かみなりこわい。 夏の入道雲が積乱雲に生まれ変わる。夕立ち、と表現するにはやさしすぎて今はゲリラ豪雨という言葉が定着していた。大粒の雨が窓に叩きつけられる。激しい雷鳴とともに否が応でも耳に入り込んで鼓膜に響く。武道は存外雷も雨音も嫌いではなかった。勿論外出している時にブッキングしてしまったらサイアク以外の何者でもないから建物の中にいる時限定だけれど。
灰谷邸は高層マンションの比較的上層階に居を構えている。晴れた日は遠く、運が良ければ富士山も見えそうなほどに見晴らしは最高。逆に雷雨の日なんて幾筋もの稲光も視認できた。今日もリビングのドデカい窓から絶景ビュー。雨と混じった稲妻が武道の目の前でスパークしている。キレイ。飽きることなく眺めていると武道の両肩にズシリとかかる重力。
「タァケミチ、暇。かまって。」
頭上から金と黒のカーテンが広がった。真ん中を割り開くとまた一筋、視界に雷が走る。
「家の中から見る雷ヤバくないですか?」
「ンー?ん、そーね。」
熱心に響く雷鳴に耳を傾けていると、蘭から体勢を変えられた。押し倒された背中にクッションの感覚が広がる。こめかみに触れてくるくちびるが擽ったかった。
「ふ、蘭くん、こそばい。」
「だァって、タケミチ雷ばっかで全然こっち見てくれねーじゃん。サビシイよ。」
「ん、ん、ごめんなさ、」
首筋にかかる吐息が熱い。シャツのボタンが一つずつ解かれていくが、まだるっこしいはずなのに蘭から文句は出なかった。今日に限って脱ぎやすく脱がせやすいTシャツでないことに彼からはクレームもないことに少しだけ安堵してしまう。機嫌が悪いとすぐ破られるんだよなぁ。武道は気取られないように少しだけ息を吐き出す。
「引きちぎってもいいンだけどさ、焦らされてるようで悪くねーよな。」
じっと見つめているとそんな言葉が返ってきて武道は思わず吹き出した。やっぱりそう思ってたんだ。カラカラと笑っていると全てのボタンを外し終えた蘭が武道の現れた肌へと指を這わせる。首筋から鎖骨にかけて、胸元、腹、臍の周りを巡って、そして――。
「ひ、ふっ!」
「タケミチ、ココ弱いよね。もっと触ってい?」
「ん、ぅ、何で、いちいち聞くんす、かぁ!」
「だって、タケミチ余所事に気ィ取られてるじゃん。お伺い立てねーと悪りぃだろ?」
思ってもみないことをさらりと言ってきて武道の耳裏へと口付けてくる。赤い斑点が咲いたが、本人は気付かないだろう。満足気に眺める。
「もっと触って、ください。」
兆し始めた己が痛い。蘭は自分を落ち着かせるように下唇をペロリと湿らせた。完全空調のはずなのに汗が流れる。
「後悔しても知らねーよ。」
軽薄に映るようにせせら笑ったはずなのに。
「……蘭くんに触られて、後悔することなんて、ないスよ。」
ピタリ、と。蘭の動きが止まった。表情が一瞬で消えて藤紫の瞳が静かに武道を見下ろして長い長いため息を吐く。ふー……とリビングに殊更に響いた息遣いに武道が首を傾げた。
「蘭くん……?」
「……オマエさァ、さらっと殺し文句言うのやめてくンね?」
「は?――ヒッ、」
突如として拡がる熱に武道は思わず悲鳴を上げる。そして、次に感じた少しの痛みに視界が揺れた。