世界で一番大好きな彼 お昼のピークが過ぎて落ち着いた頃、琴音は本日何度目かになるため息を吐いた。
「琴音ちゃん、大丈夫?」
「えっ、凛堂さん…!?」
気もそぞろになっていたせいか凛堂が近づいていたことに気づいていなかった琴音は驚いてしまう。
「あはは、ごめん。驚かせちゃったかな?」
「す、すいません…考え事をしていて…」
「考え事か…よければそれ、僕にも教えてくれないかな?」
「え?」
「…君の不安を少しでもいいから分かち合いたい、そしてそれを晴らす手伝いがしたい。僕は……君の恋人だから」
ミシェルたちがいることに気づきつつも恥ずかしがりながら凛堂は言葉を口にした。
「凛堂さん…」
お熱いねえ、などというミシェルたちからの冷やかしの言葉が飛んでくるが琴音は心底嬉しそうに笑い、そして悩みを打ち明けた。
「実は――」
「……同窓会?」
「はい、その案内が来て…どうしようかな、と迷ってしまって……」
「……琴音ちゃんは、会いたくない人とかいるの?」
「え?」
「もし、琴音ちゃんが行きたくないと感じているのなら行かなくていいと僕は思う。けれど、久しぶりに会いたい人とかもいて、琴音ちゃんが行きたいと思うのなら行っていいと思う。店を閉めたくないというのなら僕が店番をするし、閉めたって構わない」
「……行ってきても、いいですか?」
それに凛堂は頷き、琴音は心底嬉しそうに笑うのだった。
***
当日、結局琴音は凛堂に店番を頼み琴音は同窓会へと出かけていった。
「あーんなこと言っておいてさあ、凛堂だって気になるんじゃないの?」
「気になるって何が?」
ミシェルの言葉に心底不思議といったように質問を凛堂は返した。
「琴音ってば今日、同年代の人間の子たちと会ってるんでしょ?」
「…まあ」
「俺たちはあんまし年齢のことなんか気にしないけどさあ、凛堂はいつも気にしてるじゃん。だったら気にしないのかなあ、って」
「き……」
「き?」
「気にしないわけがないだろう!?」
琴音がいないからこその大声にミシェルは楽しそうに笑う。
「何で笑うんだよ!聞いたのはお前だろう!?」
「あはは!まあ、そうなんだけどさ~~」
「くそ……」
悔し気に奥歯を噛み締める凛堂。そんな彼に今気づいたかのようにイグニスは言葉を零す。
「気にするんならなんで行かしたんだよ」
「ぶっ」
それにミシェルは吹き出すと楽しそうにまた笑う。
「それは――」
「イグニス!あなたは分かっていません!」
それに言葉を連ねるのは凛堂ではなくイルで。男のプライドなどを語られるがイグニスによる「みみっちいプライド」の一言で一蹴されてしまうのだった。
「うう……」
「あはは……はー、笑った。…でもさ、凛堂」
「ん?」
「琴音は多分、嬉しいけど多分引き留めてほしそうだった気もするなあ。俺」
「そう…なのかなあ」
「そうだって。それに彼氏に他の男がいるところに送り出されるなんて複雑にならない女の子はいないと思うけど?」
「う、それもそうか…」
「ってことで店仕舞いの準備してきな」
「は?」
「魔王様のとっておきのサービスで凛堂に魔法をかけてあげるからさ――」
***
同窓会が終わり、会場を出たところで私は驚いてしまう。
「り、凛堂さん!?」
「あ、あはは……こんばんは。琴音ちゃん」
「こんばんは――じゃないですよ!どうしてここに!?」
「それは、知り合いの魔王様のおかげ。と言うしかないかなあ」
その一言で気づいてしまい、それならしょうがないと言って笑うしかなかった。
「…今日は楽しかった?」
「…気分転換にはなりました。でも…」
「でも?」
「やっぱり、凛堂さんと一緒の方がもっと楽しいです」
「琴音ちゃん……えーっと、こほん、じゃあえっと今からアンシャンテで一緒にデートなんてどうですか?」
「素敵です!」
笑ってその手を取ると凛堂さんも嬉しそうに笑った。
すると後ろから同窓会メンバーから私へ声がかかる。誰々?と言った声に私は凛堂さんに身体を寄せる。
「私の彼氏なの♪」
そんな優越感が増す言葉を放つとそのまま皆に別れの言葉を言って背を向ける。
「…あんなこと言ってよかったの?」
「いいんです。だって本当のことなんですから!」
ふふ、と笑うと凛堂さんも笑ってそれが嬉しくて堪らなくなってしまう。もう街の灯りは消えかけていて喫茶アンシャンテに辿りついた時には他の灯りは消えていた。
「――琴音ちゃん」
店の前、ぱさりと凛堂さんのパーカーは取れ顔を上げた時には私と凛堂さんの唇はくっついていた。
「――おかえり、琴音ちゃん」
「…ただいま、帰りました」
きっと私の顔は真っ赤になっているだろうけれどこの顔は凛堂さんにしか見せることがないものだから隠すことなく赤くて笑顔を写した顔を向ける。
世界で一番大好きな彼に向けて。
-Fin-