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    名実(メイジツ)

    @meijitsuED

    推しカプの小説置き場

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    POIPOI 17

    赤柳。やる気の出ない赤也に柳は気合を入れてあげるが…。

    運命のいたずら「ねみー、だりー、やる気しねえー」

     自室に上げてからこの3単語しか口にしない赤也に、柳は苛立ってきていた。
     勉強用に置いた低い机の上に課題のプリントは広げられているものの、赤也は少し書き込んでは飽きたように顔を伏せる。おかげで30分経っても赤也の課題は3分の1も進んでいなかった。同じ30分の間に今日の授業で課された自分の課題を終わらせた柳とは雲泥の差である。
    「同じことを言い続けても、俺はこれ以上手伝わないからな」
    「うっ、わかってますよ……」
     
     提出用の課題を赤也が溜め込んでいたことを知った柳は急遽今日こうして勉強する場を設けた。そうでもしないと赤也は自分から課題を片付けようとはせず、溜め込む一方だろう。すでにいくつか提出期限を過ぎているものもある。赤也曰く「これは多少過ぎても平気なヤツ」とまるで期限切れの食べ物を気にせず口に入れるような余裕を見せたので、「提出期限は賞味期限ではない」と柳は赤也の甘い考えを叱った。
    「わかってますけどお……今は眠いんすよ」
     柳がシビアな言葉をかけても赤也は眠そうに目をこするだけで課題に手をつけようとしない。もう少ししっかりしてもらいたいのに言っても聞かず、やる気を見せようとしない赤也に柳はだんだんと痺れを切らしていた。
    「そんなに眠いのか」
    「眠いっす」
     シャーペンをほったらかして机に横顔をつけたまま会話をする赤也に、最終手段だな、と柳は心の中で決めた。こうなったらもう実力行使に出るしかなかった。

    「なら起こしてやろう」

     柳は正座を組んでいた足を崩し、足先を赤也の股目掛けて蹴った。

    「ぃっってええええええ!!!????」

     柳の予想通り、赤也が絶叫し股間に手を当てながら横に倒れる。例えるならサッカーボールをトンと軽く蹴るくらいの力で当てたが、デリケートな部分だけあって悶絶しているようだった。

    「ちょ、え、はっ!? 何するんすか!???」
    「お前の眠気を覚ましてやったんだ。これで目が覚めただろう」
    「覚めましたけど! いや起こし方もっと他にあったでしょ!? いてて……」
    「これが一番効果的な起こし方だ」
    「そうかもしんないすけどぉ……柳さんも男だったらこの痛みわかるじゃないっすかあ……」

     だらけきっていた空気を断ち切れたような気がして柳は心がスッとしていた。反対に赤也は股間を気にしながら、ううっと呻いて体を起こし、これが正論とばかりに態度を崩さない柳へ恨みがましい目を向けていた。

    「俺が不能になったらどうするんすか。柳さんのこと満足させてあげられなくなっちゃいますよ」

     口をとがらし反論する赤也に、柳はあえて何も言わず、冷めた顔を向ける。

    「……なんで人の股間を蹴るのは容赦ないのに、こういう話題になると引くんすか……」
    「……そこまで強く蹴ってはないだろう」
    「まあ、そうっすけど。……はあ、いっちょ本気出すか」
     柳の喝の入れ方に赤也はこれ以上逆らえないと思ったのか、シャーペンを手に取り、ようやく課題の続きに取りかかり始めた。
     



    「本気を出すんじゃなかったのか」
    「もうムリっすよ……しんどい」

     雑な回答をプリントに書き込み1枚、2枚……と終わらせていったが、苦手な英語の課題にぶち当たり、赤也のやる気は3問目に用意されていた気の遠くなる長文問題で喪失した。
    「休憩」と言って手に握っていたシャーペンを机に放りうなだれる赤也とは対照的に、柳はずっと涼しい顔で本を読んでいる。助けを求めようと赤也が視線を向けても、相手にしてはくれない。
    「柳さーん、俺って今日どうしてもこれ終わらせないとダメなんすか」
    「当たり前だ。だいたいその英語の課題の提出期限は過ぎてるんだろう」
    「そうっすけど。まだ1日しか経ってないんでセーフっす」
    「そういう問題ではない」
     本から顔を上げず正論を説く柳に赤也は返す言葉もなく、ため息をついた。
     たしかにだらしない自分が悪いのは赤也もわかってはいる。しかしやる気の起きないものは仕方ないのだ。だが今日これを終わらせないと柳は相手をしてくれない。赤也は、せめてこの先に何か欲しかった。
    「じゃあ俺がこれを終わらせたら、ご褒美ください」
     相手にされないかもと思いつつリクエストすると、柳は本のページをめくりながら「たとえば?」と反応を示してくれた。

    「えっちしたいです」

     率直な願望を赤也が口に出したからか、柳は動きを止めたかのようにピタッと静止した。
     やっぱまずったかも、と赤也はヒヤリとする。やることはやっている恋人同士だが、柳は品のある見た目を裏切らず、こういった下の話題に乗ってこない。さっきも「俺が不能になったら」と赤也が冗談で話に出すと、冷たいオーラを放っていたほどだ。そんな柳に股間を蹴られて起こされたのだから本当に驚いた。もしかしたらまた股間を蹴られるのでは、と赤也は恐れ、念のため守っておこうと手でガードしようとすると、

