Poppin'Holiday 吐き出す息が白くなる冬の日。雪こそ降っていないが、その冷え込みの中で走っていると、肺の奥まで刺すような寒さが沁みてくる。家路を急ぐ人々の間をすり抜けるようにして、ルーク・ウィリアムズは全速力で走っていた。
「まずいまずい! これじゃあ時間に間に合わない!」
例によってリカルド警察で突発的に生じた残業に追われてしまったルークは、急いで仕事を片付けて目的地に向かっているところだった。使い込まれた腕時計を見やり、さらに焦りを募らせる。通りを見回して、一台のタクシーを捕まえた。
「すみません、エリントン空港までお願いします!」
「はいよ」
ルークが車に乗り込みながら早口でそう言うと、タクシーの運転手も二つ返事で走り出した。幸い、道はそれほど混んでいないが、空港までは三十分以上はかかるだろう。タブレットにメッセージが来ていないか確認して、ルークは大きく息を吐き出した。
「そういえば……どうして待ち合わせ場所、空港なんだろう」
「なんだい兄ちゃん、空港に恋人でも待ってるのかい」
タクシーの運転手が、ルークの様子をバックミラー越しに見て軽く笑う。
「えっ、恋人? あはは、そう見えますか」
ルークは目を丸くして、すぐに照れたようにはにかんだ。
「なんだか、うれしそうなんでね」
「まあ、そうですね。似たような感じです」
完全に見破られている。客と会話する機会の多いタクシー運転手だからだろうか。いずれにしろ、うれしい気持ちを隠すつもりはない。これから会う人物の姿を思い浮かべて、ルークはふっと笑った。
「なので、急いでもらえると助かります」
「任せておきな」
気さくな運転手の厚意と磨かれた運転技術によって、ルークは無事にエリントン空港へと到着した。
だが、何事もなかったのは空港の入り口までだった。
「ママ、どこー!」
そう叫ぶ子どもの泣き声が、自動ドアをくぐるなり耳に飛び込んできた。少し奥にある待ち合わせに使う広場で、女の子が一人で泣いているのが見える。周りにはそれなりに人が居るが、誰も女の子に見向きもしない。親は近くにいないと判断し、ルークはすぐにその子に駆け寄って、目線を合わせてしゃがみ込んだ。
「どうしたの? ママ、見つからない?」
怖がらせないように、できるだけ柔らかく声をかける。すると、泣きじゃくっていた女の子はルークと目を合わせ、こくりと頷いた。
「そうか。じゃあ、君はどっちから来たの?」
「あっち」
女の子が空港の入場ゲートのある方向を指さす。そのときルークは、女の子のリュックに犬の形のタグが付いていることに気づいた。そこには、母親らしき名前と電話番号が書かれていた。
「もしかしたら、あっちからママが来るかもしれないよ」
「ママ、みえないよぉ……」
また不安そうな表情を浮かべる女の子に、ルークは微笑みかけながら手元のタブレットを操作した。
「よーく見て。君なら見つけられるはずだよ」
女の子は、ルークが指さしたゲートのほうをじっと見つめる。いつの間にか、涙は止まっていた。ルークは少しだけ安心して、タブレットの通話ボタンを押しかける。
「残念だが、その必要はねぇ」
手元のタブレットに影が落ちて、頭上から聞き慣れた声が降ってくる。
「えっ!? アーロン……?」
「ママだー!」
ルークが振り返りかけたところで、女の子が走り出す。
「あっ……!」
走ると危ないよ、と声をかける間もなく、ルークが視線を上げたときには、もう彼女は母親らしき人に抱きついていた。
連絡するまでもなかったか。
ほっとため息をつきつつ、ルークは立ち上がる。
「え……あれ?」
そして、迷子事件の解決を喜ぶ暇もなく、視界に飛び込んできた景色に目を奪われた。親子のほかに、気になる人影が、一つ。
「本当にありがとうございます。助かりました」
「……ああ、いえ!」
再会した親子が近寄ってきて、母親のほうがルークに頭を下げる。女の子も心底安心したようで、満面の笑みを浮かべている。
「お兄ちゃん、ありがとー!」
「僕はなにもしてないよ。君のお手柄さ」
再びしゃがみ込んで微笑みかけると、女の子はえへへ、と照れたように体を揺らす。それから親子が手を繋いで空港を後にするまで、女の子はルークに元気よく手を振っていた。手を振り返しながら、安心する気持ちと同時に、疑問符も浮かんでくる。やがて親子が見えなくなると、ルークは顎に手を当てて考えた。
「落ち着け僕。ここは空港だ、冷静になるんだ。もしかしたら、なにか見逃しているのかもしれない。そう、あれは昨日の夜のこと……」
「おい、勝手にモノローグに入るんじゃねぇよ。クソドギー」
隣に立っていた相棒が、呆れて肩を竦めた。
「だっておかしいだろ! 僕は君からの連絡は受けとった! 呼び出されたのも君からだ、アーロン!」
「あー、そうだな」
アーロンと会うのは久しぶりだ。わざわざハスマリーから来てくれたことはとてもうれしく思っている。それなのに、挨拶を交わすことすら忘れてしまっていた。
「思いもしなかったんだよ! まさか……」
空港を行き交う多くの足音、そのうちの一つが、今ルークの目の前でピタリと止まった。
「君がいるなんて!」
ルークのうわずった声に、目の前の彼はびくっと肩を震わせ、困ったように視線を泳がせる。
「シキ!」