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    ヒロス

    いかがわしいものとか色々置き場

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    ヒロス

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    🐉🍯 ドラみつ

    別れてくっついてを繰り返す🐉🍯と巻き込まれ❄️。の話を聞く🎍。
    大人軸

    こっからが本番です。 「では、タケミッチの婚約を祝して!カンパーイ!」
     千冬の声と共にグラスがぶつかる音が響いたのは、今から2時間ほど前だった。
     今日は俺の婚約おめでとうパーティー!と、言う名の、いつもの元東卍幹部面子の飲み会だ。
     けれど、今はもうみんなそれなりにいい大人になってるし、みんなそれぞれ別の道を歩いているし、今となってはそのいつもの面子飲み会すら凄く久しぶりだ。
     俺がヒナとの結婚が決まったと伝えたら、じゃとりあえずみんなで飲もう!と、千冬が色々と手筈を整えてくれた。
     開催は夜10時から。ラーメン双悪が仕事終わりに場所を貸してくれるらしい。
     そして今は夜の8時。双悪近くの居酒屋でゼロ次回が開かれている。
     集まれる人から適当に集まろうと言う千冬の提案で、チェーン居酒屋の奥座敷に予約を入れた。そして今、俺と千冬が横並びに座り、その前にはドラケンくんと三ツ谷くんが横並びに座っている。
     ちょっと珍しい組み合わせ。
     ドラケンくんのバイク屋は今日は早めに閉めたと言っていた。一緒にバイク屋をやっているイヌピーくんは、観たい映画があるからと、双悪から合流するらしい。相変わらずマイペースだなぁ。
     
     今はデザイナーとして活躍している三ツ谷くんは、数日前に大きな仕事が一段楽着いたばかりだそうだ。ちょっとの間ゆっくりするよ。と、乾杯前に大人の顔で笑っていた。もちろん、ヒナのウエディングドレスは三ツ谷くんにお願いするつもりだ。絶対世界一ヒナに似合うドレスが出来上がるはずだ。
     パーちんくんとペーやんくんは仕事が終わり次第こっちに来ると言っていたが、何かトラブルが起きたらしく、この調子では双悪合流かもしれない。
     一虎くんは…雇い主でもある千冬の話によると、職場であるペットショップの事務所のソファでうたた寝してたから、書き置きして置いてきた。との事だった。
     起こしてやればいいのに。と俺が言ったら、一虎くんを甘やかしたらダメだろ!と返ってきた。相変わらず一虎くんには容赦無しだぜ千冬!でも千冬が、世の中浦島太郎状態の一虎くんに何かと甘いのは、東卍メンツはみんなよく知っている。いつかドラケンくんが「でっけー子育てだな」と言っていたのを思い出して、俺はちょっと可笑しくなった。

     
     乾杯から2時間。
     みんな少しペースが早くて、俺はちょっと心配になる。双悪からが俺のパーティーの本番だってのに…!
     まぁ、ドラケンくんはザル?ワク?ってやつだからいいとして、その隣に座る三ツ谷くんなんてもう若干赤いですけど。
     ここんところ徹夜続きだったって言ってたから、酔うのも早いのかも。
     

     「あー。しかしタケミッチが結婚かぁ。もう12・3年ずっと付き合ってんだろ?なんか不思議だよな。」
     ドラケンくんが何杯目かのジョッキを煽りながらそう言って笑う。その隣では赤い顔の三ツ谷くんがメニュー表を眺めながら、「ほんとになー不思議だよなぁー。あ、俺、ハイボールにしよ!あと日本酒!」と、棒読みで俺の結婚への感想を述べた。俺の結婚より酒が大事なんすか!まぁ、そうでしょうけど。
     
     いやしかし…確かに、ヒナとはもう長い付き合いだ。紆余曲折あった。本当に不思議だ。俺は「あざーす!」とドラケンくんと一緒に笑いながら、ヒナとの紆余曲折を思い出し、タコワサを噛み締めた。
     いやー、色々あったなぁ…。喧嘩したりしたなぁ…。ほんと色々あったなぁ…。
     
     その時、隣に座る千冬が凄い勢いでグラスを置いた。テーブルとカシスオレンジのグラスがぶつかり、ガツンと大きな音がする。そこに座る俺を含めた3人が、一斉に千冬に目を向けた。

     「なんも不思議じゃねーっす!」
    若干目の座った千冬が、目の前の2人に向かってグイッと体を乗り出している。
     あー千冬も結構酔ってるなぁ。ここは俺がちゃんとしなきゃだな。主役だってのに。
     「千冬。危ねぇって。」
     俺は目の前のグラスが倒れないように、いそいそと脇に寄せた。
     「なんも不思議じゃねーっすよ!俺からしたら…俺からしたら…何回も別れてヨリ戻してるアンタらの方がよっぽど不思議っす!てか、今日のこの感じじゃまたヨリ戻したンスよね?いつっすか?!」
     千冬は一気に捲し立てると、ストンと元の位置に戻り、残りのカシスオレンジを一気に飲み干した。
     
     え?ドラケンくんと?三ツ谷くんが?別れてそんでヨリ戻したの?へー。より戻したのかー。へー……。

     「って!えーっ?付き合ってたんすか?」
     
     ガタッと机に手をついて膝立ちになって大声を出す俺に、千冬がシッーと人差し指を立てる。
     いやいや、これは大声も出るだろう…。
     えー……。

     いつからっすか?と聞く俺に、ドラケンくんが、おぅ。と答える。
     「ハタチちょい前だったからもう7年くらいになるか。あれ?タケミッチ知らなかったか?」
     三ツ谷が言ってると思ったわ。と、ドラケンくんは笑う。
     「えー。俺言ってねぇよ。タケミッチに聞かれてねーし。」
     その隣で三ツ谷くんもそう言って笑う。
     「千冬知ってたのか?」
     俺が千冬に顔を向ければ、千冬はブスッと膨れた面で小さく頷いた。
     「だって千冬には結構しょっぱなに聞かれたしな。」
     三ツ谷君の言葉に、千冬はますます唇を尖らせる。
     「俺は聞いた事、めちゃくちゃ後悔してますよ…。おかげでずっと巻き込まれっぱなしですっ!」
     おぉぉ!千冬の語尾が強い!
     俺はちょっとまだ頭の整理が追いつかなくて、色々と一生懸命考える。情報が渋滞するってこういう事なんだな。

