【萩景】パイプカット『萩は跡継ぎなんだから、オレなんかと付き合ってちゃダメだよ』
『男の子は萩だけでしょ?』
『だから…別れて、ください…』
今にも泣きそうな顔をして、別れを切り出した俺の恋人。
それは本心じゃなくて、言わされているんだとすぐにわかった。
一目惚れだった。
大学のキャンパスで大輪の花が咲いたように笑う諸伏ちゃんを初めて見たとき、雷に打たれたような衝撃が走った。
嗚呼、この子が俺の運命の人なんだってすぐにわかった。
諸伏ちゃんと出会ってから、世界が色鮮やかに見えて、今までつまらなかった毎日が楽しくて仕方なかった。金目当てに集る下品な女共には目もくれず、何度も諸伏ちゃんにアタックした。最初は相手にされなかったけど、何度も何度も大好きだって伝えて、やっとの思いで付き合えた。
この子を誰にも渡したくない。
キミ以外考えられない。
世界で一番愛してる。
なんて、売れないミュージシャンが書きそうな陳腐な歌詞みたいなことを心の底から思うぐらい、たくさん愛し合って、幸せな時間を過ごした。大学を卒業してからは一緒に過ごす時間は減ったけど、互いを想う気持ちは変わらなかった。
この先もずっとこの幸せが続くと思っていた。死ぬまでずっと一緒だと思っていた。
なのに、何で?
跡継ぎだとしても、俺と別れる必要なんてないでしょ?
なんで長男だといけないの?
何度説得しても、諸伏ちゃんは静かに涙を流しながら首を横に振るだけ。そんな顔をさせたくないのに、今の俺は大好きな子を笑顔にすることができない。
別れ際に、涙に濡れた瞳を伏せ『オレじゃ萩の子どもを産めないから』と苦しそうに笑った諸伏ちゃんの顔が忘れられなかった。
オレじゃ子どもを産めないって…?
言葉を理解できないまま呆然としていると、俺はあることに気付いた。
最近やたらと見合いの話がくるのは、そういうことか。俺の身辺調査をして諸伏ちゃんとの関係を知った親が別れるよう仕向けたんだ。
別れるなんて、そんなのヤだよ。ダメ、絶対にダメ。
諸伏ちゃんは俺とずっと一緒にいるの。周りなんて関係ないでしょ?何で他人の言うこと聞くの?俺以外の言うこと聞いちゃダメだよ。
ダメ、絶対にダメ…………
ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ…………俺と別れるなんて、絶対にダメだから
「いま、なんて…?」
顔を真っ青にさせて聞き返す諸伏ちゃんに、もう一度伝える。
「だから、パイプカットしてきたって言ったの。これで俺は誰と結婚しても子どもはできない」
諸伏ちゃんはいい子だから、自分のせいで子どもができなくなったってわかったら俺と別れられないでしょ?
「なんで、そんな…」
こうすれば俺のこと捨てないでしょ。
「諸伏ちゃんが別れるなんて言うからだよ?」
「オ、オレはそんなつもりは…!」
恐怖に染まった瞳を向け、体を震わせる諸伏ちゃんの手を取る。
「さ、行こうか」
指先まで冷えた手を温めるように両手で包み込むと、顔を引き攣らせながら問いかけた。
「ど、どこに…?」
「もちろん、俺ん家だよ! 親に時間取ってもらってるんだ……紹介したい人がいるって」
ニッコリと笑顔を向けた瞬間、逃げ出そうとした諸伏ちゃんの手首を力一杯握る。痛みで声を上げるが、気にせず握り続ける手首には赤黒い痣がべったりと付いた。
「嬉しそうな顔して言ってたよ。どんな素敵な女性を紹介してくれるのかしら…って。俺から無理矢理引き離そうとした男が来るなんて、これっぽっちも思ってないんだから」
ボロボロと涙を流す諸伏ちゃんに胸が高鳴った。
嗚呼、こんなにも俺のことを思って涙を流してくれるなんて、やっぱり諸伏ちゃんは俺の運命の人なんだね。別れるって俺を試そうとしただけだよね?俺の愛が本物かって。ほんと可愛いことしてくれるね。俺が諸伏ちゃん以外興味ないって知ってるくせに。
顔を歪めて泣き続ける諸伏ちゃんの可愛さに感極まって、ギュッと優しく抱きしめて誓った。
「大丈夫。一生、離さないから」
だから安心してね。