    「…………わかった」

     柳の凛とした声が赤也の耳に入った。赤也は机にくっつけていた頬をバッと離し、柳に顔を向けた。
    「えッ!?!?!?! マジっすか!?!?!?? 本当に言ってます!?!?!??」
    「ああ」
     涼しげに本のページをめくって答える柳に赤也は興奮して何度も訊き返した。
    「言質とりましたからね!!??? 約束っすよ!!!!」
    「約束しよう」
    「よっしゃあッ!!」

     赤也は気合を入れ直し、放置していたシャーペンを早速握って英語の長文問題とにらめっこを始めた。



     本を読むフリをしながら柳は、課題にとりかかる赤也の姿をチラリと確認した。今日一番集中して机に向かっている。やはり「ご褒美」を了承したことが絶大な効果を生んでいるようだった。
     赤也のやる気を出すためと柳は機械的に返事をしたが、次第に落ち着かない気持ちになってきていた。いま赤也が取り組んでいるのはおそらく最後の課題プリントだ。あれが終われば柳は赤也のリクエストに応え、体を重ねる予定である。意識していないわけがなかった。
     普段品のない話題にはスルーを決め込む柳であるが、恋人との性的な触れ合いが嫌いなわけではない。むしろ刻一刻とその時が迫っていることに、柳は期待を滲ませていた。先ほどから柳は本ではなく、赤也に目を向けいつ終わるのかと課題の進捗具合をうかがってしまっている。赤也は柳のそんな視線にも気づかないほどに集中しているようだった。そしてついに赤也がシャーペンを置いた。
    「終わった……! 終わりましたよ柳さん!!」
    「それは何よりだ。あとは明日提出するのを忘れないように」
    「はい! ……ってことで柳さん、」
    「なんだ?」
     自分でも白々しい訊き方だと柳は思う。赤也の言いたいことなど、いまさらわかりきっているのに。
     赤也の体が近づき、本から離した柳の手がとられ、柳は赤也を受け入れるように押し倒された。
    「約束、守ってもらいますよ」
     得意げな笑みを浮かべる赤也に柳も笑みを返し、唇を合わそうとした時だった。

    「蓮二ー?」

     突然部屋の扉の向こうから姉の声がした。

     赤也も柳も一瞬身を硬直させた。しかも「入っていい?」と続けて声がする。柳は慌てて身を起こした。
     が、ここでさらに事件は起きた。
     
     焦って立とうとしたあまり、柳の足が赤也の股間に当たってしまったのである。

     赤也が「アッッッッッ」と声にならない短い悲鳴を上げて横に転がった。勢いよく立ち上がっただけあって、クリーンヒットかつけっこうなダメージであったろう。
     柳はすぐに謝りたかったが、姉の存在が気になりとりあえず先に扉を開けた。赤也に配慮し、部屋の中を見せないよう廊下に出て姉の用件を聞くと、姉は柳が以前から気になり借りたがっていた本を貸しに来てくれただけだった。ありがたいがなぜいまこのタイミングで、と不満が生まれるも、柳は表にその感情を出すことなく礼を言ってそそくさと部屋に戻った。中では赤也が股間を押さえたまま倒れている。ものすごく申し訳なかった。
    「赤也、……本当にすまない。わざとじゃないんだ」
     柳が謝って赤也の背中を優しくさすっても、赤也は返事がなく、倒れ込んだままだった。
     赤也が何もリアクションしてこないのでどうしたものかと不安になっていると、赤也が突然身を起こし、柳の膝の上に頭を乗せた。
    「今日は……もう、いいんで……ちょっとだけこうさせてください」
     柳は赤也の心ゆくまで膝枕をし、その頭を撫でた。まるで飼い猫にするかのように。赤也はショックな気持ちが落ち着いてきたのか、気づけば寝ていた。

     外はすっかり日が落ちている。赤也は柳の膝枕から起きると「帰ります」と少し沈んだ面持ちで帰り支度を始めたので、柳はせめてもの償いに、と思い途中まで赤也の隣を歩いて送ることにした。
    「あの時は、すまなかった」
    「それはもういいっすよ。あれは、なんつーか、運が悪かっただけなんで」
     はは、と赤也が乾いた声で笑う。気を遣わせてしまっていることで柳はさらに罪悪感が湧いた。まだ「マジでなんてことしてくれたんすか。俺本当に不能になるかと思いましたよ」などと責めてくれた方がいっそ気が楽だった。だがこれが赤也なりの配慮と優しさなのだろう。
    「ここで大丈夫っす」
     赤也が立ち止まり、柳も足を止めた。また明日、と言って別れようとしたら、赤也が引き止めるように柳の右手を掴んだ。顔を合わせると、それまでの重い雰囲気など吹っ切れたかのように赤也が明るくニッと笑う。

    「今度は抱きますんで」

     掴まれた手を引っ張られ、顔が近づき、一瞬のうちに唇が重なった。

     赤也は手を離すと、柳が言い返す間もなく「じゃ、また明日っす」と帰って行ってしまった。
     唇に指を当てながら柳は、抱かれるその日に思いを馳せ、頬を熱くし、赤也の背を見送ったのだった。
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