     しかし…えー…そうなのかー…。
     ドラケンくんと三ツ谷くんが…。
     いや、いつもなんか仲良いなぁとは思ってたんだよね。なんか空気が濃厚だなぁとか、距離感バグってんなぁとかは思ってたんだけど…えー…マジかー…。

     「どっちが告ったんすか?」
     俺の口からふと漏れた純粋な疑問に、目の前の2人はお互いに顔を見合わせる。
     「あー。俺。」
     ドラケンくんの言葉に、三ツ谷くんが「は?」っと冷たい声をあげた。
     「俺のが先っしょ?」
     「三ツ谷のはベロベロに酔っ払ってたからノーカンだろ。」
     「嘘!あれノーカン?結構勇気振り絞ったんだけど?」
     「ベロベロに酔っ払った野郎に、『ドラケンの死際見てぇ』って言われても告白されてるなんて思わねぇだろ普通。不穏しかねぇわ。」
     「マジかー。てかそれ老衰設定だからな。それだけ一緒に居てぇって事だろ。汲み取れよ。」
     「汲み取れっかよ。難しすぎんだよ。」
     「でもドラケンのだって変だったよな。『お前食っちまいてぇ』ってシラフで言うのもヤベェからな。あ、俺、カニバ無理なんで。」
     
     トーンは低めにギャイギャイする2人をじっと見る。
     この2人、お互いその告白でよく付き合い始めれたな。
     「付き合ってください」「はい喜んで」みたいなのかと思って聞いた俺が馬鹿だった。
     てか7年付き合ってるんすよね?何でそれ今頃確認し合ってんですか?
     ちょっと様子がおかしいかもしれないぞ。この2人。
     
     「で?今回はいつ戻ったんすか?」
     千冬の声に俺はハッと意識を取り戻した。
     そうだった。そんな話だった。
     「いつだっけ?ヨリ戻ったの。先々週くらい?」
     三ツ谷くんがちょっと考える素振りをみせ、それにドラケンくんが舌打ちをする。
     「先月。」
     「マジか。ドラケンよく覚えてんなー。」
     三ツ谷くんはそう言いながら、運ばれてきたハイボールを受け取るついでにドラケンくんの顔をジッと覗き込んでいる。
     千冬はそれを見ながら、俺の隣で盛大なため息を吐き出した。
     「先月なら今回は3ヶ月別れてたじゃないっすか。今回結構持った方すね。」

     えー…結構もった方ってのは、普通付き合ってる期間に使う言葉じゃ無いのか?別れてる期間にも使うのか?それ。いや、そもそも別れてる期間ってなんだよ…えー…?
     
     「そもそも何回目すか。これ。」
     千冬はもう一度大きなため息を吐き、俺の手の中からウーロンハイのジョッキを奪い取った。
     「えー。ドラケン覚えてる?5回目くらいか?」
     「7回目な。」
     「ななかいー?7回別れてんすか?」
     またまた飛び出た俺の大声に、千冬がまた人差し指を立てる。
     いやいやいやいや。だってしょうがねぇじゃん!大声も出るわ。7回だぞ!7回別れて7回ヨリ戻したって事だぞ?やっぱりこれは普通じゃねぇぞ相棒!俺の知らない世界がそこにあるぞ。この2人、なんか様子がおかしいぞ相棒!

     俺は正座に座り直し、一度グッと目に力を入れ、意を決して目の前の二人をじっと見る。聞いていいのかわからないけど、疑問に思ってしまったんだから仕方ない。だから聞いてみる。
     「てか、なんでそんな何回も別れるんすか?」
     「おい!タケミッチ!」
     千冬が俺の服の裾をグイグイと引っ張る。
     「いや、だってめっちゃ気になんだろ。…で、何で別れたんすか?教えてください!俺のこれからのために!先輩!」
     俺の言葉に千冬は何故かオデコに手を当てて天を仰いでいる。そして「面倒臭い事になるー。」と小さく呟いた。
     どうやら酒の入った前方二人は面倒臭いらしい。
     

     三ツ谷くんが冷酒の入ったグラスを指でなぞりながら、んー。と瞳を上に向ける。
     「えっと…1回目なんだったかな。」
     「お前が女扱いすんなってガンギレしたやつだろ。」
     ドラケンくんが大きなため息と共にそう吐き出した。
     「あ、そうだ。それな。あれは、ドラケンが急に彼氏面してきてベタベタ優しくすっから。」
     「は?彼氏面ってなんだよ。彼氏だろ。」
     「で、何回言っても優しくすっから腹立って俺から別れた。」
     「三ツ谷くんから別れたんすか?」
     「おう。別れんの大体コイツからだな。戻ってくんのもコイツからだけど。」
     ドラケンくんはそう言って、三ツ谷くんの頭をツンツンと突きながらジトっとした目を向ける。
     「つーか普通、恋人には優しくすんだろ?それをなんでかこいつが女扱いすんなってキレ散らかして喧嘩んなった。」
     「へぇ〜。大変だったんすね…。」
     そう言ってみたものの、俺には全然意味がわからない。
     え?何?優しくされて別れるって何?恋人に優しくされたくない人とかいるの?俺なんか全人類に優しくされたいですけど?!
     でも現に、それで別れた人達が目の前にいる。え?ちょっと言ってる意味が本当によくわからないすねぇ…。
     
