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    seki_shinya2ji

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    pixivにあげている【A】という作品の2人の今です。
    Aが未読でも読めますが、よろしければこちらから御読みいただけます。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16362810

    花の雨、雨の歌___昨日桜が満開になった関西ですが、今日の雨で散ってしまうかもしれません。

    そういったニュースキャスターの声ををベッドの布団の中から聞いていた。確かに関西は雨である。今日の雨は強さがないことが音で分かる。しかしカーテンから漏れる光はほとんどないため雲は厚いらしい。倫太郎は、雨の音が嫌いだった。雨の音は様々だ。窓に当たる音、水たまりに滴り落ちる雫、風の音、様々だ。最も嫌いだったのが傘の中だ。音は反響して風の音が吹き込んでくる。ただでさえ低気圧で頭がひどく痛んだというのに、割れてしまうかと思うほど頭が痛かった。母に申告するとノイズキャンセリングのヘッドフォンを買ってくれたが、鎮痛剤は買ってくれなかった。
    今の倫太郎は、低気圧にも参っているがそれ以上に腰が痛んでいる。しかし以前と違うのは、ちょっと下手くそな鼻歌が聞こえることだ。ちょっと音程が気持ち悪いことになっているが筋は悪くない。裏にひっくり返る声はハスキーで少し心がくすぐられていた。





    倫太郎がおにぎり宮で棲み込みアルバイトを始めて初めての春である。春がとても忙しいことは治から聞いていた。どれくらい忙しいのか、と聞くと、「体を割って自分を3人作り出したいくらい」と言っていた。花見のシーズン突入である。おにぎり宮の常連客もそうでなくても、おにぎり宮のおにぎりを買って花見に行く。今年は天気が悪い。ただそれはそれで人は外に出る。春と言えど直射日光は辛いし、女性は気にする。花粉もよく飛ぶ。しかし曇りの日は熱くなくて過ごしやすいためみんな出て行く。そのため曇りで桜がほぼ満開だった昨日は驚くほど忙しかった。人が途切れないため、治は永遠とおにぎりを握っていたし、倫太郎も「お釣りです」と「お待たせしました。ありがとうございました」を永遠と繰り返していた。夜になっても帰宅するはずのサラリーマンがおにぎり片手に夜桜見物である。閉店前ギリギリまで働いた倫太郎は初めて「死ぬかと思った」と思った。「死にたい」とは思ったことは何度もあったが「死ぬかと思った」と思ったのは初めてであった。
    暖簾を片すのは倫太郎の役目である。時間ぴったりに終わらないと死んでしまう、という半分強迫観念に近いその思いで暖簾を手にすると「あ、今日終わりですか?」と女性二人に聞かれてしまった。「すいません」と謝るとソソクサと店に引っ込んだ。
    「つっかれた……」
    思わず座り込んでしまったのは倫太郎だ。治は苦笑している。
    「お疲れさん。飯食うか?」
    「ごめん、要らないです……」
    「そないにか。分かった。明日の朝飯にしよ」
    そういう治の手には皿に盛られたおにぎりが4つあった。倫太郎は少しだけ申し訳なくなった。あんなに忙しかったのに自分のためのおにぎりまで握っていてくれたのだ。
    「大丈夫やで。明日は雨の予報やから今日みたいにお客さんは来んやろから。朝はゆっくりしな」
    笑っている顔を見ると異様なほどの安心感がある。治の声はいつでもAだ。その音の安定感だけが倫太郎の安心になっている。今日も慣れない客の波で焦ることもあったが、「いらっしゃい」という治の声で心を落ち着かせていた。
    「治さん」
    倫太郎は二階にある二人の部屋に向かっている治に声をかけた。振り返った治の顔にまた心がざわつく。何かがあふれてくる。疲れているのに、今にも倒れそうなのに、頭に靄がかかって口の中がうずいている。
    呼び止めたのに何も言わない倫太郎に、治は首を傾げた。しかし彼が何を言いたいのか分かってしまった。本人は何が言いたいのか分かっていないらしく、戸惑っている様子が、治の目には意地らしく映った。
    「……そないな顔せんでや」
    はよおいで、と言った治の声は震えていた。






    ____今日は『花の雨』となりそうです。肌寒くなりますので体調管理にはお気を付けください。気象予報でした。
    「ックシュ」
    天気予報士の言葉で寒さを実感した。途端にくしゃみを一つ。それもそのはずで倫太郎は何も着ていなかった。体は清潔感がある。いつの間に。追って再び感じた寒さに思わずシーツを掴んだ。服が見当たらない、と思ったらその辺に放ったままだった。こういう所は適当であることをこの半年ほどで知ってしまっていた。基本はマメで、朝ごはんは毎日食べて毎日清掃をする。金の管理もきちんとしている。しかしつまみ食いはそこそこあって、洗濯を時々めんどくさがる。そういう所が良かったりする。
    「およ、起きとったんか」
    おはよう、と言った治におはようございます、と返す。今日もAの音が心地いい。そして服を着ないまま治の手を見た。昨晩見たおにぎりや、味噌汁が載ったお盆がある。朝ごはんは布団を敷いているここで食べるらしい。
    「お弁当みたい」
    倫太郎はつぶやいた。
    「花見みたいか?」
    治は笑っている。
    「ここなら雨でもお花見できますね」
    「ええなぁ。俺基本的に花見時期が稼ぎ時やから当分花見してないねんけど、そうやな。雨の日は倫太郎と花見の日にしよ」
    その日の晩のこと。風呂場から聞こえた倫太郎の、治より少し上手い鼻歌は、ブラームスであった。
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