シックザール 第一章 第一話「日常」「あ。」
読んでいるミステリー小説の展開にも飽きてふと窓の方を見ると、毛並みの綺麗な黒目の狼が野うさぎを捕らえていた。急所の首を捕らえられたのか、野うさぎはぴくりとも動かなかった。狼は僕の視線に気が付いたのか此方を見た。目が合うと黒曜石のような瞳を少し見開き、そのまま走り去っていった。良いな。僕にはあんな風に走ってみたい。それが出来ないこの体を何度も恨んで憎んで、、、もう今では諦めた。
「坊っちゃん。紅茶です。、、、何か見えましたか?」
「狼が、うさぎを捕まえてた。」
「左様ですか。」
僕の執事である爺やはそれ以上何も言わずに退出した。そして僕は窓から視線を離して手元にある本にまた集中を始める。一応僕の事を言っておこう。僕の名前は桃瀬××。父さんが軍の最高位に属する人だから結構凄い家柄の一人息子。そんな凄い父さんを持つ僕だけど僕は父さんどころか母さんの姿すら一度も見た事が無い。一番幼い記憶がある時にはもう既にベッドの上だった。爺やは二人とも忙しいからって言ってるけど本当かどうか確かめる事も出来ない。
なぜなら僕には生まれつき足に異常があった。足の一部が潰れたミミズみたいな痣があって少しでも触ったり、水に触れただけでも痛い。それに関節にも異常があって立ったり曲げたりすると痛みが走る。さらに皮膚まで弱いらしく、少しでも日に当たると痛くて痒くなる。だから僕は生まれてから一度も草の匂いを嗅いだ事も、太陽の下で遊んだ事も無い。そのせいなのかは分からないけど僕には友人がいない。ずっと相手をしてくれる人がいないからいつも部屋で本ばかり読み散らかしていた。毎日毎日同じ事の繰り返し。
そんな事を繰り返していたらいつの間にか明日で13を迎えていた。足は先天性で、治療法も確立してないから治る事はないらしい。プレゼントの為にメイドや爺やが頑張ってるみたいだけど、祝ってほしい人がいない誕生日なんて嬉しくなんてなかった。
プレゼントなんかいらないから両親に会ってみたい。その一心だけだった。でももし両親がこの世にいなかったら?会った事がないのはもうこの世にいないから?考えると怖くなってきた。でもその考えが思いつくとそれしか考えられなくなってきた。両親は生きてる。絶対に。今度こそ会えると信じて僕は本を閉じて布団を被り目を瞑った。