     「最初に俺が巻き込まれた事件それっす!2人が別れた次の日かな。急に三ツ谷くんに呼び出されて。」
     俺の横の千冬が、タッチパネルで酒をドカドカ注文しながらそう呟いた。
     あーあー、飲みきれんの?それ。それとも飲まなきゃやってらんない心境なの?
     「あの時は最初だったから俺めっちゃ心配したんすよ!まさかこんな、離れてくっついてする事になるとは思ってませんでしたけど。」
     「悪かったって!俺もなんか勢いでドラケンと別れたからかなりテンパっててさ。誰かと付き合うとか別れるとか初めてだったし。どーしていいかわかんなくてなぁ。で、千冬しか思いつかなかったんだよ。お前恋愛漫画めっちゃ読んでたじゃん?」
     「で、その時はどんくらいで元サヤでしたっけ?」
     「あの時は多分2ヶ月位?なんか急にドラケンが近くにいないのはおかしいな?ってなって、夜中にドラケンのとこ押し掛けて仲直りした。でもさー、信じられっか?ドラケン、別れてるとは言え、2ヶ月間電話一本してこねーんだよ?付き合う前なんか用もねーのに毎日かけてきたくせに。別れてる間は元気か?ってメール3回きただけ。」
     アルコールのせいでいつもより少し幼く陽気な三ツ谷くんは、ケラケラ笑いながらそう言って、ドラケンくんの肩を叩く。
     普通、別れてたら電話しないんじゃないかなーとも思ったけど、別れた回数を覚えてない三ツ谷くんがその時のメールの回数は覚えてた事に、なんとなくちょっとだけ胸が苦しくなった。
     「あ、もしかして、メールの保護の仕方教えてくれって来たのその時ですか?」
     千冬の言葉に、三ツ谷くんがニャハハハと照れたような変な笑い声を上げた。
     この感じはきっとそうなのだろうな。三ツ谷くんの何台か前の携帯には、元気か?のそのたった4文字が、大切に保護されているのだろう。
     あぁぁ…なんかめっちゃ甘酸っぱいっす。
     
     

     相変わらずため息だらけの千冬と、ちょっと拗ねてるようなドラケンくん。
     でもなんか、知らなかった皆んなの顔を知れた事が、俺は今ちょっとだけ嬉しい。
     
    「で、2回目はなんだっけ?」
     首をこてんと傾げドラケンくんの顔を見る三ツ谷くん。あ、俺これ知ってる。あざといってやつだ!
     大人になった三ツ谷くんの雰囲気はあの頃と全然違ってて、なんというか妖艶とでもいうのだろうか、色気がやばい。この人が中学時代、裸に特攻服着てサラシ巻いて、足のバネと跳躍力で大暴れして、挙げ句の果てに鉄パイプフルスイングでぶん殴られてたなんて誰が信じてくれるだろうか。
     まぁ、たまに元ヤンダダ漏れるけど。
     
     「2回目?…んあー…んー」
     唸るように考えているドラケンくんに痺れを切らしたのか、千冬が「あー!もう!」と、目の前の2人を交互に指刺す。
     「アレっすよ!アレ!あのセッ…セッ…夜の営み事件す!」
     あー千冬。セックスっていうの遠慮したんだろうな。こんな場所ではなかなか言いづらい単語だよな。うん気持ちはわかるぞ。でも夜の営みってもっと恥ずいからな。千冬。

     「あ!アレなぁ。エッチの時ドラケン電気消してくれなしいデロデロに甘ったるいし、俺がもうそれ嫌で別れたやつ。俺、やめろって泣いて頼んでんのに。」
     あ、三ツ谷くんはエッチって言う派なんだ。
     てか、この2人セックスしてんのか…。まぁ、そんな長く付き合ってりゃヤルだろうけど、あぁ、そうか。この2人がねぇ。
     てかこれ、俺が聞いていい話?
     まぁ、本人達が喋ってんだからいいのか。まぁうん。酔っ払いだしな…。
     俺は一度俯いて、チラッチラッと2人を盗み見る。
     だって、なんか俺、今すげー恥ずかしい。だってこの2人がセックス!想像しちゃいけないのに、頭の中で勝手にドラケンくんと三ツ谷くんが絡み合って…あー!
     俺はその想像を追い払うように、頭を大きくブンブンと振った。
     あ、でも…このイカつい風貌で電気消す消さないで喧嘩してんの、ちょっと可愛くないすか?
     そんな俺をよそに、千冬はお通しのタコワサをぐるぐる捏ねる。
     「それです!また急に呼び出されて何かと思えば、先輩方のセキララな生々しい話を聞かされる俺の身にもなってください!」
     「は?三ツ谷お前、千冬にそんな詳しく話したのか?」
     「ウハハハ!覚えてねー。」
     「こっちが恥ずかしくなる位めっちゃ詳しく聞きましたよ俺!三ツ谷くん合流した瞬間に酔っ払ってて、もうセキララもセキララ!知りたくなかった性事情すよ!ドラケンくんのドラケンくんがやたらデカい事も、三ツ谷くんにやたら甘ったるく触る事も、俺知ってますからね。」
     うわっ。と額を覆うドラケンくんに、千冬がフフンと鼻を鳴らした。
     
     「いや、でも、なんで三ツ谷があんなに電気消したがってたのかいまだにわかんねぇよ。」
     ホッケを解して口に運びながらドラケンくんがそう言えば、三ツ谷くんがまたケラケラと笑う。この人、意外に笑い上戸だよな。
     「えー。だってあれ、エッチしてまだ数回目とかだろ。見られんのも見んのも恥ずかしいだろうが。」
     「お前にそんな気持ちあったのかよ。」
     「ウケる。今はねぇけど。あの頃は俺も純粋だったかんなぁ。お前とエッチするたびにマジで恥ずかしくてさ、いつか血管爆発するんじゃねーかなと思ってたわ。やってる最中とかもう心臓バックバクでさ。うはは。次の日の朝なんか恥ずかしすぎてドラケンの事まともに見れなかったもんなぁ、あの頃。」
     結局、その別れは3週間で終わったらしい。
     なんか急に2人きりの甘い空気を出してくる目の前の酔っ払った先輩方に、千冬がゴホンと咳払いをした。
     

