「無敵というのは敵を倒すことじゃない。
敵と友達になるということらしい。
君のような男を言うんだろうな、タケミチ君」
すっかり足の遠のいた佐野家には、おじいさん一人が暮らしていた。
決戦前夜、武道はドラケンの墓前に手を合わせるべく場所を聞いた。が、天涯孤独の彼に墓はなく、エマと想いあっていたことから佐野家の墓に入ったのだという。
佐野家の墓の場所は知っている。だが仏前に手を合わせるのが筋だろうと、佐野家に足を運んだ。
広い家におじいさんは一人きり。聞けば道場は畳んだらしい。
次々に子供が亡くなり、その理由が不良のいざこざとなれば好んで子供を通わせたがらないだろう。
小柄ではあるが覇気のようなものがあった老人は、すっかり小さくなってしまったように感じた。
エマの死にもイザナの死にも居合わせた。ドラケンの死の原因でもある。
なじられても何も言えないしそれで気が済むならそうして欲しかった。
だけれど「万次郎の友だね」と武道を迎え入れ、仏間へ通してくれた。
亡くなった真一郎、そしてエマとドラケンの写真が並んでいた。
エマを亡くした後、マイキーとおじいさんはどんな会話をしたのだろうか。
明るく気丈な娘だった。この家の明かりのような存在だった。
「夕飯には少し早いが、飯を食っていかんかね」
一人で食うのは味気なくてね、と言われてしまえば否やはなかった。
食卓に並んだのは純和風の食事で、ご飯に味噌汁、肉じゃがにほうれん草の和え物だった。
「若者は和食は嫌いかもしれんな。洋食はエマがよく作ってくれたんだがね。
独りで作る気にはならんのでなぁ」
「いえ、いただきます」
武道は手を合わせた。
「君のケガは、万次郎が作ったものだろう」
不思議と怪我の治りが早かったから、そんな素振りも見せなかったにもかかわらずおじいさんに指摘されてしまった。
すまなんだ、と頭を下げられ、違います、いや違わないんですけど、おじいさんが謝らないでください、と慌てる武道。
自分はたまたま命が助かった。片やサウスは死んでしまった。
ドラケンの死が六波羅単代によってもたらされたものであっても、それをしてはならなかった。
勝てるのか?
あれだけやられておいて。
そもそもポテンシャルが違う。そして黒い衝動に突き動かされるマイキーを誰が止められる?
違う、止めなきゃいけない。
だって、託された。
「オレは、お孫さんを…マイキー君をぶん殴って連れ戻します」
「空手や他の武道において、無敵とは敵を倒すこと。
だけれど合気道においてはそれが違うらしい。
『敵と友達になること』それが無敵とよばれるんだそうだ。
まるで君のようじゃな、タケミチ君」
恐れを。
怯えを。
まるで取り去ってくれるような言葉だった。
自分は一人じゃない。
ヒナがいる。千冬がいる。八戒がいる。イヌピーがいる。三ツ谷がいる。
ぺーやんは自分が思い詰めているのを見透かして、頼れと言ってくれた。
スマイリーもアングリーも誰も、武道の弱さを責めなかった。
ボロボロとひとしきり泣いた後、おじいさんに向かって宣言する。
絶対マイキーを連れ帰ります、と。
「無敵のマイキーはダチがいっぱいいたんです。
今はそれを忘れてる。
だからぶん殴って、思い出させます。
必ず連れて帰りますから」
おじいさんは少しの間目を閉じ、涙を一粒こぼした。
「ひとりで、奈落を歩いていく孫を止められなんだ。
君は諦めないでくれるんだな」
皺だらけの手がタケミチの手に重なる。
すまない、ありがとう。
またひとり、願いが託された。
もう誰も死なせない、傷つけさせない。
君自身を傷つけさせやしない。
だから、最後は握手で終わるんだよマイキー君。
了