして単独での仕事となるとそれなりに珍しい部類になる。スーツケースをひっくり返しながら、ああでもないこうでもない、先輩がもっと大きい物を持っているはずだから借りてこよう、インスタントの味噌汁でも持って行くか、等々、本人というより主にユニットメンバーによるささやかな騒ぎの果てに、真緒は旅立って行った。

     一方の凛月はといえば、今日片づけなければならない仕事は午前中に全て終わらせたので、あとはもうなんの予定もないオフだった。外は日差しが厳しく気温も高い。のんびり昼寝でも楽しもうと、寮の自室へ帰ってきたところだった。
    何か冷たい飲み物でも取ってこようか、と迷いながらも体は既にベッドに横になったところで、ポケットに入れっぱなしにしていた携帯端末が震えた。画面には初めて真緒が表紙を飾った記念に、と教室で本人と雑誌とを並べて撮影した際の写真が、着信の文字とともに表示されている。珍しく少しはにかむような表情を見せる真緒がいたく気に入り、アイコンに設定したものだった。 
     日本に残している仕事も多いので、電話はいつでも繋がるようにしているから、何かあったらかけてくるようにとは言われていた。あちらからかけてくるとは、という驚きと、少しの喜びのままに通話ボタンに触れる。
    『もしもし、俺だけど。今大丈夫か?』
    機械を通しているせいか、記憶の中のそれとは若干異なる声が耳にくすぐったい。
    「大丈夫だよ、今日はもう店じまい。ちょうど寮に帰ってきて昼寝しようかなって思ってたところ。みかりんも仕事でいないから、俺一人。」
    『そっか、お疲れさん。俺もホテルに着いたところなんだけど、こっちはもうすっかり夜でさ、時差があるって変な感じするよな………この前凛月が言ってた映画あっただろ、あの怖いやつ。あれ、飛行機の中で見たよ。』
    どれのことだろう、と一瞬考え、すぐに思い当たった。気に入りの監督の最新作で、既に本国では評判も上々の一作だった。
    「え~~、見ちゃったの?まだ日本公開前じゃん、ま~くん英語分かるっけ?」
    『いや、字幕とかもついてなくってさ…雰囲気でなんとなくの流れは分かるんだけど。分かるのに分からない感じが逆に怖いっていうか。雰囲気で話をつかまなきゃならないから、ちゃんと空気を感じとろうと集中して見てるだろ、そうやって静かになったところで___』
    「ばあ!!!」
    『っっ、っ、おいやめろって!』
    「あっははは、ごめんごめん。でもま~くんが悪いんだよ、俺、一緒に見たかったのに…」
     別に約束をしていたわけでもないので、特に悪いということもないのだが。たまたま一覧にその映画を見かけた真緒が、普段なら選びもしないホラー映画をわざわざ選んだというのなら、その時にはきっと凛月のことが頭に思い浮かんでいたのだろう。その想像は凛月の心をわずかに浮上させるには十分な温度をもっていた。
    『えっ、そうだったのか、ごめんなりっちゃん…?』
    「んー、ま~くん最近は割と昔みたいにりっちゃんって呼んでくれるよね。嬉しいけど、ご機嫌とりに使おうとしてるのは微妙なんだけど?ま~くんはそういう小癪なことしない良い子でしょ?」
    ふふ、と笑いながら体勢を変えて仰向けになる。
    『いや俺もとっくにいい子って歳ではないんだけど…それになんというか、もういっそあだ名呼びは子どもっぽくて恥ずかしいみたいな歳も抜けたというか。いや、待て、今から頼もうと思っていた事とこの話は相性が悪い。』
    「?なにそれ。映画の感想聞かせたくてかけてきたんじゃないの?」
    『それならそっちに帰ってからゆっくり話すって…あー、そういうんじゃなくって……』

     言い出しにくそうに言葉を濁す真緒に、珍しいこともあるものだとささやかな緊張が走った。




    「あは、あははは、嘘でしょま~くん、あはははは」
    『そんなに笑うなって…こっちも恥を忍んで電話してるんだから…』
    「ふふ、かわいすぎる…俺はもう大人だーみたいなこと言っておいて…ふふふ………」
     笑いすぎてこぼれた涙が枕に吸われていく。持っていられなくて切り替えたスピーカーからは情けないため息が響いていた。
     海を越えて電話をかけてきた愛しいま~くんの用件とは、簡単に言ってしまえば『ホラー映画を見たら怖くなってしまったので、お風呂に入っている間に通話を繋いだままにしてほしい』というものだった。