     「その次、3回はかなりヤバいすよね。俺めっちゃ覚えてますもん。あれ、今回は本当に別れんだろうなって思いました。」
     千冬が俺にメニュー取ってと言いながら、またまた大きなため息を吐いた。
     「あーあれなぁ。」
     ドラケンくんも遠くを見つめながら息を吐く。
     「あれは…ドラケンにも相手の子にも悪いと思ってるよ。」
     急にしんみりした三ツ谷くんに、皆んなの視線が集まった。
     「何あったんすか?」
     こんな空気で内容聞いちゃう俺、ダメでしょ!でもさっきまでケラケラ笑ってた三ツ谷くんが、急ににこんな表情になる出来事が、俺は気になってしょうがない。
     「三ツ谷に好きな奴ができた。」
     「はい?」
     ドラケンくんの一言に、俺の口からつい漏れた疑問の声。
     だってどう聞いても、そこまでの流れの三ツ谷くんはドラケンくんが大好きでしょ?!
    なのに!なのに!急に別に好きな人できたって言われても困る!いや、俺が困る話でも無いし、過去の話なんだけど。それでも、なんか1・2回目と3回目の理由が、頭の中でうまく繋がらない。
     「バイト先のデザイン事務所の先輩の女の人でさ。めちゃくちゃ仕事できる人で、好きって言われて、俺も好きかもって思っちゃったんだよ。で、ドラケンに言って、別れて、その人と付き合って…。」
     俯いて苦しそうにそう言う三ツ谷くんに、なんでか俺まで苦しくなる。
     千冬も下を向いたままだ。
     「でも付き合ったのはいいけど、全然楽しくなくて、ホッともしないし、エッチしても全然気持ちよくないし。あ、そりゃちゃんと勃つしイケはするんだけど、心が気持ちよくないっていうか…なんかもう全然ダメで…」
     「そんで1ヶ月過ぎたくらいの夜中に、急に泣きながら俺のとこ押しかけて来て、今すぐセックスしろって大騒ぎな。」
     今まで三ツ谷くんとは逆方向に目を向けていたドラケンくんが、静かに目線だけで三ツ谷くんを見てそう言った。
     ずっと下を向いていた千冬も、ゆっくりと顔を上げる。
     「三ツ谷くんがドラケンくんに別れを告げたっつー直後に俺三ツ谷くんと会って。他の人好きになったからドラケンくんと別れたって言いながら、三ツ谷くん泣いてましたよね。今だから言うんすけどね。」
     「泣いてねーし。」
     「は?泣いてましたよ。俺、そんな顔して何言ってんだこの人?って思いましたもん。こんなんで大丈夫か?!って。ま、ほんと、今だから言うんすけど。」
     千冬の言葉にまた皆んな下を向いた。
     ドラケンくんがジョッキに口を付けて、一口、二口、と温くなったビールを飲み込んだ。
     「でもまぁ、あれは…俺にとっては必要な別れだったと思ってる。三ツ谷が童貞捨てて女の身体を知って、女の彼氏になるって事を知った上で…その上で俺の事を選んでくれたって事だからな。」
     「そー…ゆうもんすか?」
     俺の口から、またそんな言葉が漏れてしまった。ちょっと震えてたかもしれない。
     だって!だって辛すぎるよ!好きな人から別に好きな人ができたから別れて欲しいって言われたら、俺は凄くツラい。好きな人が他の人とキスしたりセックスしたりしてるなんて考えたら本当にツラい。俺はドラケンくんみたいな大人の考えはできない。でもドラケンくんだって、三ツ谷くんが戻ってきた今だからからそう思えているんだろうけど、別れてからの一ヶ月は一体どんな思いで過ごしたんだろう。想像するだけで俺が泣きそうになる。
     つい漏れてしまった俺の震えた言葉に、ドラケンくんは薄く笑う。
     「そーゆうもん。男同士だとなんか上手く言えねー感情もいっぱいあんだよ。お互い元々ノンケだしな。」
     ドラケンくんはまたジョッキに口を付け、今度は一気に飲み干した。

     シーンとした切ない空気は、トレーいっぱいに酒を運んできた店員さんによってかき消された。
     千冬がさっきドカドカ頼んでいたアルコール達。千冬はそれを机の真ん中に全部同じ並べ、「好きなの取ってください!タケミッチの不安な未来に乾杯しましょう!」とにっこり笑った。
     千冬はこーゆう重い空気を変えるのが上手い。俺は俺で上手いと言われる事もあるが、俺の場合はから回って失敗した俺で空気が和むってやつだから、そんなに歓迎できた特技ではない。
     
     それからも千冬主導でドラケンくんと三ツ谷くんの話は続く。
     4回目の別れの原因は張本人2人も、巻き込まれての千冬も、誰も覚えていなかった。
     原因は誰も覚えていないけれど、2人はガチの取っ組み合いをしたらしく、それは3人とも覚えていた。
     「また三ツ谷くんに呼び出されて、そんで行ってみたら、めっちゃ血みどろで立ってんですもん。めっちゃビビりました。まぁ、原因なんでほんのちっちゃい事だったんでしょうけどね。誰も覚えてないくらいだから。」
     千冬のトゲトゲしい言葉に、目の前の2人はゲラゲラ笑っている。
     「いやー、あん時の鼻に入ったドラケンのパンチやばかった。鼻吹っ飛んだかと思った。流石だわ。」
     「よく言うな。お前の飛び蹴りマトモにくらった俺の話してやろうか?多分肋骨ちょっとやってたぞ。腕落ちてねぇな。」
     お互いを讃えあういい大人に、俺はちょっと目眩がする。
     喧嘩が強い人の思考回路はわからない。俺なんかヒナに一発ビンタされただけで腰が抜けるってのに。
     そういえば、この2人の抗争以外の暴力って見たことないな。そんな二人でも取っ組み合いとかしちゃうのか。まぁ、そりゃお互い一線は知ってそうだから手加減はしてるだろう。それでもたまにタガを外して取っ組み合える対等な人達。
     きっとこの人達の中ではライオンとトラの戯れみたいなもんなんだろう。ちょっとハードなプロレス感覚っ感じだろうか。
     「で?どっちかが勝って別れたんすか?」
     俺の問いかけに、三ツ谷くんが顔を顰める。
     「はぁー?そんな事くらいで別れねーよ。てかあれはドローだったし!」
     そんな事?血だらけがそんな事なの?
     しかし20歳も越えて、お互い血塗れになる程の取っ組み合いできるってやっぱ凄いな。
     「え。でも別れたんすよね?」
     「ドローだったのに!ドラケンがめっちゃ余裕見せてきやがって、俺の事優しく手当てしようとしてきたから腹立って別れた。」
     えー?意味がわかんないっす。普通は血みどろで別れるんすよ!なんで優しく手当てされそうになって別れるんすか?
     俺はヒナに優しく手当てして貰うの好きだけどなぁ。
     選ばれしイケメン達の考える事は本当によくわからない。

     結局その別れも1ヶ月ほど続き、なんとなく元サヤに収まったらしい。
     でも理由も忘れた大人の取っ組み合いを、こんなに楽しそうに話す2人が、なんだかとても微笑ましい。俺は生暖かい薄笑いで大人気ない大人達を見る。
     いつもは1番大人気ある2人なんだけどなぁ。2人きりの時はなんか違うのかもな。

