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    satm_vxy10

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    satm_vxy10

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    ルーク&シキの短編。
    ゲームより前の時点で2人がもし出会っていたら…なお話。

    シンフォニー・ブルー ルーク・ウィリアムズという人物に興味があった。
     最初にファントムから名前を聞いたときは、ただ『キズナ計画』に必要なパーツの一つだという認識しかなかった。だけど、計画の準備を進める過程でふと、彼のことを調べてみようと手を動かした。性格、人柄、言動。調べられるだけのことは調べた。ファントムが引き取って、養子として育てていた彼。エリントンにある監視カメラの映像を見るだけでも、彼があちこち走り回って人々を救っているのを見ることができる。彼の立ち振る舞いは、まるでどこかのヒーローのようだった。映像からは音声は聞こえない。それでも、彼が口を開いてなにかを話すと、それを聞く街の人は自然と笑顔になる。その相手の顔を見て安心したように笑う彼の顔に、ボクはいつの間にか見入っていた。
     どんな会話をしたら、お互いが心から笑えるんだろう。
     どうしたら、彼のように人とつながれるんだろう。
     ファントムを相手に話しても、彼は貼り付けたような笑みを浮かべるばかりで、こちらの言葉は何一つ彼の胸には届いていない気がする。イアンと話しても、彼の笑顔は見たことがない。時折食事を差し入れてくれるその瞬間だけは、ボクを心配する柔らかな空気を感じることはあるけれど。
     そんなことを考えるボク自身、最後に笑ったのはいつか、わからない。
     そういうことを考えないように、ひたすらパソコンのモニターと向かい合って、作業に没頭し続けていた。それなのに、「ルーク」のことを調べてから、彼のことが頭の隅にちらつくようになった。睡眠も忘れて打ち込んでいた準備の手が、時々止まってしまうほどに。

    「……ダメだ。このままじゃ」

     ある日、集中が途切れたボクは、ふらつきながらいつもの部屋をあとにした。エレベーターを降りると、ホールにいる人形が喋り出す。

    『コノエレベーターハ、ROOM0604ヘマイリマス』

     いつもの機械的な音を聞きながら歩き出す。
     あの部屋の数字には、どんな意味があるんだろうか。
     そんなことを考えながら、ボクはメテオフロートの出口へと向かった。そのあとの行動の詳細は、自分でもよくわからない。イアンにもファントムにも、体調不良を言い訳にして数日の自由時間を確保した。そして、シキガミロボと最低限の荷物だけを持って移動した。
     寝不足で回らない頭をどうにか働かせて辿り着いたのは、リカルド共和国のエリントンだった。少し曇った空を見上げ、見知らぬ土地の空気を吸い、小さく吐き出した。当たり前だけど、ミカグラ島とは雰囲気がまるで違う。目に映る店の名前、道や建物の造り。人々の喧騒だけはブロッサムと少し似ていると思ったけれど、そもそもボクはそれほど外出しない。大勢の人々の声が四方から聞こえてくるこの状況自体、まず慣れない環境だった。空港から出て、彼がいるはずの街に来たのはいいが、すぐに頭が痛くなり、近くに見えた小さな公園のベンチに腰掛けた。早くもあの部屋を出なければよかったという後悔の気持ちがよぎり、軽く首を振った。『キズナ計画』を成功に導くためには、「ルーク」のことを、もっと詳しく知らなければいけない。そんな使命感に駆られて、ボクはここにいる。手元のデバイスを軽く操作して、彼の現在地を突き止めた。

    「警察署、か……」

     彼は書類仕事をこなしているのだろう。どうやら、今は外で事件は起きていないようだ。そこまで確認してからボクはようやく我に返る。実際に彼を観察するためにここまで来たが、具体的にはどうすればいいだろう。ボクが跡をつけたりしたら、きっと警察官の彼にはすぐ気づかれてしまうだろうし、直接会って話すつもりはない。

    「お前を使うしかないか」

     そう呟いて、ボクはシキガミロボに視線を向けた。この小型のロボットであれば、彼に気づかれずに近づくことも可能だし、音声も含めた映像を記録することができる。見つかったとしても、捕まらなければ特に問題はない。考えがまとまったところで、ボクは手元のデバイスを操作し始めた。その時。