    『しょうがないだろ、ちょうどシャワー浴びてる時に後ろから驚かされるシーンがすっごく怖くて嫌な感じだったんだから………』
    「はー笑った笑った。これはもう今年一番のおもしろ体験かもしれない………いいよ、俺がま~くんの可愛いおねだりを断るわけがない。どうぞゆっくり入ってよ。」
     ありがとう、だか、どうも、だか、歯切れの悪い返事とともにゴソゴソと何かを探るような音がする。着替えの準備でもしているのだろう。
    『端末の防水機能ってそんなに必要かって思ってたけど、まさかこんな風に使う日が来るとはな』
    「まあ寮だとお風呂に持って入ることって無いしね。俺は料理の時にレシピ見たりメモ取ったりするのにキッチンに置いてることもあるから、防水だとちょっと安心だけど。」
    『あーなるほど、水場で使う予定がある人には確かに__ホテルの風呂場ってちょっと薄暗いとこもあるけどここ割とちゃんと明るいな………。』
    「おっ残念だったね、途中で電球切れちゃいそうなおんぼろホテルだったらホラー体験できたのに。」
    『流石にそんなところは取らないだろ、仕事先が用意してくれたホテルだし』
    よそのシャワーってお湯の温度調整が難しいよな、というつぶやきに次いでじゃぶじゃぶと鈍い水音が響く。
    「頭洗うのに目つぶったら怖いでしょ、シャンプーハット持って行けばよかったね。帰ってきたらプレゼントしてあげるよ。………そういえば昔もさ、小学生の時だったっけ、ま~くんと一緒にホラー見てその後のお風呂一緒に入ったことあったよね。あの頃のま~くん可愛かったなあ。」

     懐かしさに目を細め、思い出す。
     あの時もすっかり怖がってしまった真緒と一緒にお風呂に入って、頭を洗ってあげたり洗ってもらったりしたのだ。他に家に泊まりにくるような友人はおろか、宿泊行事だってろくに参加していなかった凛月にとって、それまで誰か他人と一緒に入浴をする機会なんてほとんど無かったのでよく覚えている。ま~くんは手先が器用なのでシャンプーだって上手かった。一緒に住んだら毎日洗ってもらえるなーとか考えていたのだって覚えている。まあ、今もある意味では一緒に住んでいると言えなくもないのだが、結局は仕事が忙しくてお風呂に入る時間だってそうそう揃いはしないし、子供の頃のささやかな夢は夢のままだった。
    『えっ凛月、なにか言ったか!?というか通話繋がってるよな!?喋ってくれよ!』
     いやちゃんと喋ってるじゃん、と抗議しようとして、なるほどこちらの音声はシャワーの音にかき消されているわけだと察しがついた。同時にその程度ではさえぎられずに真っ直ぐに届く真緒の声に、凛月はあはは、と笑いをこぼした。
     真緒は、出会った当初のほんの子供の頃から他の人間よりもうんとしっかりしていた。それでも歳相応に怖いものは怖かったらしく、凛月の趣味に付き合う際には明るい時間帯を選んで、時には目をそらしたりして、少しずつ耐性をつけたのか、あるいは単純に年齢を重ねたせいか、今では多少のホラー描写には動じなくなっていた。そんなところを少々つまらないと思っていたものだが。
     真緒がこうも怖がるということは、今回は前作にも増した力作なのだろうか、と映画への期待値が高まる。
     キュッと蛇口をひねる音と共に水音が止んだ。