     5回目の別れは、ドラケンくんからだったそうだ。
     「ええーー?マジですか?」
     俺はちょっとびっくりして、本日2度目の瞬間膝立ちを披露した。
     なんか今までの話を総括すると、ドラケンくんから別れるのは無いだろうなと思っていたからだ。 
     三ツ谷くんが独り立ちして、個人のデザイン事務所を立ち上げた直後。三ツ谷くん曰く、ドラケンくんは三ツ谷くんを捨てたらしい。
     ドラケンくんはバツが悪そうな顔で、目の前のアルコールの味を選びもせずに、手当たり次第口に流し込んでいる。
     「なんかさー。お前にはキラキラした世界が似合ってるよ。とか言って、俺の事捨てたんだよ〜。」
     三ツ谷くんはドラケンくんの低音のモノマネを混ぜ込みながらそう言って、日本酒をペロペロと舐めた。
     うわっ!なんですか!その舐め方!めっちゃエロい。それ、ドラケンくんの前以外でやんない方がいいすよ?あー。結構酔ってるなこの人。
     
     「は?おまっ!ずっとそう思ってたのか?捨ててねぇよ。人聞きのワリィこと言ってんじゃねぇ。身を引いたんだよ。身を。」
     ドラケンくんの声に、三ツ谷くんはあからさまに唇を尖らせた。
     「三ツ谷がデザイナーで飛び出すって時に、こんなオイルだらけの野郎が側にいても何の得にもなんねーだろって思ったんだよ。あん時は。」
     だんだん顔の赤さが強くなってきてムーッと唇を尖らす珍しい三ツ谷くんを見ながら、そろそろ烏龍茶でも頼もうかと、俺はメニュー表を探す。見つけたそれは、三ツ谷くんの隣に床置きしてあった。それを取ろうと俺が体をそっちに伸ばした時、ちょうど三ツ谷くんの口が小さく開く。
     「そんなん…捨てたと一緒じゃねぇか…バカヤロ…」
     今にも泣きそうな三ツ谷くんの声にハッとして、俺は顔をあげる。店員さんを呼んでいる千冬にも、千冬に対してアルコールの追加を頼んでいるドラケンくんにも聞こえない、小さな小さな声。
     俺は自分の席に座り直し、三ツ谷くんを盗み見る。あぁ、いつも皆んなのお兄ちゃんみたいなこの人も、あんな声出すんだな。
     迷子になって今にも泣き出しそうな子供みたいな、そんな声。
     あぁ、きっとこの人は、ドラケンくんを愛してる。それはどうしようもないくらい深く。
     
     この2人は、圧倒的に話し合いが足りてないんじゃないかと思う。いや、いつもいつもヒナに「ちゃんと言って」と色々怒られてる俺が言える立場じゃないんだけど。
     もっとちゃんとお互いに、自分の気持ち話せばいいのに。
     こんなに求め合ってんのに色々ともったいない。

     「そん時だけ、俺、呼び出されなかったんすよね。」
     酒を注文し終えた千冬が、トゲトゲしさの無い声で呟いた。
     「たまたま店のノベルティの相談でアポ取って会ったら、三ツ谷くんなんかもうヤバくて。いや、仕事はちゃんとしてるんですけど、その他がなんかマジ見せかけだけっていうか…。なんとなくすけど。そんで問い詰めたら、まぁそんな事になって3ヶ月以上たってるって言うし、ちょっと探り入れたらお互いもう彼女作ってるし…。てか三ツ谷くん、なんであん時だけ俺の事呼ばなかったんですか?」
     「えー。だってさ、ドラケンから言われるってなんかもうリアルだろ。俺捨てられちゃってもうどうしていいかわかんねーし。ダメ元で女の子と付き合ってみても本当全然ダメだし。あん時、千冬呼び出して愚痴ったところで、ドラケンに会いたいしか言えなかったよ俺。だから我慢した。」
     三ツ谷くんはテーブルに左腕を上げ、そこにコテンと頭を乗せてクスッと笑った。
     空いている右手はテーブルにできた小さな水溜りをスイスイと伸ばす。その水が器用な三ツ谷くんの右手によってどんどんと形を変えてゆく。俺はなんだか、その様子から目が離せない。三ツ谷くんが指の動きを止めれば、テーブルの上に綺麗な水の模様が浮かび上がる。それはドラケンくんのこめかみに住むあの龍だった。
     キラキラ輝く、水の龍。
     ドラケンくんの化身でもあるかのようなあの龍が、三ツ谷くんの手から出ていく事に何の違和感もなく、あぁもしかしたらドラケンくんのあの龍は、三ツ谷くんが産み出したのかもしれない。なんて事を、俺は頭のどこかで考える。
     もし万が一そんな事があったら、この2人には俺の計り知れない何かがあって、きっとその道のりに何があろうとも、棺桶まで一緒なんじゃないかなんて気がしてきた。
     
     結局、その時の別れは半年以上続いたらしい。お互い彼女を作って別れて作ってを繰り返し、それをお互いに風の噂で聞いたりしてた頃、2人の生活圏内ギリギリでかぶるスーパーの前でたまたま遭遇したそうだ。

     お互いにそんな少し遠いスーパーに買い出しってある?そこに行けばワンチャン会えるかもしれないって期待で行ってるの見え見えじゃないっすか。スーパーなんてもっと近くにあるし。もうホントお互い素直じゃないなぁ。

     「雨降ってたよなぁ。で、なんかふと目が合って、時間が止まって、気づいたら2人して買った荷物も傘も投げ捨てて走ってて、ドラケン大泣きしながら俺の事ギュッーってして。スーパーの前なのに。」
     頭を上げてそう言って笑う三ツ谷くんに、ドラケンくんが顔を向ける。
     「は?俺は泣いてねぇだろ。」
     「ギャン泣きしてたじゃん。」
     「あれは雨だ雨。つーか…三ツ谷も泣いてただろ。」
     「あはは。泣いてたな。雨の中でずぶ濡れになってお互い号泣しながら2人でギューってしてな。今考えると凄いシチュエーションだわ。映画みてぇ。ウケる。」
     
     確かに。と俺は頷く。
     1人は端正で切れ長の顔立ちに、こめかみに龍を飼う辮髪とデカい身体。もう1人は、藤色がかった銀髪に、タレ目がちの甘い顔と均整の取れたスタイル。そんな風貌の2人が、雨の中、傘もささずに抱きしめ合っているのなんて映画ですら見た事ない。
     そしてそのテンションだったら、なんかキスまでしちゃってそうだし、この2人。スーパーの前で。

