女体化ナオ武① タイムリープから戻って来たら女体化していた。
反社の幹部になったり、マイキー君が闇落ちしてたり、今までもひっくり返るくらい驚くことはあった。だけど、女の子になるなんて想定外の想定外だった。
「マジでどうなってんの???」
細い小さな身体を自分で抱きしめながら途方に暮れていた。
身体はひと回りくらい縮んでいる。ダボダボのTシャツとハーフパンツから伸びる手足は細くて頼りない。肩からずり落ちそうなTシャツの襟首を摘んで中を覗くと、慎ましやかに膨らむ胸が見えた。ぷるんとした、淡い色の乳首も見える。
小さいけどこれは……紛れもなくおっぱい。
手のひらに収まる程度の大きさだったが、揉むとふにゃふにゃと柔らかい。
「え?え?なにこれ?」
胸を揉みながらも自分の身体の異変についていけず、洗面台に走った。鏡の中にいるのは背が小さく、目が大きい童顔の女の子だった。いや、26歳は子じゃないのか。でも、どこか垢抜けなくて、癖毛がぴょんぴょんと跳ねている容姿は大人の女性って感じはしない。
「と、とりあえずナオトに電話!」
オレの頭ではこの状況を整理できない。ナオトに相談するしかないだろう。焦りながらスマホを手に取ってナオトに電話をかけた。
「あ!ナオト?!」
『……タケミチ君? ちょっと声が……違いませんか?』
「そうそう。声も変わっちゃってさ。緊急事態だから今すぐオレの家に来て!」
『は? どういうことですか?』
「来ればわかるから!」
口で説明するより見てもらったほうが早い。ナオトに「女の子になった」と言っても「頭は大丈夫ですか?」と冷たくあしらわれるだけだろう。
部屋の中をうろうろと動き回りながらナオトを待った。服のサイズが合ってないから、ズルズルと落ちていく。ハーフパンツと下着が一緒に脱げそうになって慌てて上にあげた。
「服デカ……」
そのとき、自分のなめらかな太ももが視界に入って、一瞬思考が止まった。自分の身体なんだから、どこを見ようと自由だけど、いや……、それはまずいだろう。そろそろナオトも来るし。
女体への興味がふつふつと湧き上がってきて、落ち着かなくなってきた。
童貞にはこの状況は過酷すぎない?
「タケミチ君?」
玄関のドアをドンドンと叩く音がした。緊急事態だと言ったせいかナオトの声は若干焦っている。
オレはゆっくりと玄関のドアを開けて、ナオトと顔を合わせた。
「よう……。呼び出して悪かった」
「…………どなたですか?ここは花垣武道の自宅では?」
見知らぬ女の登場にナオトの顔は困惑でいっぱいだった。オレを上から下まで見て怪訝な顔をしている。
「オレだよ、オレ。タケミチ。……なんかタイムリープから戻ってきたら女になってた」
「…………なるほど」
さすがオカルト好きで、タイムリープもすぐに信じたナオトだ。あっさりとオレの置かれている状況を理解したようで、「解決策を探しましょう」と冷静に告げてきた。
「オレはお前の何でも受け入れるところを尊敬するよ」
「タイムリープもTSFもポピュラーですからね」
「てぃーえすえふ?」
「Trans Sexual Fiction、性転換フィクションの頭文字です」
「…………あっそう」
オレの引いてる様子を気にも留めず、ナオトは語り出した。
「状況をまとめると、この世界でもタケミチ君の性別認識は男性のようです。さっき身分証を確認しました。突然身体だけ女性に変化したということですね」
「え! じゃあバイトは?」
「バイト先に行ってもタケミチ君だと認識されないでしょう。この世界でも君は男性なので」
「まじか〜〜〜、男に戻るまでどうやって生活すればいいんだよ……」
オレは頭を抱えた。ただでさえギリギリで生きているのにバイトもままならないなんて詰んだ。
「こんな格好じゃ外にも出られない、オレ……」
自分の人生の不遇さに涙が滲んでくる。ぽろ、と涙が溢れ落ちた。
「とりあえず、ボクの部屋に行きましょう。状況が改善するまでサポートします」
ナオトは項垂れるオレの頭を撫でながら、宥めるように言ってきた。その優しい声色にじーんとしてしまい、余計に涙が溢れてきた。
「ナオト〜〜〜!ありがとう〜!」
思わずぎゅっと抱きついた。ナオトの身体にぐりぐりと頭を擦り付けると、肩を掴まれて引き離された。
「……ちょっ、離れください」
「えー?」
顔を上げるとナオトが気まずそうにオレを見る。心なしかナオトの耳が赤い。
「タケミチ君、その格好……」
「あ?部屋着だけど」
オレの答えにナオトは、はあ、と大きくため息を吐いた。自分の格好を改めて見ると、肩からずり落ちそうなTシャツのせいで胸が見えそうだった。もちろん、ブラジャーなんてしてないから乳首が薄い布を押し上げている。
「これ着てください」
ナオトは自分のジャケットを脱いでオレの肩にかけた。
「ナオト、お前イケメンだな」
突然の女子扱いにときめいてしまった。この身体にはナオトの服はかなり大きくて、太ももくらいまで隠れる。オレはジャケットの前を手を押さえて「ありがとう」とお礼を言った。
