終わりの始まりホイッスルが鳴る。
試合終了。世界で一番という称号を戴き、勝利に酔いしれる10も若き自分たち。
その先に待ち受ける未来がまさか、あんなことになるなんてことも知らずに。
あの頃はこのままずっと、サッカーを一緒にすることができると思い込んでいた。ずっと、永遠なんて言葉はないと自分自身がよく知っていたはずなのに。
千宮司が自分にフィフスセクターの話を持ち込んできた時に一番最初に浮かんだのは彼のことだった。誰よりも自由を愛し、切磋琢磨する自己をぶつけ合うサッカーを愛する彼を、仲間たちを、こんな残酷な歪みに巻き込んではいけないと本能が告げていた。地位も名誉も自分を現すもの全てを捨ててまで、自分だけがこの事を知っているならば止めなくてはならない。あの頃、まだ純粋にサッカーを愛し、ボールを無我夢中で追いかけていた頃に差した闇を打ち払ってくれたサッカーに愛されしあの人を、守るためならば。喜んで悪魔とも手を組んだ。例えそれが、友に背を向ける結果になるとしても。
そしてあの日、自由であるはずのサッカーを管理すると神前で誓ったあのとき、同時に彼が愛した炎のストライカーは死んでしまったのだ。
そして、"私"はずっと待ち続けている。
悪夢から生まれた"私"の心の臓を断罪してくれるであろう人を。
全ての地位も名誉も投げ捨てて、サッカーを管理すると決めたあの日から。
革命の風が起こり、そして大きくうねるその渦を率いるサッカーに愛されし神とも言うべき彼がいずれ来るであろうことはわかっていた。そしてまっすぐな彼のことだ。私のしていることが到底許せるものではなく、「なぜ」「どうしてお前が」と詰め寄ってくるのは予想できていた。だから彼を、彼にとって敵の大将でもある自分の前に通した。
何も言わずに仲間の前から消えた。当然彼の前からも。
嘘でも彼らと袂を分かつということを自分の口からはどうしても伝えることができなかった。"豪炎寺修也"で嘘はもうつきたくなかったのかもしれない。
消えた時の姿をほぼ変わりなく彼は目の前に現れた。広間に現れるなり悠々を待つ自分を見るなり玉座の下から向けられる視線が一度は驚いたものになったが、次第に哀しみに彩られ、やっとのことで探し物を見つけたように目が細められた。こんな顔をさせたかったわけじゃない、とじくじく痛む胸は無視をした。
「なあ豪炎寺、もうやめよう」
こんな馬鹿なこと、と目の前の男は言う。きっとこの男は確信を持って「豪炎寺」と呼んでいる。だから諭す。誰よりも本当にしたいサッカーをできなかった「豪炎寺」だから、こんな全てを支配するようなやり方を強いていることを今でも信じたくないのだろう。だがもうそんな男はいないのだ。幾度もフィールドを焦がしたあの炎はとうに燃え尽きてしまった。だからもういつまでも亡霊に縋るのはやめるべきだ。だから、努めて冷静に何の感情も乗せずに、豪炎寺修也ではありえないほどの抑揚のない声でめいっぱい否定した。
「私は豪炎寺ではない」
そう、私はイシドシュウジ。
炎など持たぬ、嘘で塗り固められた空っぽの存在。ただ使命を果たすことだけを生きる目的にしている。そんな生きているか死んでいるかもわからないような傀儡に希望を与えないでほしい。「豪炎寺ではない」と自分に言い聞かせるようにしなければ、すぐにでもその手をとってしまいそうで、死へと追いやったはずの炎がゆらりと揺らめきそうで、全てを捨ててまで成し遂げようとした決意が鈍ってしまいそうな気がして。信じられないものを見たような顔をする彼の人。それもそうだ、彼が伸ばしてくれた手を私は振り払ってしまったのだから。優しい仲間思いの、誰しもが頼りたくなってしまう頼もしい手を、まさかまた振り払う日がくるなんてFFIの優勝カップを笑い合って抱えていた俺たちは知る由もない。長い時間でできてしまった距離はこんなにも自分と彼を遠ざけてしまっている。
「お帰り願おうか」
「豪炎寺!」
逃げるようにその場を後にしようとする自分の背を叩く彼の声はいつだってまっすぐだ。あの頃のように振り向きそうになる身体を叱咤して、愛しい彼を広間に残して自分はその部屋を去る。顔や声を感じただけで今の自分の立場を忘れて駆け寄りたい、本当のことを話したい。もう彼は台風の目にいるというのに今更取り繕っても意味などないのではないか。悪魔の囁きが一気に頭の中に流れ込んでくる。だがこうなってしまえばこれはもう意地だ。死なばもろとも、管理される世界を作り出した罪は全て俺があの悪魔と共に地獄へ持っていこう。
ああ早く、頂上まで登ってこい。
そして私の心臓を握りつぶしてほしい。
長い間ひたすらに待ち望んでいた"俺"の悪夢の終わりの足音がいよいよ聞こえてきて、思わずごくりと大きく喉が鳴る。
聖なる路の果て、暗く管理された世界の中、私と俺の墓標を抱えてお前に裁かれるその時をずっと待っているんだ。
(2016/8/15 59:20)