    「誰か助けて! 警察を呼んで!」

     女性の切羽詰まった声が聞こえて、ボクははっと顔を上げた。通りの向こうから走ってきたらしい女性は、何事かと駆け寄ってきた通行人の男性に何やら事情を話している。ボクは咄嗟にシキガミロボを操作して、女性のそばに向かわせた。すると、女性と通行人の男性のやりとりの様子がロボを通じてデバイスに表示される。
     どうやら、近くの銀行で強盗事件が起きたらしい。女性はたまたま居合わせた客であり、犯人たちが乗り込んできた瞬間に入れ違いに店を出たようだ。女性はしきりに通りの奥を指さし、話を聞いた男性が通報しているところまでを把握した。その通りは騒ぎを聞きつけた人が何人か集まり始め、物々しい雰囲気になる。
     ボクは少しだけ怖くなり、逃げるように公園から移動して、細い路地に入った。ここならそれほど人目につかないだろう。小さく息を吐いて、彼の動向の調査に戻ろうと指を動かしかけた。その瞬間、脳裏に女性の表情、ただ必死に助けを求める声が蘇る。
     シキガミロボを操作して向かわせた先は、女性が指さしていた通りの奥だった。ボクが身を潜めた路地から、それほど離れてはいない。

    「ボク……なにしてるんだろう」

     さっきの事件など、自分にはまるで関係ない。そのはずなのに、なぜか気になってしまう。俗に言う、野次馬というものだろう。我ながら最低だと心の片隅で思いながら、シキガミロボを動かした。ロボットはやがて女性が話していたと思われる銀行に辿り着く。そこは、予想と違ってもの静かだった。その理由は、出入り口や窓に下りている厳重なシャッターにある。外からは中の様子は見えない。
     ボクは、あまり考えることなくデバイスを操作し、中の監視カメラとセキュリティシステムをハッキングした。銀行の中では、ナイフを持った犯人が複数人、銀行員を脅しているようだった。その周りでは、一般人と思われる人々が怯えて座り込んでいる。だけど、この事件はすでに通報されている。もうすぐ警察が駆けつけるはずだ。覗き見るようなことはやめよう。そう思ってウィンドウを閉じようとしたとき、セキュリティシステムの仕組みが目に付いた。銀行を外から隔絶しているシャッターは、中からの操作でしか開けることができないようだ。もし、犯人が立てこもるつもりでシャッターを下ろしたのだとしたら、警察が駆けつけたところで、なにも打つ手がないということになる。銀行員が犯人を逃がさないためにシャッターを下ろしたとしたら、閉じ込められた犯人が慌てているはずだ。だけど、映像の中の犯人たちは落ち着いている。それなら多分、シャッターは犯人たちによって下ろされたんだろう。ボクはデバイスのキーボードに指を走らせて、シャッターにかかっていたロックを解除した。
     しばらく経つと、シキガミロボが映していた銀行の外に、警察車両が到着した。車から降りてきた警察官の顔をなんとなく見ていくと、見覚えのある顔があった。

    「……あ」

     ルーク・ウィリアムズだ。誰にも告げずにミカグラ島を飛び出してでも、この目で存在を確かめたかった人。その本人が、近くにいる。

    『現場の状況は?』

     ルークの声がはっきりと聞こえる。ボクは、そのあとの彼の様子を、固唾を呑んで見つめていた。現場にいる警察官と流れるように連携を取り、犯人と通話をして交渉を進めながら、隙をついて突入。けが人を出すことなく、犯人を取り押さえて制圧。まるで映画を観ているようだった。

    『大丈夫ですか?』

     ルークは座り込んでいた一般の人に手を差し伸べ、無事で良かったと声をかける。

    『助けてくれてありがとう』

     少し前まで人質だった彼らは、心底安心した顔で、ルークに言う。ボクは、食い入るように見つめていたウィンドウから目を離して、空を仰いだ。建物の隙間から見える灰色の雲に向かって息を吐く。

    「はぁ……」

     わざわざミカグラ島を出てまで、やりたかったことはこれか。画面越しにルークの声を聞いて、彼の活躍を見て、存在を確かめただけだ。ぼーっとした頭で、ミカグラ島に帰ることを考え始める。
     その時、出しっぱなしだったウィンドウから音声が聞こえてくる。