「ちゃんと袖も通してください」
「あ……うん」
ナオトはオレにジャケットの袖を通させて、前のボタンをひとつ、ひとつ留めていった。
「今は女性だという自覚を持つように。余計なトラブルに巻き込まれますよ」
「ごめん、ごめん」
でもなあ、しょせん中身はオレだし。ヒナみたいな美人でもなければ、エマちゃんみたいにおっぱいが大きいわけでもない。元はオレなんだから、ナオトは心配しすぎな気がする。
「靴が無いですね」
玄関まで行って履ける靴が無いことに気づいた。置いてある薄汚れたスニーカーに足を突っ込んでみたけど、デカすぎてすぐに脱げてしまい歩くのが難しそうだ。
「へーき。裸足で行くよ」
アパートの外階段すぐ近くにナオトの車が停めてあるし、そこまでなら歩ける。
玄関の土間に素足を下ろそうとしたら、「ボクが運びます」とナオトがオレを抱き上げた。
「うわっ!」
これは所謂お姫様抱っこというやつか。軽々とナオトに抱き上げられて、今の体格差を否応なしに自覚させられた。
「大丈夫か? 重くない?」
「軽いので問題無いです。落ちないように掴まってください」
「うん」
おんぶでもいいのに、なぜこの抱き方なんだ。ナオトの顔が近くて落ち着かなかった。とりあえず、落ちないようにナオトの首に腕を回した。
触れた途端、びくっ、とナオトが反応した。
「あ、嫌?」
「……いえ、大丈夫です」
「さてはナオト。お前……」
「何ですか」
「女の子に慣れてないだろ。童貞か?」
焦るナオトにニヤニヤと聞いた。ナオトも普通っぽいところあるじゃん。中身がオレとはいえ、やっぱり童顔ロリ顔ノーブラ女子の威力には勝てないんだろう。
「……このまま振り落としますよ」
ものすごく冷たい目でナオトに睨まれた。
「ごめんって」
これから衣食住の世話になる相手だ。オレは素直に謝った。だけどこのムキになる感じ、絶対女の子に慣れてない童貞じゃん。なんだかナオトの弱みを握れたみたいでほんの少し楽しくなってきた。
「服買いたい」
「……ネットで適当に買ってください。支払いはしますから」
オレの申し出にナオトは興味なさそうに答えてきた。ナオトの部屋に居候させてもらうことなったはいいが、必要最低限の生活用品が何もなかった。
「マジ? ナオトが買ってくれんの?」
「……タケミチ君バイトも出来ないしお金無いじゃないですか」
「やった。どの服がいい? 靴とか買っていい?」
ナオトの許可が出て、オレはウキウキと通販サイトを開いた。一応出資者の意見も聞こうとナオトにワンピースが並ぶ画面を見せてやった。
「このワンピースとか可愛くない? ちょっと丈が短いか? オレ膝上くらいが好きなんだよなあ」
「……何でもいいです」
「一応、ナオトの好みも踏まえたいんだけど。ブラは? 黒系?やっぱりピンク系?あ、レースの白も清楚系でいいよなあ」
「……あんまり調子にのらないでください」
はあ、とまたナオトは盛大なため息を吐いた。
「服はこのロングTシャツのワンピース。色は透けない黒。下着は全部シンプルな飾りにないもの。色は透けないようにベージュ。それで充分です」
カチカチとマウスを操作して、ナオトは素早い動きでカートに入れていった。
「えー……、お前の趣味地味だな。っていうか詳しくて引く……」
「姉がいるので嫌でも耳に入りますから」
ナオトは涼しい顔でPCの画面を見続けている。
「まあ、オレの外見だし、こんな花柄の可愛いワンピースは似合わないか。おっぱいも小さいしブラもこれで充分だよな」
ヒナみたいに無茶苦茶可愛い子と比べたら、オレの容姿は並みってところだ。髪の毛も黒くて癖毛だし、ふわふわピンクベージュでくるんとしたヒナみたいな綺麗な髪でもない。ナオトはヒナと姉弟だから、そのへんの査定は厳しそうだ。
「……似合うとは思います」
「へ? 何が?」
「ですから、こういう花柄のワンピースも似合うとは思います」
ナオトはなぜか落ち着かなさそうに目を泳がせている。どうした、ナオト。一応女子には褒めておく主義なのか。
「でも元がオレだしな」
「……タケミチ君の外見は可愛いほうだと思いますけど」
「え、そう」
可愛いと言われて不覚にもドキっとした。これが本物の女子なら落ちているかもしれない。
「オレ可愛い? ナオトから見て付き合えるくらい可愛い?」
嬉しくなって思わずナオトに近づき、ねえ、ねえと問い詰めてしまった。
「だから! 調子に乗らないでくださいっ!」
バンッとデスクを叩いてナオトは立ち上がった。
まずい。スポンサーを怒らせてしまったようだ。
「ナオト〜、ごめんって」
「……君はボクが!どれだけ、」
「どれだけ?」
「……いえ、……いいです」
ナオトはイライラを隠そうともせず、部屋から出ていってしまった。そんなに怒るほどのことだったか?
「ま、いっか」
オレは買い物の続行させた。ナオトに却下された白レースのブラとパンツ、それとミニのワンピースもカートに追加しておいた。
続く