     「そん次…6回目?すけど、あれすよね?
    ドラケンくんモテ期到来事件。」
     千冬が空いた皿をガチャガチャと重ねて座敷の入口に移動しながら、そう口を開いた。
     「あー、そんなんあったなぁ。」
     ドラケンくんは面倒くさそうにため息を吐き出した。
     
     ドラケンくんモテ期到来事件。
     千冬とドラケンくんの話を纏めるとこうだ。
     ドラケンくんとイヌピーくんが経営しているバイク屋がバイク雑誌に小さく小さく取り上げられ、小さな記事ながらやたらイケメンの店員2人と言う事で、バイク女子をはじめ、バイクに乗らないOLさんやらJKやらが2人目的に来るようになってしまったらしい。
     イヌピーくん、顔だけはいいからなぁ。顔だけは。
     最初のうちはちょっとしたアイドルみたいな感じでキャーキャーされてただけだったが、段々とガチ恋勢が出てきて色々均衡が崩れて、そっから色々あったそうだ。
     ドラケンくんもイヌピーくんも、食事に誘われたりデートに誘われたりベッドに誘われたり。プレゼント攻撃も結構あったらしく、全てをすっ飛ばして婚姻届を持ってきたお姉様もいたり。
     ガチ恋勢の中には日頃お世話になってる商店街の会長の娘さんなんかも居たりして、その会長さんが娘さんとドラケンくんのお付き合いに乗り気になってきてしまったりと、なかなか面倒臭い事になったらしい。
     その時の三ツ谷くんは「ドラケンも大変だな」と笑って終わったが、その夜、酔っ払って電話をしてきて、ドラケンくんに別れを告げたそうだ。
     
     「そんで!俺です!そこでまた俺が呼び出されます!」
     と千冬はテーブルをひと叩きする。    
     「酔っ払った三ツ谷くんにまた呼び出されて、もうカッコよくてモテる彼氏ヤダ!俺千冬と付き合うー!って。どんな惚気だよっていう。いやいや、俺だってそこそこモテるんすけどね?」
     千冬のセリフを聞いて、ドラケンくんの眉間にシワができた。この人、怒る時わかりやすいな。
     「はっ?何お前、千冬にも手ぇ出そうとしてたのか?」
     急に三ツ谷くんの方を向いたドラケンくんに、今度は三ツ谷くんが顔を顰めた。
     「はぁ?冗談に決まってんじゃん!仲間内になんか手出さねーよ。」
     「んな事言って、お前、仲間内でめっちゃ人気あんだろ。めっちゃ人たらし。」
     まぁたしかに、三ツ谷くんそういうとこあるよな。
     本人はそんなつもりなくても、面倒見いいし、無意識にやる事カッコいいから、周りが絆されてしまう。
     俺の頭の中に、タカチャンタカチャンと三ツ谷くんにまとわりつく大型犬のような同級生と、隊長隊長と取り囲む二番隊の面々が思い浮かぶ。
     恋愛感情かどうかはわからないが、そいつらが三ツ谷くん大好きっ子なのはよーく分かる。
     「人たらしって何だそれ。つか、だとしても仲間内なんか無理だろ。やきもち焼きでー心配性でーめんどくせぇやつが近くにいっからなぁ。んふふ。」
     テーブルの下で、三ツ谷くんの人差し指がドラケンくんの胡座の膝をツツツとなぞる。   
     あの…俺の角度からは丸見えなんすよそれ。
     しかし…酔っ払った三ツ谷くんは破壊力が凄いな。

     
     なんかこの1時間ちょっとで、俺の中で三ツ谷くんのイメージがだいぶ変わった。
     三ツ谷くんは少し眠そうに目をシパシパさせながらまだテーブルの水滴で遊んでいる。
     もうあの水の龍は消えてしまっていて、俺は何となく淋しくなった。

     「どーしたタケミッチ?」
     三ツ谷くんをボーッと眺めていたら、ドラケンくんからそう声をかけられた。
     え?あ!違いますよ違いますよ?!あんたの彼氏に見惚れてたとかじゃないです!マジで。いや、なんか、本気で怖い。
     「いや…あの…三ツ谷くんてなんか俺のイメージと違うなぁって…思いまして…はい。」
     「へぇ。タケミッチの中のコイツってどんな?」
     ドラケンくんがニヤリと俺の顔を見る。
     「あー、えと。…器用で、男気あって、兄貴分で、ツッコミ役で、落ち着いてて、冷静で、状況判断うまくて、器がデカくて、ちゃんと後先考えれるけど、やる時はやる男ってイメージ…です…」
     俺の三ツ谷くん解析を、ドラケンくんはふーん。と聞いている。
     盛ったつもりは無いけど、褒めすぎたか?
    人様の恋人褒めるのとか匙加減難し過ぎ!!
     こわいこわいとちょっと玉ヒュンしてる俺から、ドラケンくんは目線を外した。
     「あー、まぁ、ほぼ当たってる。でもあれだ。酒癖悪いってのと…恋愛事に関してはとことんポンコツって付け加えとけ。」
     ドラケンくんは半分寝かけている三ツ谷くんの頭をワシワシ撫でながら、俺を見ないままそう言う。俺を見てない目線は、じっと三ツ谷くんを捉えていて、その目がとことん優しくて、それが愛おしいものを見る目ってやつだって、本人は気づいているんだろうか。
     「うはは。ポンコツって!ドラケンひでぇー。」
     ケラケラ笑いながらそう溢す三ツ谷くんをドラケンくんが急に引き倒す。そして三ツ谷くんの体を横にさせると、ドラケンくんは三ツ谷くんの頭を胡座をかいた自分の膝の上にそっと乗せた。そしてそのまま大きな手のひらで、三ツ谷くんの目を覆う。
     「お前はちょっと寝ろ。」
     三ツ谷くんは返事を返す事なく少し横たわっていると、すぐにスースーと寝息を立てはじめた。
     「寝るの早いっすね三ツ谷くん。」
     「こいつ、なんでもギリギリまで我慢すっからなぁ。今日も仕事の張り詰め取れてねぇとこに酒飲んだしな。」
     「この後大丈夫すかね?」
     この後の双悪からが本番だってのに!
     「あぁ。一時間位寝りゃ、一回ある程度リセットされっからコイツ。」
     三ツ谷くんの目を覆っていたドラケンくんのゴツゴツした手が、優しく優しく三ツ谷くんの髪をすく。その優しすぎる手つきにこっちまで恥ずかしくなってくる。
     だから、こっから丸見えなんすよそれ。