    『それにしても不思議ですね。ここのシャッター、外からじゃ開かない仕様だそうですよ』

     はっとして視線を戻した。ちょうど、警官の一人がルークに向かってシャッターのことを話しているようだ。

    『銀行員の話では、中からは何も操作していないそうです』
    『そうか……』

     警官と話すルークの顔は、ちょうど見えず、声も拾いづらい。ボクは会話を聞こうとシキガミロボの位置を調整した。

    「えっ」

     思わず声が出た。ロボを少し動かした瞬間、ルークが弾かれたようにこちらを見た。画面の中のルークと目が合う。
     気づかれた。どうしよう。
     焦ってしまって、思わずキーボードを叩く。

    『あれ、カメラがついてないか?』

     ルークはずっとこちらを見たまま、そう言い放った。シキガミロボはボクが命じたまま上昇を始めた。

    『あ、ちょっと!』

     焦燥でいっぱいいっぱいになって、その後のボクの行動は、全てが間違っていた。ルークの視線がこちらを向いている状態でロボを動かすべきじゃなかったし、そのロボを回収しようとボクの元へ向かわせるべきでもなかった。そして、一番まずかったのは、手元に来たロボを抱えたあと、どうしていいかわからず、その場から逃げ出さなかったことだ。
     走ってきたルークが、ボクの目の前に立っていた。
     どうしよう、どうしよう。
     頭には何も浮かんでこない。心臓が脈を打つ音が、耳の奥で響いた。デバイスに手を置きながら、ボクはふらふらと立ち上がる。

    「君は……」

     ルークが一歩、ボクのほうへと踏み出してくる。気が動転したボクは、何も確かめずに後退りし、そして何かに躓いた。

    「……あっ」

     世界がぐるっと回転し、ボクは仰向けに倒れた。頭に鈍い痛みがはしったあと、意識が遠のいていく。駆け寄ってきたルークはなんだか、慌てた表情をしていた気がした。
     それからどれくらい時間が経ったのかはわからない。頭の痛みに急かされるようにして目を開けたボクは、ぼんやりした視界のまま辺りを見回した。

    「大丈夫?」

     その声のする方へ視線を向けるころには、視界ははっきりする。
     声の主はほかでもない、ルーク・ウィリアムズその人だった。心配そうな表情で、ボクのことを見ている。

    「うわっ……!」

     ボクは慌てて起き上がり、そして同時に痛み出した後頭部を押さえた。

    「あまり急に動かないほうがいいよ。軽くだけど、頭を打ったみたいだから」

     ルークはボクを寝かせておこうと手を伸ばしてくる。

    「……やめて」

     ボクは、反射的にその手を拒絶する。ルークは心配そうな表情のまま、すっとその手を下ろした。辺りを見回すと、そこはボクが最初に立ち寄った小さな公園だった。ボクはさっきまで座っていたベンチに寝かされていて、ルークはベンチの前で、ボクの様子を窺っていたらしい。場所を把握したあと、ボクは自分が置かれている状況を思い出して、胸に手をやった。心臓の鼓動が痛いほど速い。
     目立った行動をするつもりはなかったのに、強盗事件に安易に首を突っ込んだ。そして、影から様子を見ようと思っていたルーク・ウィリアムズ本人と、完全に対面してしまっている。しかも、シキガミロボが強盗事件の現場から飛び去るのを見られている。事件の容疑者として、観察されているかもしれない。

    「本当に大丈夫?」
    「う、うん……」

     動揺しながら、ベンチに座り直したボクを、ルークはまだ気遣っているようだ。ボクはルークのことを調べているけれど、それをルークは知らない。ボクたちは、初対面だ。そう言い聞かせながら口を開く。

    「あの……アナタ、は」
    「ああ、僕はルーク。ルーク・ウィリアムズだ。警察官だから、安心して」

     ルークは素早くコートから警察手帳を出して掲げた。今のボクにとっては、安心できる要素は全くない。

    「君の名前は?」
    「ボク、は……」

     名乗ろうとして、どうしようか考えた。ここで隠したら、怪しまれる原因になる。すぐに浮かんだのは『AAA』だけど、これはDISCARDでの呼び名であり、誰が聞いても偽名だ。
     ボクの名前、なんだっけ。