    「ちゃんと流せた?トリートメントもしないとダメだよ。外国の水ってすぐ髪キシキシになっちゃうって言うし。俺はあんまり感じたことないけど。」
    『凛月は意外と髪とか肌とか丈夫だよな。普段からしょっちゅうその辺で寝て葉っぱやら砂やら付けてるのに、傷んでるのって見たことない気がするよ。メイクもそんなに厚く塗られてないだろ?』
    「ま~くんは時々クマ隠されてるよね……忙しいのは分かってるけどさ、ちゃんと体を大事にしてほしいわけ。不健康だと血も不味くなっちゃうでしょ、ま~くんの血は一滴残らず俺のものなのに。」
     真緒は何があってもなくても常に働きまわっているような男だったが、最近は特に多忙を極めていた。目立って大きなトラブルこそ起きていないものの、そもそも普段から受け持っている仕事が多いのに加えて、わずかに生じた隙間には今回の海外ロケがねじ込まれていた。経験しておきたかった仕事だったか伝手を作っておきたい相手先だったか、とにかく外せないんだよな、という旨の話をしていたことは凛月の記憶にも新しい。
     凛月とて本来のアイドル活動に加えてユニットの調整役に回ることはあれ、真緒のようにおよそ一人の人間が背負うような仕事量を大幅に超えないようには管理されていた。
     とにかくここのところは真緒の忙しさゆえ、2人のいる場所が外国であろうが、学院であろうが、究極的には同じ寮の数部屋隣りに帰って来ていたとて、顔を合わさずに一日が終わるということも多かった。
    『いや、俺の血は俺のものだけど……ていうか今トラウマを掘りかえすような話をするなって、怖がってる人間には優しくしてくれ。』
    「俺はいつだってま~くんには優しいよ。ねえ、映画そんなに怖かったの?俺まだ予告編もちゃんと見てないんだよね、監督買いだからさ、どう転んだって絶対見るしなあって思ってて。」
    『まあな、怖かったよ。こうして電話かけちゃうくらいにはな。』
    「いいな、俺もついていけばよかった。そしたら一緒に見られたのに。日本での公開って来年だよ、来年。………あ、いや待って。字幕も吹き替えもついてないけど配信はもうやってるんだっけ、便利な世の中だよねえ。せっかくだし俺も今から見ちゃおっかな。」
     話の大枠はあらすじでも読んで確認すればいいし、どうしても知りたければインターネットを探せばそれらしきものは分かるだろう。あの監督はストーリーというよりも派手な映像演出にこだわっているタイプだから、最悪、映像だけでも先に堪能しておくという手もある。
    『えっっ!!!!待って、もう配信やってるのか!?うわ、ま、待ってくれ、ちょっと……』
    「え?なに、そんなに慌ててどうしたのま~くん。落ち着いてよ。」
    『えっあ、いや、その………』
    ずいぶん唐突な動揺を見せる真緒に、なんだなんだとつられた凛月の鼓動も早まる。
    『あーその、ほら、せっかく楽しみにしてた映画なんだし、話が分からなかったらもったいなくないか?来年公開された時に映画館で見たらいいだろ、来年。』
    「まあそうなんだけど。ま~くんが帰ってきたら感想聞きたいし言いたいし、いい機会だから俺も先に見ておこうかなって。今日もう昼寝くらいしか予定なかったしさ。」
    『ああ、そう……そうか………』
     どこか力ない真緒の声が反響し、ぽたりと水滴が落ちる。すぐ体とか洗って出ちゃうから、ちょっと待っててくれるか、と言ったきり、怖くないように喋り続けてくれと凛月に要求することは無かった。