     「で、あの、7回目の原因はなんすか?三ツ谷くんと別れた原因。」
     「え?まだそれ続けんのか?」
     ドラケンくんはため息混じりにそう言って、名前もわからない薄くなったアルコールを飲み干した。
     だって、ここまできたら俺だって最後まで聞きたい!
     正座でコクコク頷く俺に、ドラケンくんはんー。と唸りながら微かに口を尖らした。
     「まぁ、俺が悪ぃーんだけどよ…」
     ドラケンくんの声に、今まで大人しくしていた千冬が「そうですね。」と声を挟む。
     「あれはドラケンくんが悪いです。俺全部聞きましたから!」
     千冬の言葉にドラケンくんは一瞬苦笑いを浮かべ、それから、うちの奴がいつもワリィな。と、千冬に頭を下げた。
     うちの奴…うちの奴…。
     そーだった、この人達は彼女の事を嫁と呼ぶタイプの人達だった…。
     恥ずかしい。なんかわかんないけど俺が小っ恥ずかしい!!
     でも、それがすんなり出てくるくらいの時間を一緒にいるんだろうって事もよくわかって、俺は胸の奥がキュッとした。

     「一回、少し酔っ払って、めちゃくちゃ酷くやっちまって…」
     「やっちまって?」
     「酷く抱いちまったって事な。言わせんなバカミッチ。」
     「あ、すんません。」
     抱くんだー。ドラケンくんが三ツ谷くん抱くんだー…。いや、そーだろうなとは思ってたけど…。三ツ谷くんはドラケンくんに抱かれるのかぁー…。あーうん。やば。顔が熱い。
     下を向いた俺の目に、ドラケンくんの大きな手が見える。三ツ谷くんを撫でるドラケンくんの手は、いつの間にか三ツ谷くんの髪から耳へと移動している。

     「なるほど。それで振られちゃったんですか?」
     「ちげーよ。そん時は笑い話で済んだ。」
     「じゃなんで?」
     「その後、そん時のコイツの苦しそうな顔とか声とか真っ赤な血とかなんか頭から離れなくなっちまって、抱けなくなっちまったんだよ。」
     「抱けなくなっちゃった…」
     「勃たねーとかじゃねーからな。でもなんつーか、いろんな奴の事思い出しちまって、人間って意外に脆いんだよなって思ったら日和っちまったんだよ。コイツの事ぶっ壊しちまう場面ばっか浮かんできて。まぁ…情けねぇ話なんだけどな。そんなんが何日か続いて…」
     「で、三ツ谷くんに限界がきたって感じすね。てか、ドラケンくんがその原因をハッキリ言わないのが悪いんだと思うんすよ。俺は。ただ「ヤリたくねぇ」って言ってたら三ツ谷くんだって勘違いしますよね?ちゃんと言えばいいのに。」
     千冬の声にドラケンくんはフッと息を詰めた。
     「言えっかよそんな話。コイツだってエマの話されても気分よくねーだろ。」
     あの可愛らしかった少女の最後の姿が脳裏に浮かぶ。確かに、近しく大切な人間の死は、人間の脆さをまざまざと突きつけてくる。俺は、相手を思うがばかりにその相手を抱けなくなってしまったドラケンくんの気持ちが、少しだけわかったような気がした。

     「でも…三ツ谷くん、変なところ極端だから、セックスできないってなったら自分はドラケンくんにとって必要無い人間だってなるでしょ。そんなのドラケンくんが一番よくわかってるくせに。」
     千冬の捲し立てに、ドラケンくんが決まりの悪い表情を浮かべる。
     「だよな。俺が一番よく知ってんのにな。…なんかカッコつけたくなっちまうんだよ。こいつの前だと。」
     「で?今回はどーやって仲直りしたんですか?」
     「いや、普通に。我慢効かなくなった三ツ谷に脅されて襲われた。」
     「脅されたんすか?」
     「おぅ。急に来て、大人しく寝てねーとまち針刺すからなって脅されて、乗っかられて腰振られて、俺は壊れねーぞって言われて…って何言わせんだ。このクソミッチ。」
     あ、やめて。レモン投げつけないで。
     いやいや、ドラケンくんが勝手に言ったんでしょうが。でもあー、うん。普通の仲直りじゃなかった。ドラケンくん普通にって言ったけど、全然普通の仲直りじゃないっすそれ。
     普通の恋人はまち針刺すって脅さないし、脅して上に乗って腰振らないっす。
     「へぇ…。仲直りも過激っすね…」
     俺の弱々しい言葉に、隣から千冬の声が聞こえてくる。
     「そりゃあの人もなんだかんだ族上りだからな。それなりに血の気濃いだろ。今じゃお洒落なエロいお兄さん代表みたいな顔してっけど。」
     元副総長の恋人の元二番隊隊長捕まえてエロいお兄さん代表って!ほんと、場地くん以外にはそこそこ辛辣だな。千冬は。
     
     でもなんかまぁ、日和っちゃったドラケンくんへの処置としてはそのくらい過激な方が正解な気もする。この人、亡くしたもんがデカ過ぎるから、多分一度そーなっちゃったら、ちょっときつめに煽らないとダメな気がする。それにしても、ちょっと思い切り良すぎるし手荒いけどな、三ツ谷くん。でもなんか、さすが三ツ谷くんって感じもする。変に無駄に潔くて男らしいところあるからな、三ツ谷くん。
     もう俺は、この二人に関しては何も驚かないぞ。俺の不思議メーターはとことんバグった。
     「どうせ三ツ谷くんから戻ってくるなら、別れなきゃいいんじゃないですか?別れるって言われた時にドラケンくんが嫌だって言えばいいんじゃないすかね?」
     別にアドバイスとかそんなんじゃない。俺は本当に純粋にそう思った。だって別れなければそのうち仲直りしてるって事じゃん。今までの話、だいたい全部。
     