    「……シキ」

     呟くように口にしてから、そういえばそうだった、と他人事のように思う。この名前を名乗るのは、一体いつぶりになるんだろう。

    「そう。よろしく、シキ。隣、座ってもいいかな」

     ルークはボクの名前を呼んで、ベンチの横を指さした。ボクが頷くと、彼はすぐ隣に腰掛ける。緊張のあまり、顔を上げられない。ずっと抱えていたシキガミロボをぎゅっと握った。

    「……そのロボットは、君のものなんだよね?」

     指摘されて、ボクは身を縮こまらせる。こうして彼の前で握りしめているんだから、否定するのはおかしい。ボクはまた黙って頷いた。

    「もしかして、あの銀行で起きたことを見てたりしないかな」

     呼吸が浅くなる。まるで、取り調べを受けているようだった。彼のほうを恐る恐る見やると、その翠の瞳と視線が合ってしまう。その目は、ボクの後ろ暗さを全て見透かしているような気さえした。耐えきれなくなって、ボクは彼に頭を下げる。

    「ご、ごめんなさい……ボクが、やりました」
    「え、ええっ! なんのこと」

     ボクの言葉は、ルークにとっては予想外だったようで、あたふたし始めた。ボクは、シキガミロボのカメラを通して事件を知ったこと、そしてネットを介してシャッターのロックを外したことをルークに正直に話した。ゆっくりと、途切れ途切れに話すボクの言葉を、彼は真剣に聞いていた。

    「なるほど、そういうことだったのか」

     一通り聞き終えて、ルークは納得したように手を打った。

    「それなら、事件解決は君のおかげだな!」

     予想外の言葉が飛んできて、ボクは目を瞬かせた。

    「ボクを……責めないの?」
    「そりゃあ、ハッキングはまずいし、多分このあと、聴取のために警察署に同行してもらわないといけない。でも、君は責められるようなことはしてないよ」

     すぐに逮捕される可能性まで考えていたが、ルークにそんな様子はない。

    「う、疑わないの……? ボクが、犯人たちの仲間だって」

     ボクの問いかけに、彼はゆっくり首を振った。

    「シキが強盗犯の仲間なら、シャッターのロックを解除する意味がないよ。あの犯人たちは、最初から人質を盾にして立てこもる気だったんだからね」

     僕の聞き方で追い詰めてたんだね、ごめん。そう続けるルークに、ボクは首を振る。とりあえず、すぐに連れて行かれるような状況ではなさそうだ。安心したのと同時に、わずかな好奇心が湧き上がってくる。
     これは、計画が動き出す前に彼と話せる、最後の機会だ。
     ボクは、ルークに聞いてみたいことがある。

    「アナタは、人質の人たち一人一人に声をかけてた、よね……?」

     怖々と、映像を通して見ていたことを口に出した。

    「どうして? 警察にとって大事なのは、犯人の逮捕じゃないの?」

     どうしてアナタは、関係のない人を助けようと思うの。

    「参ったな。ついこの前、同僚にもそう言われたよ。だけど……」

     ボクの疑問に、ルークは困ったように頭を掻く。けれど、その砕けた雰囲気は、すぐになくなった。

    「僕は、助けを求めている人を助けたい」

     凜とした声で言い切った。今のボクには苦しいほど、真っ直ぐな言葉だった。

    「ずっと、ヒーローになるのが夢なんだ」

     思わず息を飲む。ボクがずっとルークを見ていて、まるでヒーローみたいだと感じていたのは、間違いではなかった。

    「……どうして?」

     喉が震える。今にも途切れそうなボクの言葉を、ルークは聞き逃さない。

    「ある人に憧れて、っていうのがきっかけでね」

     ルークは目を細めて、どこか遠くを見つめている。ファントムのことを言っているのだだと、すぐにわかった。ルークは、ファントムがまだ生きていることも知らず、あの計画に利用されようとしていることも知らない。だけど、ルークの顔が優しげなのはたしかだ。ファントムとルークが過ごした時間がどんなものだったのかは、彼の表情が物語っている。

