違法マイク一零早朝の山田家、珍しく一睡もしていない次男と三男が落ち着かない様子で部屋の中を歩いていた。
「いち兄…まだ既読もつかない…」
「やっぱ何かに巻き込まれてんじゃねぇのかな…今からでも探しに行くか?」
遅くなる時や帰れそうにない時は必ず連絡を入れてくるのに今日は連絡が無いどころか送ったメッセージに既読すらつかない。
「いや、始発が出るまで待ってよう。もしかしたら終電に間に合わなかっただけかも知れないしさ。スマホもバッテリー切れちゃっただけかも」
「そうだな。まだ暗いしこんな天気の中外出たって兄貴が知ったら心配かけちまうもんな」
日付が変わる少し前から降り出した雨は時間が経つにつれ酷くなり、今では強風によって窓に叩きつけられていた。
最近一気に肌寒くなってきた上にこの雨で更に気温が下がっている。
もしなにかに巻き込まれてこの雨の中外に置き去りにされていたら、そんな不安ともし本当に一郎の身に何か起こっていたら、という恐怖に、三郎は身を震わせた。
さっきまで落ち着きなく喋っていた二郎も口を塞ぎ、静かになった家の中で叩きつけられる雨とカチカチと動く時計の針の音がやけに大きく聞こえる。
始発が出るまであと2時間と少し。もう二郎の言った通り探しに出てしまおうか。そう思い始めた時玄関からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
2人は一郎が帰ってきた!と喜びに溢れた顔を見合わせた後慌てて玄関まで走った。
家の中を濡らさないように玄関で上着とシャツを脱ぐ一郎の体にどこも怪我の痕が無い事に心底安堵しながら「お帰りなさい!」と揃って声をかける。
「ただいま…ってお前らまだ起きてたのか。ごめんな連絡できなくて。心配したか?」
普段こんな時間まで起きていたら早く寝ろと怒る一郎だったが今日ばかりは負い目があるのか優しく言葉を返す。
「心配しましたけど無事帰ってきてくれたのでもう大丈夫です」
いかにも安心した、というような顔をする2人の頭を撫でようとした一郎は己の手が濡れている事を思い出し伸ばそうとした手を引っ込める。
「タクシー使ったんだが少し濡れちまった。タオル持ってきてくれるか?2枚頼む」
「2枚?まぁとりあえず持ってくるね!」
普段の一郎であれば洗濯物が増えるから、と1枚しか使わないのに珍しく2枚要求してきた事を不思議に思いながらも二郎はタオルを取りに行く。その間にこれ以上濡れないように一郎に荷物を回収しておこうと玄関に一歩近づいた三郎は閉まりきっていな扉の奥に人影がある事に気がつく。
「あれ?後ろに誰かいます?」
「ん?なんだまだ入ってきてなかったのか。照れてんのか?」
こんな時間に人を連れて帰るなんてどうしたのだろう、と思いつついち兄は優しいからこの大雨の中同じように帰れなくなった知り合いを見つけて連れてきたのだろうと思い戻ってきた二郎にお客さんが来ていることを伝える。
「いつまでも濡れたままでは風邪を引いてしまいますし早く中に入ってきてください。お風呂もすぐ用意しますから」
「風呂もいいが…まずは2人に紹介し直さなきゃな」
そう言い一郎は陰から誰かの腕を掴んで引き摺り出し良い笑顔で二人に見せる。
「天谷奴零改め山田零、俺の恋人だ!」
「は、」
「え?あ?ん?」
陰から出てきたのはオオサカディビジョンのメンバーであり自分達の父親と名乗る男、天谷奴零だった。
その父親(仮)が恋人?何故?と困惑している2人を置いて一郎の紹介は続く。
「だから親父っていうよりお袋になんのかな、いや俺の恋人だから兄?姉?まぁ好きなように思ってくれて良いからよ」
聞きたいことは色々あるのに衝撃的すぎて何も言葉が出てこない事を良い事に一郎はつらつらと言葉を連ねる。
「あと今日から零と一緒に住むことになったから!急でわりぃけど仲良くやれよ」
情報量の多さに意識が飛びそうになる二人だったが何とか取り戻し状況の把握に努めようとする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいいち兄、何がなんだかもう…」
「そうだよ!前も黙ってないでなんか言えよ!」
雄弁な一郎と違い黙ったまま一向に喋り出さない天谷奴の方を向くと普段の姿からは想像できないほど悲壮感に溢れ、死んだ魚の目で全てを諦めたかのような笑みを浮かべていた。
そしてか細い声でポツリと呟く。
「…なんも言えねぇよ」
どうしてこんなことになったのか、それは昨日の夜に遡る。