     ドラケンくんは、俺の言葉をハッと鼻で笑った。けれど顔付きは優しくて、テーブルの下の手は相変わらず三ツ谷くんの頭を撫でている。
     
     「こいつさ、俺に対して逃げ癖あんだよ。」
     「逃げ癖…?」
     「なんか色々思うところあんだろ。なんかあるとすぐ逃げようとすんだよ。だから逃げてったら泳がしてやんの。そんで俺はただ待ってる。そうすりゃ落ち着いたらまた戻ってくっから。」
     「んー。なんか三ツ谷くんに逃げるって言葉のイメージつかないっすね。」
     「まぁこいつは逃げねぇよな色々と。多分俺との関係だけだな逃げ癖あんのは。これでもマシになったんだよ。さっきも言ったけど、最初の頃なんかちょっと優しくすっとすぐ別れるって言われて大変だったかんな。」
     「なんで、優しくされると別れたくなっちゃうんすかね…。」
     「なんか色々怖くなんだとよ。その辺、かなり複雑にできたんだよこいつの頭。だから言っただろ。恋愛に関してはとことんポンコツなんだよ。」
     「そーなんすか。なんか恋愛絡むと三ツ谷くんのイメージ正反対すね。」
     「ハハッ。多分、世間一般のこいつのイメージはちゃんとしてんだろうな。まぁそれがこいつの本筋だし。でも一度懐に入った奴には意外に好き勝手するし、結構我が儘だぞ。」
     そう言いながら、ドラケンくんは口角の片方だけをクイッと小さく持ち上げた。
     え?凄いドヤ顔!!
     きっと今、ドラケンくんの心を占めるのは優越感だ。
     世間一般の三ツ谷くん。
     ドラケンくんだけの三ツ谷くん。
     ドラケンくんは今、その違いを俺の言葉で噛み締めてる。
     結局俺は踏み台すか?!
     でも、天下の元東卍副総長がなんか嬉しそうだから、まぁよしとしよう。
     静かになった隣の千冬をチラッと見れば、うつらうつらと船を漕いでいた。

     「でも…別れてる間って不安になりません?もし戻ってこなかったらどうしようとかなんないすか?」
     俺だったら嫌だ!泣いちゃう!ヒナに別れるって言われたら泣いちゃう!戻ってくるとしても泣いちゃう!戻ってこなかったらもっと泣いちゃう!
     ドラケンくんは温くなったビールを飲み下しながら、左眉をピクリとあげる。
     こめかみの、龍が揺れた。

     「不安はねーよ。戻ってくっから。多分これ、こいつなりの甘え方なんだよ。」
     すげぇ自信。さすがっす。
     それにしたって、甘えるってもっとこう、イチャイチャしたりナデナデしてもらったりするやつじゃねーの?
     もう何も驚かないと思ってたけど、やっぱり不可解な2人だ…。
     俺の中の常識人ツートップだったはずなんだけどな。恋愛事に関したら俺の方がよっぽど常識的な感じがする。
     んーでも、恋は人を馬鹿にするって言うしな。昔、山岸がよく言ってたわ。
     なんかよくわからないけど、ドラケンくん、結構面倒臭い人に捕まったんじゃないか?
     「なんか不思議な甘え方っすね。」
     「んあ?まぁ、甘えてんし試してんだろな。こいつ色恋絡むと全うな甘え方知らねぇし、そもそもなんでか、自分が相手に受け入れられると微塵も思ってねーから。だったらよ、愛されるってこと、少しずつでも俺がわからせてやるしかねーだろ。これから何十年掛かってもな。」
     そう言って目を細めて笑うドラケンくん。
     これから何十年か…。
     もう、手放す気さらさら無いじゃないっすか。
     あぁ三ツ谷くん、何十年も掛けて愛される事わからせられちゃうのか…。
     ドラケンくんの愛ってやつはとことん深くてとことん重そうでとことんねちっこそうだから、三ツ谷くんも大変そうだな。

     あーうん。これ、もしかして、囚われたのは三ツ谷くんの方かもしれない。これまたかなり面倒臭い人に。
     
     きっともうこの2人は、きっとお互いに囚われ合っている。
     くっついて離れてまたくっついて、それを繰り返しながら、きっと何かを育んでるんだろう。きっとこれが、この2人なりの寄り添い方なんだな。
     とことん不器用で拙くて不恰好で、それでいてどこかとても人間くさい寄り添い方。
     きっとお互いに魂部分で繋がった者同士。
    俺はなんでか出てきてしまった涙を、手の甲でゴシゴシ擦る。

     壮大な物語を聞いた気分だ。
     壮大な痴話喧嘩の物語。

     まぁ、半分下ネタだったけど。

     きっとこの二人はこれからも離れてくっついてを繰り返すんだろう。
     その度に、斜め上にドラマチックな仲直りを繰り返しながら。また数年後、二人にとことんアルコールを奢って、これからの別れの理由と仲直りの仕方を聞くのもなかなか楽しいかもしれない。
     とことん巻き込まれる千冬は少し可哀想な気がしたが、千冬は千冬で満更でも無さそうだからまぁいいか。
     
     ラーメン双悪に移動する時間まで、あと少し。
     俺は「ためになる話をありがとうございました!」とドラケンくんに頭を下げた。
     その声で目を覚ましたのか前から起きていたのかはわからないが、千冬が「いや、全然ためにするなよ?この二人は真似しちゃダメだぞ?!」と俺に向かって声を掛ける。
     千冬のその言葉に、ドラケンくんが声を立てて笑った。

     店員さんのいらっしゃいませと言う掛け声の後、この座敷に向かってドカドカと歩く音が聞こえてくる。
     顔だけでそっちを見れば、パーチンくんとペーやんくんがスーツ姿でやってきた。きっと仕事終わりのまま来てくれたんだろう。 
     「おう!タケミッチ!遅くなってわりーな!」
     ぺーやんくんの声が響く。昔は怖かったこの声にもずいぶん慣れた。
     
     パーチンくんとペーやんくんがドラケンくんの胡座を覗き込んで、二人一緒に、オッ?!と、ビックリ顔をする。
     「お。三ツ谷、膝枕で寝ちまってる。」
     「しっかり者の兄ちゃんが珍しいな。」
     二人の声に、ドラケンくんが薄く笑った。
    それから人差し指を立てて自分の口にチョンと当てる。
     なるほど。同中の二人でも知らない三ツ谷くんの甘えっぷりやポンコツっぷりは、誰にも内緒って事っすね。
     
     了解っす!
     俺は全力でコクコクと頷いた。
     
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