    「まずい、話しすぎた! シキ、体調はもう大丈夫かい? 僕と一緒に署まで来てくれるかな」

     腕時計を見たルークは、慌ててベンチから立ち上がる。空は曇っていてよく分からなかったが、公園の時計は夕刻を示していた。ルークはさっとボクの方へ振り返り、手を差し伸べてくる。
     その手を見つめたまま、ボクは動くことができない。ボクは、まだ彼に聞きたいことがある。

    「……さっき、助けを求めている人は助けたいって、言ったよね」

     最後にルークに聞きたいこと。

    「それがたとえ……犯人でも?」

     声が震えないように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

    「もちろんさ」

     彼は迷いなく言い切った。その力強い声や、伸ばされた手、彼の存在そのものが、とても眩しい。今のボクには、眩しすぎる。
     ダメだ。
     ルークと話せば話すほど、ボクと彼が立つ世界は違うのだと、思い知らされる。ルークは人を助けるために、危険を冒すことができる人間だ。迷いなく他人を助け、手を差し伸べる。真っ直ぐで、勇敢で、本当のヒーローのような人だ。
     そして同時に、ファントムの計画の中では、ルークほど動かしやすい人はいないだろう。
     そんなことを考えるボクは、彼とつながるような人間じゃない。

    「さあ、行こう。シキ」

     伸ばされた手を眺めてから、顔を上げる。ルークはボクに優しく微笑んでいた。
     ああ、だからボクは……。
     ボクは右手を上げ、そして、デバイスを操作した。一瞬でシキガミロボがボクたちの視線を遮る。
     ぶつっ、と機械の電源を切るように、このエリントンでの邂逅は終わった。
     行きと変わらずふらふらとした足取りで、ボクはミカグラ島のメテオフロートへと戻る。

    『コノエレベーターハ、ROOM0604ヘマイリマス』

     相変わらず数字の意味はわからないまま、ボクは部屋にあるパソコンの前に座る。スリープにしてあった画面には、ルークに関する情報が映し出される。シキガミロボの情報が自動で同期され、一つの動画がその情報の中心に加わる。
     そこには、微笑むルークがボクのほうへ手を差し伸べる画像が映し出されていた。
     しばらくそれを眺めて、少しだけ唇を噛んだ。
     この直後の彼には、シキガミロボを介して、ファントムから掠め取った技術を利用した催眠をかけた。今頃の彼はもう、ボクに関する情報の全てを忘れて、次の事件へと向かっているだろう。
     ボクが強盗事件に関わったことも、ボクに声をかけたことも、ボクと交わした会話も。ボクの存在に関する全ての記憶が、「ルーク」から抜け落ちて消えた。
     ボクも忘れることにするよ、ルーク。
     今日起きたことは、全て、なかったことにしよう。
     胸の奥にしまいこんで、透明にしておくよ。
     画面の中から手を差し伸べてくるルークを見つめながら、ボクは手を伸ばす。
     そしてキーボードを叩いて、動画を削除した。ルークに関する情報を表示するウィンドウも、全て閉じていく。
     ああ、だからボクは、人でなしなんだ。
     人でなしは、人とはつながれない。


    「……っていうことがあったんだ」

     一気に話し終えたボクは、大きく息を吸い込んだ。

    「ボクがアナタにメールを送る、少し前に」

     熱い日差しを遮る木の下。ボクは隣に座る彼、ルークの方を見ることができなかった。『キズナ計画』が失敗に終わってから数年が経ったとはいえ、ルークにとって、自分の記憶がまだ他人によって弄られていたなんて、知りたくもないだろう。だけど、これは紛れもない事実で、ボクが犯した罪の一つだ。全てをさらして、然るべき罰を受けるべきだ。それによって、彼から失望されることになったとしても。
     そこまで覚悟をして話し終えたはずなのに、ボクはルークの顔を見ることができない。足元の砂浜の先にある広大な海と、真っ青な空が溶け合う、水平線を眺めていた。波が打ち寄せる音が響いているはずなのに、隣で彼が息を吸う音が聞こえる。
     抱えていた膝をぐっと寄せて、ルークの言葉を待つ。

    「……知ってたよ」

     聞こえてきた言葉は、予想とは全く違っていて。
     ボクは呆けたままルークの方を見る。ルークは、この場所に来たときと同じように、柔らかく微笑んでいた。

    「知ってた……って?」

     あのとき、催眠にかかっていなかったのだろうか。
     混乱し始めたボクを見て、ルークが慌てて手を振る。

    「ああ、違うんだ。正確には、後から思い出したって言うべきだな。……メテオフロートで父さんの手を取ったとき、色々な記憶が蘇ってきた。君との記憶は、その中の一つだったんだ……と思う」