    『今ものすごく反省している。恥ずかしくないようにって賢く立ち回ろうとすると、余計にどうしようもない形で恥をかくんだな………。』
     シャワーを済ませ、服を着て落ち着いたらしい真緒に、はあ、と生返事をしながらも凛月の頭の中では疑問符がぐるぐると回っていた。
    「え、それでどういうこと?なんだって急に慌ててたの?」
    『あーーー、悪い。あのな、凛月が見たらすぐバレると思って動揺して…映画の中にはシャワーのシーンなんて無かったんだよ。』
    「はあ?」
    『だからつまり………その、別に映画が怖かったから電話をかけたわけではなくて。』
    「うん。」
    『海外まで来てさ。言葉とか風景とか、当たり前だけど日本とは全然違うし。』
    「ああ、まあ、そうだねえ。」
    『飛行機で映画見てる時、あーこれ凛月が言ってたやつだなーって思って。………忙しくて自分でも知らない内にまいってたんだろうな。一緒に来たスタッフさん達だっているけどさ、ホテルで一人になったら、なんか、すごく一人だなって思って。』
    「うん………」
    『俺は身軽な方だし、色んな人と喋ったり新しい事したり、そういうのも好きだし得意だから。割といつでもどこにでも行ける人間だって思ってるんだけど。』
    知ってる、と口の中だけでささやく。事実として、真緒はきっとそういう生き物なのだろう。
    『いざ遠いところで一人ぼっちになると、寂しくてさ。ああ凛月に会いたいって、そう思ったんだ。』
    「えっ………」
    『多分俺にとってもう半分自分家みたいな、安心する感覚なんだよ、凛月のこと。でもまだ着いたばっかりでホームシックですって、早すぎるし。正直に言うのも恥ずかしいだろ………今回の撮影、正直ちょっと無理にねじ込んだなって自覚もあったし、忙しくしたのも自業自得なのに。ちゃんとやれるって飛び立っておいて、寂しくて電話かけましたーなんて。そんなに何日もかかる仕事でもないのにさ。』
    顔と、お腹の奥にぐっと熱が集まる感覚がある。こっちだって恥ずかしくて、嬉しくて、耳から取り込んだ言葉が反響する。俺に、会いたいって思ってくれて、それで、よく分からない言い訳で誤魔化してまでこうして電話をかけてきたと、つまりそんな事が。あの小さな頃から人一倍しっかりして、いつだってきちんと独立した人間ぶって、余分に人の世話まで一生懸命に焼きたがる真緒が。
    「嬉しいよま~くん………俺も寂しかった。ずっと忙しくて、すぐそばにいるのにちょっとしたお喋りもできなくて。ううん、本当は話そうと思えばいつでも話せたんだろうね…忙しいんだから邪魔しちゃいけないって思って、無理に物わかりのいい大人ぶってた。」
     きちんと言葉にすることで、曖昧に閉じ込めていた寂しさは確信に変わった。自分の感じていたものが、自分一人のものではなく、真緒も同じものを抱えていたのだというそれが、何よりも嬉しかった。
    「それにしたってどんな言い訳してるの…ま~くんって要領いいくせに変なところで変なことするよね。」
    『はは…日本での公開は来年だって聞いてたし、凛月が見る頃には今日のことも忘れてるだろうから、よし、映画を口実にしたら自然な流れでいけるって思って……いや、疲れてるんだな俺。頭が回ってなかったみたいだ。』
    「ほんとだよ……。それにね、俺は忘れない。ま~くんのこと、全部忘れないよ。だから今日何も聞かずに平和に電話を切って、映画は来年見ることになってたってきっと、その時になって思い出して問い詰めて、ま~くんは一年越しに恥ずかしい思いしてただけ、絶対そう。」
    『反省してます……本当に色々と。ずっとできてるつもりでいたけど、俺ももっと仕事量の管理できるようにならないとな。忙しくしてるのは好きだけど、それで自分のことも大事な人のことも、ないがしろにするの、良くなかったよ。帰ったらもっと空き時間作ったりちゃんと調整する。だから……やっぱり今日映画見るのはちょっと待ってくれ。遅くても来週には帰国するから、そうしたらりっちゃん、俺と一緒に見てくれるか?』
     少し緊張したような、優しい声が凛月の心を温める。きっとお互いに、カメラの前でも見せないようなとびきり特別で、そしてとびきり情けない表情をしているのだろう。早く顔が見たいな、と願いながら、凛月はそっと息を吸い込んだ。

    「ホラーでも、アクションでもコメディでもいいよ。一緒に観て、一緒にお風呂に入って、一緒に眠ろう。楽しみに待ってるから、早く帰って来てね。」
    満たされた気持ちで目蓋を下ろす。今夜は素敵な夢がみられるだろう。そして並んで一緒にみる夢は、きっともっと。
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    梅酒美味しい

    DONE※真緒に元カノがいます。ハッピーエンドではないです。あとほんのり背後描写注意。

    切ないのが書きたかった。色々崩壊してるけどご容赦ください。
    運命の人なんて信じてないけど、もしそんな人が存在するのなら。
    それは、君しかいないと思っていた。


    「好きだよ。付き合ってほしい。」
    素直な気持ちを伝えた。
    あくまでさりげなく。
    でも真剣に。

    「・・・ごめん。お前の事、そういう目で見たこと無い。今までも、これからも。」
    申し訳なさそうに。でも、ちゃんと目を見て伝えてくれる優しい君。

    両思いだと思ってた。何もかもお互い知っていて、だからこそ一番側で背中を預けられた。
    間違いなくお互いを信頼していた。
    辛い時は涙が止まるまで一緒に座っていたし、沢山話も聞いた。
    彼女が出来たって嬉しそうに伝えてきてくれた時も、振られて落ち込んでいた時も一番に駆けつけて共感したのは自分だった。
    最後には、自分と一緒に幸せになると。幸せにすると。信じていたから。

    「・・・りつ。お前のその気持ちは家族とか友達とかに対して思う気持ちだと思うぞ。恋愛じゃなくて、親愛の方。勘違いしたんじゃないのか?」
    少し困ったように、関係が崩れないように気を遣って言ってくれた言葉。
    ねぇ、まーくん。何であの時、俺を受け入れてくれたの。
    確かにあの時、君が俺を受け入れて。お互 738