魔法少女 猫もどきは俺を見て微笑んでいる。
『ああ、言っておくけど僕は猫もどきという名前ではないよ。といっても名前なんて無いのだけれど。そうだな、ここでは便宜上ヨンべえとでも呼んでもらおうか』
「はぁ? はぁ?!」
『そんなに驚かなくてもいい。言っただろう、僕はこの世の生物じゃ無いって。君が何を考えているかくらい分かるさ』
ヨンべえと名乗る生き物はさも当然といった風に言いのける。
『僕はとある力を使って怪物たちが出現する先を先読みし、奴らがくる前に少女たちと契約して魔法少女になってもらっているんだよ』
「はあ」
『そして次に奴らが狙うのは賢者の島……いや、このナイトレイブンカレッジだということがわかったんだ』
「はぁ」
『と、いうわけで、僕と契約して魔法少女になって欲しいんだ』
「いやいや、俺、男だから——!!」
今日一番の正論だった。
ようやく言えたーー。はい、これでもうこの話は終わり。解散解散。
賢者の島に住む美少女を探してそちらで頑張ってくれ、と手を振って去ろうとしたのだが、ヨンべえは一歩も引き下がらず、むしろ顔がぶつかるほどに俺に近づいてきた。
『そんなことは知っている』
「はい?」
『君が男であることは百も承知だよ。それでも君に適性があるからこうやって現れたんだ。もしや魔法少女なんて少女であれば誰でもできると思っているのかい?』
ーーな、なぜ俺が怒られているんだ。
ヨンべえはこんな小さな体のどこから湧いてくるのかと思うほどの威圧感でにじり寄り、ジリジリと俺を後退させる。
『君がそうやって男や女などつまらない性別に拘っている間にも、君の大事なこの学園が跡形も残らないほどに無茶苦茶になってしまうんだよ? それでも君は良いっていうのかい? 大事なお友達が逃げ惑うことになるよ』
「別に俺が性別に拘っているわけではないのだが……。それに俺はこの学園に友人なんていないし。とにかく、俺は忙しいんだ! もうすぐ3時になるから、それまでにバクラヴァを作ってやらなくちゃいけないし……。俺は平々凡々な一介の従者だぞ、俺なんかより適正のある魔法少女を探してくれよ」
『君ねえ、僕は新興宗教の勧誘をしているわけじゃないんだよ。君にしか出来ないことだから、僕はここにいる。それに』
ヨンべえは愛らしいフォルムにおおよそ似つかわしくない不敵な笑みを浮かべた。
『本当に辞退して良いのかい? このままではあの怪物が現れた時、誰も対処できず、この学園は閉鎖になる。そうすると、どうなるかなあ……うん。とりあえず君は君の主人と一緒に故郷に帰ることになるだろうねえ。彼の家は裕福だ、この学園が無くとも別の学校に通えるだろう。しかし、君はどうだい? 学園が潰れて、多額の学費が戻ってくるかな? せっかく普通の人間より抜きん出た才能があるのに、これから先、家業ばかり勤しんで過ごしていくつもりかい?』
「……俺を脅しているのか?」
『まさか! 僕は君と未来を守るパートナーでありたいんだよ。この事態が飲み込めていない君に、起こるかもしれない未来を伝えているだけに過ぎない』
ヨンべえは俺から距離を取ると、『さあ、どうする?』と綺麗な瞳で真っ直ぐ見据えてきた。
どうするもこうするも……。こんなもの、元々俺に選択肢なんてあって無いようなものじゃないか。
下ろした拳をぎゅっと握る。どうして自分はこういう面倒ごとに巻き込まれるのか。一体前世で何をした。
「……わかった。そこまで言うならやってやるよ」
『ありがとう。分かってもらえて嬉しいよ』
「一応言っておくが、怪物を倒すときに限り手を組むだけだからな。それ以外でお前と馴れ合うつもりはない」
『勿論。それで構わないよ』
ヨンべえは俺の周りを一周してから肩に降り立った。
『それじゃあ色々と説明をするから君の部屋に行こうか。連れていってくれ』
……こいつ、俺の肩に座って悠々と運んでもらう気だな……。
図々しいやつ。口の中で小さく舌打ちをすると、俺はスカラビア寮内にある自室へと足を進めた。