神を愛するということ「不敬だ…不敬すぎる……」
そう言って顔を青ざめ項垂れているのはパンドロだった。カフェテラスのある席に着いていたパンドロは何かを悩んでいる様子だった。そしてそんなパンドロに話しかけたのは彼の悩みの種――ではなく、アイビーだった。
「……どうしたの、パンドロ。顔色が悪いわよ」
「アイビー、王女……」
どうして、と言いたげな様子のパンドロに視線を外してアイビーが言う。
「誰だってそんな顔をしていたら気になるわよ。私が聞けることなら聞くけれど」
「…アイビー王女は、神竜様を信仰していらっしゃいましたよね?」
「ええ、そうだけど…」
「だったら、俺の話を聞いてくれませんか!?」
真剣な様子のパンドロに頷き、アイビーはパンドロの正面に座ったのだった。
***
「それでリュール…女の方の神竜様に恋してしまったってこと?」
「そ、そうです……ああ、もう本当不敬すぎる……」
「………るわ、」
「え?」
「分かるわ、その気持ち!」
そう言って感極まってアイビーはパンドロの手を握った。
「えっ、アイビー王女!?」
「私も……分かるもの、神竜様のこと…私も好きになってしまったから」
アイビーが言う好きになったという神竜は男の方のリュールのことだった。だから、同じ悩みを持つ同士として二人は共感し合い話を白熱させていった。
「そう、そうなのよね…あの人って変に鈍いというか、素直というか、人たらしというか…」
「そうなんですよ!それが困るというか、戸惑うというか……」
そして、そんな風に珍しく会話をする二人の様子はソラネルに住まう他の者には珍しく映り、噂になっていた。
***
「アイビー!」
リュールからの声かけにびくりと驚いたように体を強張らせ、振り向いた。ふわりと菫色の髪が浮いた。
「神竜様……そんなに慌ててどうしたの?」
「はあ、はあ………あ、アイビー…私、私は……」
「え、ええ……」
何か焦っているような様子にドキマギしていると意を決してリュールは顔を上げた。
「私は!アイビーのことが好きです!」
「っ!?」
その言葉にアイビーは顔を真っ赤にさせる。それでも逃がさないと言うようにしっかりとリュールはアイビーの手を握った。
「ど、どうしたの…神竜様、突然……」
「と、突然ではないです!さ、最近…アイビーはパンドロと仲がいいですよね」
「えっ、そうかしら?」
「そうです!だからその…」
そう言って途端もじもじし出すリュールに思わずアイビーは笑った。
「あ、アイビー…?」
「ふふ…嬉しいのよ。神竜様が…私に、私を思ってヤキモチを妬いてくれる事実が」
「っ……」
アイビーの言葉にかあ、とリュールは顔を赤くされた。
「嬉しいわ、神竜様。それに杞憂ね」
「え?」
「私の神様も、好きなのも神竜様だけだもの。パンドロとは意見交換していただけで…そうね、フランとクランの【神竜様ファンクラブ】みたいなものよ」
そう言っていたずらっぽくアイビーは笑った。
***
「パンドロ!」
「わっ、神竜様…!?」
片腕に抱き着いてきたリュールにパンドロは思わず驚いたように声を上げた。
「ど、どうされたんですか…神竜様…一体何が……」
「パンドロは私のこと好きですか!?」
「ええっ…どうされたんですか、一体…」
「いいから答えてください!」
「う……お慕いしていますよ…じゃなけりゃ指輪を受け取ったりなんてしません」
そんなパンドロの言葉にぱっとリュールは表情を明るくさせた。
「よかった…ふふ、よかったです」
「よかったって…?」
「その…最近、アイビーとよくいたのでそのもしかしてこれまでのこと迷惑かけたり幻滅させたりしたかもしれないと思って…」
「そ、そんなことないです!神竜様っ!」
そう、思わず肩を掴んでパンドロは主張した。自分がいかにリュールを想っているか、恋い慕っているかを。
「……ろ、パンドロっ!」
「……はっ」
信仰モードに入っていたパンドロをリュールは声で現実に引き戻す。
「す、すいませ……っ」
「も、もう…結構ですから……っ」
手で真っ赤に染め上げた顔を隠すリュール。そんなリュールを見てぴしりと固まると胸の前で手を握りしめ、パンドロは独り言のように漏らす。
「お許し下さい、神よ……」
――と。
-Fin-