     黙り込んだままのボクを見つめて、ルークは続ける。

    「本当にたくさんの記憶が戻ってきたからさ。今君が話してくれたことで、記憶がはっきりしてきたよ」

     彼はふっと微笑んで首を少し傾げる。

    「話してくれてありがとう、シキ」

     ルークの真っ直ぐな言葉と、そこに込められた真っ直ぐな気持ちを受け止めきれず、ボクは視線を落とす。

    「軽蔑してもいいんだよ。ボクはルークの記憶の記憶を弄った。今日までそれを……隠してたんだから」

     ルークはそんなことはしないだろうと思いながらも、言葉にせずにはいられない。

    「……君が隠してたのは、きっと優しさからだ」

     ルークは木陰から出て、砂浜の上を歩き出す。眩しいぐらいの日差しを浴びながら、ボクを振り返った。

    「僕が悲しんだり、傷ついたりしないように、守ってくれてたんじゃないかなって」

     そう言って笑う彼の言葉に、ボクは動揺した。ルークに話さなかったのは、怖かったからだ。身勝手な保身からだ。そう思うのに、彼の言葉は、ボクが心の底に沈めていた気持ちを、掬い上げていくようだった。

    「違う、ボクは……」
    「えっ、違う? まずいな。違うとすると、今の僕のセリフ、すっごく恥ずかしいことになっちゃわないか?」

     反射的に否定したボクに対して、ルークは顎に手をやって視線を上に逸らす。茶化すようなセリフだったけど、本当に茶化しているわけではない。彼はひたすら、ボクの気持ちに寄り添ってくれているのだとわかる。

    「……だからここは、そういうことにしておいてくれないかな?」

     太陽に照らされながら、ルークは優しく微笑んだ。

    「……わかった。ありがとう、ルーク」
    「お礼を言うのは僕のほうだよ、シキ」

     明るくそう言って、ルークは辺りを見回しつつ伸びをする。

    「せっかくシナリーの海に来たんだ。アーロンが子どもたちを連れてくるまで、少し遊ばないか?」

     明るい口調でそう言って、ルークはボクの方へ手を差し伸べてくる。

    「さあ、行こう。シキ」
    「うん」

     ボクは、迷わずルークの手を取った。


     今、目の前に広がる景色は、過去に起こった全ての出来事の積み重ねだ。そして、今日の出来事もまた、未来につながっていく大切な記憶だ。
     過去の自分に気持ちは伝わらないけど、届けたい気持ちはある。

     今のボクは、たしかに人とつながっている。
     大切な人と一緒に見るハスマリーの海と空は、とても綺麗だよ。
     透き通るような、青色だ。


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    Laurelomote

    SPOILERこの文書は『ブラックチャンネル』の、主にエピソード0について語ります。漫画版・アニメ版両方について触れます。
    コミックス最新刊の話までガッツリあるのでまだ読んでないよこれから読むよって方はご注意ください。
    あくまで個人の考察です、自己満足のため読了後の苦情は一切受け付けておりません。
    タイトルの通り宗教的な話題に触れます。苦手な方はブラウザバックで閉じる事を推奨致します。
    ブラチャン エピソード0について実際の神話学と比較した考察備忘録目次:
    【はじめに】
    【天使Bとは何者なのか】
    【堕天】
    【そもそも"アレ"は本当に神なのか】
    【ホワイト(天使A)とは何者なのか】
    【おまけ エピソード0以外の描写について】


    【はじめに】
    最近、ブラックチャンネルという月刊コロコロコミック連載の漫画にどハマりして単行本最新5巻までまとめて電子購入しました。
    もともと月刊コロコロ/コロコロアニキの漫画はよく読んでいたのですが(特にデデププ、コロッケ!etc)、アニキの系譜であるwebサイト『週刊コロコロコミック』において次々と新しい漫画の連載が始まり色々読みあさっていたところに、ブラックチャンネルもweb掲載がスタートし、試しに読んでみたらこのザマです。
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