カンカンカン最近豪炎寺に避けられている、気がする。
一緒に帰ろうと誘ってもそれとなく断られるし、部活中はともかくとして、クラスで一切話さなくなってしまった。話さなくなった、というのは語弊があるかもしれない。気が付いたら豪炎寺の姿が見当たらないのだ。一週間前までは休み時間毎に尽きない話を永遠とし続ける俺を呆れることなく、ふっと微笑んで俺の話を聞いていてくれていたのに。
そうだ、一週間くらい前から豪炎寺は俺が距離を詰めることを怖がっているようにも見えた。この前なんて俺がちょっと廊下で足を取られて体制を崩してしまった時、一瞬豪炎寺は俺を支えようと手を咄嗟に出そうとしてーーそのまま手を引っ込めてしまった。別に手を引っ込めた事に怒っているわけではない。ただ、まっすぐな彼らしくもない豪炎寺の行動にすっかり気を取られてしまった俺は、間抜けな「え」という声とともに顔面から地面にぶつかっていった。
それだけではなくこの一週間で数々の豪炎寺のらしくない行動を目にしていた俺だったが、どうやらこの怪現象が起きているのは俺の周囲でだけらしく、ますますそのことが胸にもやもやとしたものを募らせていった。
そしてとうとう堪忍袋の緒が切れた俺、円堂守は部活終わりを狙って豪炎寺に聞いてみることを決意したのだった。
「豪炎寺」
「……なんだ」
ユニフォームから帰るために制服に着替えていた途中、名前を俺に呼ばれてびくりと豪炎寺の肩が跳ねた。その様が少し面白くない。鬼道や染岡に話しかけられても何ともないのにどうして俺だけ。むっとした不機嫌な顔も隠さずに、ずんずん彼との距離を詰めていくと同じ分だけ彼も距離を取るために下がる。じりじりと距離を詰めたくても詰められない歯がゆい状況に何故か焦りが生まれる。
「お前、俺のこと避けてるだろ」
「…そんな、こと」
「嘘ついてる」
「……」
「なあ、おれなんかしたか?豪炎寺に悪いこと…」
「…してない、お前はなにも悪くないんだ」
少々間は空いてるものの、そうはっきり答えてくれたことに少し安心する。「悪いことをしていない」ときちんと言ってくれたということは俺自身は何もしてない、ってことだろうけどじゃあなんで豪炎寺は俺のこと避けてるんだ…?しかもちょっと困ったような表情をして。…そうだ、時々豪炎寺はこんな、眉尻を下げて困り果てたような、切なそうな表情をふとした瞬間にすることがある。この空いてしまった距離も、理解できない表情の理由も、わけのわからないことだらけで俺は悲しくなってきた。サッカーをしていればなんでもわかるって、豪炎寺とはわかりあってるって思っていたのに俺はお前のなんにも見えていなかったんだな。
悲しさが胸を締め付けて耐え切れなくなった俺は、思わず目線を下に下げてしまった。こんな、目をそらすようなことしたくないのに。
「でも、お前…最近俺と一緒にいること少なくなった」
「……」
「鬼道や染岡とは変わりないのに、なんでおれだけ…」
「……それは、」
豪炎寺の口が何度も開いたり閉じたりを繰り返して、言うことすら迷って躊躇っている感じだ。本当にらしくない。言いたくない事を無理に言わせることもないか考え直し、「あのさ、」と声をかけようとしたところでガチャンと外から音が聞こえた。ガチャン?まるで鍵を掛けたような音、が……。まさか、と思い部室の扉へダッシュしたが、時は既に遅し、いくら力を込めて引いても一つしかない部室ドアは開かなかった。つまり、豪炎寺と押し問答をしているうちに鍵を掛けられてしまった。
「…ごうえんじぃ」
「どうした…?」
情けさなすぎる俺の声に流石に何かを察したらしい豪炎寺はすっかり着替えを終えてからロッカーの扉を締めて俺の方へ寄ってくる。多少まだ距離はあるものの、ここ一週間で一番といっていいくらい距離が近くなれたことは嬉しいが、正直この状況は嬉しくない。
「ドア…」
「……まさか」
見るからに顔をサッと青くした豪炎寺はあまりにも信じたくないのかその言葉の先が続かない。言わなくても何となく何を言いたいのかわかってしまうのが幸なのか不幸なのか。たてつけの悪い年代物の部室は内側からは開かない、鍵の役目としては半分仕事を放棄しているような状態であるため、外側から鍵をかけられたということはつまり…そういうことで。豪炎寺に事情聴取するにはもってこいの状況にはなったが、まさか二人共自力で出られなくなるなんてなあ。神様がいるなら今すごく憎い気持ちだ。
どうしたものかと困っていた俺は、どうしようと思いつつちらりと豪炎寺を見ると、豪炎寺は俺よりももっとすごい有様だった。顔は真っ青で汗はだらだらだし、小声でずっと何か呟いている。「どうしよう」とか「まずい」とか。
「豪炎寺?」
「っ、あ…いや…」
「大丈夫か…?お前顔真っ青だ、……」
頬を流れる汗を拭ってやろうと思って豪炎寺の顔に手を伸ばすものの、すいっと顔を逸らされる。心配することすらも許されていないような気がして、一瞬にしてカッと頭に血が上った。だめだ、ここで豪炎寺を怒っても意味がないってわかってるのに。今までのいろんな感情が全部爆発してしまった。
「なんで!なんで…俺は、ダメなんだよ…!」
「すまない……」
謝ってほしい訳じゃない。触れることを許してくれない、隣にいることを許してくれない、ならばせめてその理由が知りたいのに、理由すら教えてくれない。ずるい、と思う。何もかもわけがわからなくて苦しいのはこっちなのに、俺以上に豪炎寺の顔が苦しそうで、悲しそうで、つらそうに歪められていて。ここで漸く俺はこれ以上何もできないんだ、と悟ってその場で項垂れると、また少しだけ距離をとった豪炎寺が聞き取れないくらい小さな声で「呪いにかかってしまったんだ」と吐き出すように言う。豪炎寺の言葉は今の俺には訳がわからなくて、「わけがわからない」という意味を込めて目線を豪炎寺に合わせたが、彼が俺の方を向くことはやっぱりなかった。声がもっと聞きたくて、四つん這いになって近寄ろうとする俺だが、右手をパーにして俺に向けて「これ以上来るな」とでも言うようなジャスチャーをする豪炎寺を見て、俺の動きは一瞬止まる。二人きりの部室に落ちる沈黙。
漸くここでやっと目が合った。のに、豪炎寺はまたあの、いろんな感情が綯交ぜになっている複雑な表情をしていて。俺はその顔を見て無性に切なくなる。どうしてだろう。
「だめだ、えんどう」
「…なにが」
「おれ、おまえを、わすれたくない、から…」
だから、触らないでくれ、近寄らないでくれと独り言のように呟いた豪炎寺の瞳から涙が一筋、音もなく静かに頬を伝っていった。
何故か俺の頭の中で踏切の警告音がカンカンカンと煩いくらいに鳴り響いていた。
(2016/8/20 +01:20オーバー)